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古谷有希子「日本の男が死ねばいい」(笑)

最近、古谷有希子なる者が、「Yahoo!ニュース 個人」に選ばれたせいか、やたらと文章を書き散らしているのを見かけるが、内容は一言でいうと、左派のステレオタイプな意見の焼きなおしばかりで、「またこれか」とがっかりする内容である。

「有識者・専門家がニュースに切り込む」などと自称する「ヤフー個人」なる存在がいかに低レベルな書き手の寄せ集めかということも示しているが、その中にあっても、この古谷有希子なる者は、そもそも批評するだけの知識や見識に欠けている。

本人が公表するところによると、以下の経歴らしい。

ご覧のように、「ジェンダー」と「朝鮮近代史」が専門である(そして私山田よりも何十倍も立派で優秀な経歴である・笑)。

このことを知った上で、以下に読み進んで欲しい。



古谷有希子の発言は「ジェンダーに基づく性差別」ではないのか

古谷有希子はジェンダーについて学びながら次のことを書いている。

日本死ねっつーか日本の男が死ねばいいと思う。日本人男性が死滅しても日本女性は困らない。自分で自分のことはできるし、すでに共働きだし。」

「日本の女性はとにかく一度、海外に出てみるべきです。草食系なんてわけのわからない負け犬男は存在さえしません。日本の女性が海外に出ると、いかに日本で女性として、人間として尊重されていないかわかるはずです。」

「草食系というと、聞こえがいいけれど、草食だろうが肉食だろうが、負け犬は負け犬ですから。さも優しい男子の代名詞かのように草食なんて言葉を使わず、ただ負け犬と呼べばわかりやすい。」

唖然とする。

日本での生活経験と日本の男性に、よほど個人的な恨みでもあるのだろうか。

しかし、これで「ジェンダー」を学んだ、というのはおかしくないだろうか。

又、これでメリーランド大学で「教育政策を修めた」のは、おかしくないだろうか。

国連女性機関(UN Women)は、ジェンダー(Gender)について次のように定めている。

ジェンダーとは、男性・女性であることに基づき定められた社会的属性や機会、女性と男性、女児と男児の間における関係性、さらに女性間、男性間における相互関係を意味します。こういった社会的属性や機会、関係性は社会的に構築され、社会化される過程(socialization process)において学習されるものです。これらは時代や背景に特有であり、変化しうるものです。

また、ジェンダーは一定の背景において女性・または男性として期待され、許容され、評価されることを決定します。殆どの社会では、課せられる責任や負うべき活動、資金・資源へのアクセスと支配、意思決定の機会において、女性と男性の間に違いや不平等が存在します。ジェンダーはより広範な社会・文化的背景の一部でもあります。社会・文化を分析する上で(ジェンダー以外の)他の重要な基準として、階級や人種、貧困レベル、民族や年齢などがあります。

「男性らしい(マスキュリン)」や「女性らしい(フェミニン)」はジェンダーのカテゴリーです。

つまり、ジェンダー・フリーは、女性にだけ当てはまることではなく、男性に対しても当てはまることだと、国際基準は言っている。

だから、男性が「草食系」であることを指して「わけのわからない負け犬男」と評することが、まさに「ジェンダーに基づく差別」なのである。

それは丁度、「女性は必ず結婚して家庭に入るものだ」という固定観念から「結婚して家庭にも入れない女なんて女として価値のない屑だ」と評するのと同じことだ。

いったいこの人はジェンダーの何を研究してきたのだろうか。

こういう人が「教育」に携わっていいのだろうか。

そして、このような性差別・性ヘイト発言をする者に、ジョージメイソン大学は博士号を与えるつもりなのか?

仮に与えたら、大学のほうが将来、批判されることになるのではないか。

というわけで、ジョージメイソン大学大学院へ問い合わせしたい方はこちらへ

日韓関係についての古谷有希子の主張がめちゃくちゃ過ぎる

また、古谷有希子の発言でおかしいのはジェンダー関係だけではない。

以下の二つの記事も、あまりに我田引水、ズレまくりの内容で唖然である。

一つはこれ。

「日韓関係の悪化は長期的には日本の敗北で終わる」

端的に言って、韓国の人々にとって、民主化前と後では国家自体が全く異なる存在なのである。それは多くの日本人が、大日本帝国と戦後の日本を全く異なる存在として認識している感覚とも似ている。あるいは、徳川幕府下の日本と明治以降の日本くらい違うと言ってもいいかもしれない。このことを理解していれば、なぜ現在の韓国政府が日韓基本条約締結以降、日韓政府の間の共通認識となってきた請求権協定に対して、それを覆すような態度を取るようになったのかも理解しやすい。喩えるなら、日米修好通商条約が現在のアメリカと日本の間では全く無効であるのと似たようなものである。国民によって選ばれ、国民を代表する政府が取り交わした条約でないものが、現在の民主国家としての韓国の人々にとって受け入れられないのも、感情としては当然といえるだろう。

だから韓国が日韓基本条約のちゃぶ台を引っくり返すのは正当なのだ、というのだ。

もう、めちゃくちゃである。

この論理の異常な点は、ひたすら韓国側のその時の都合だけを考えて、条約を結んだ「相手」(つまり日本)の正当性のことを、まったく考えていない点だ。

だいたい、「国民によって選ばれ、国民を代表する政府が取り交わした条約」などとしたり顔で言っているが、「日韓慰安婦合意」を結んだ朴クネ政権は、その「国民によって選ばれた政府」じゃなかったのか?

今の文政権はその合意を勝手に無効にしてしまったではないか!

これに関しては、次の記事を記してある。

日韓条約は「民意が反映されていないので無効」論の落とし穴【石田純一でも分かる】
日韓の間で徴用工問題がずるずると続いています。 双方が納得して解決した問題を、韓国政府が蒸し返したためです。 安倍政権がこの締結を「日韓関係の基礎」と位置づけて妥協しないのは当然です。 しかし、日本側が悪い、妥協しろ、折れ...

要するに、日韓基本条約を結んだ軍事政権が国民によって選ばれたとか、選ばれていないとか、そんなことは後からとって付けた言い訳でしかない。

現に、気に食わなければ、国民が選んだ政権の合意であろうが翻したわけだから。

日本相手なら何をやってもいいという卑劣な侮日外交でしかない。

歴史を知らない者ほど「歴史修正主義」という用語を濫用する不思議

結局、この我田引水のノリで書いたのが次の記事である。

「日韓関係:互いを敵視してしまうのはなぜなのか」

この記事が、どれほど愚劣な誤解と思い込みに基づくものか、呆れるほどだ。

笑えるのは、「歴史修正主義」に対する奇妙な強迫観念だ。

たとえ一時的に友好関係を築いたとしても、日本が歴史修正主義を繰り返し、韓国が歴史問題で怒り続ける限り、両国関係の土台はいつまでも不安定だ。

韓国の人々は、日本の政府要人が慰安婦問題を否定したり、靖国神社に参拝するなどの歴史修正主義的言動を繰り返すことこそ両国関係を不安定にする根源であると考えているようだが、歴史修正主義的思想は日本人全体に広がりつつある。

今では日本の政治家が歴史修正主義的な発言をしても、厳しく批判する主要メディアなど皆無だし、日本の世論もそうした政治家の発言を大々的に問題視しない。

見ての通り、短い文章の間に繰り返し「歴史修正主義」が登場する。

よほど強迫観念に駆られているらしい。

そして、このわけの分からないリピートの後に続くのが「歴史を記憶しない日本人」という見出しである。

想像されるように、続くのはウンザリするほどのステレオタイプな意見だ。

つまり、韓国人は歴史を記憶しているが、日本人は記憶していない、という例のアレ。

だが日本人は、自分たちがしたことも、自分たちがされたことも含めて、歴史を忘れていく。そして、最近ではそうした戦争に関するドキュメンタリーやドラマもどんどん減っている。世代を超えて歴史を記憶し続ける韓国人と、歴史を忘れていく日本人では理解しあえないのも当然だ。歴史を記憶し続ける韓国人は、祖先たちの受けた仕打ちを自分たちの記憶として内面化し、「日本の歴史修正主義と戦う」自国に自分たちを重ねる。

もうめちゃくちゃな「決め付け」である。

誤解と思い込み、偏見と先入観の塊のような内容であり、わざわざアメリカの大学院に進学してもこのレベルであるから、もはや救い様がないと諦めるべきか。

こういう「ありがちな偏見」だけで、臆することなく大衆を啓蒙してやるぞという感覚で文章を発表できるその蛮勇だけは、認めざるをえないが。

真実は「歴史をさっぱり記憶していない国民」こそ韓国人なのである。

恥ずかしい、都合の悪いことは、歴史教育から完璧に消去している。また、青里山戦闘で日本軍に大勝したとか、米を収奪されたなど、平気でデマを書く。

「祖先たちの受けた仕打ち」というが、それは政治的に誇張されたものか、又はでっち上げの産物なのである。今の韓国人はそのウソを信じ込まされているだけなのだ。

そういった韓国人の「歴史の記憶」なるものがウソの塊であることは、最近になってソウル大学のイ・ヨンフン元教授やイ・ウヨン氏らが『反日種族主義』という著作でも明らかにした。

彼らは「韓国がウソの歴史を教えてきた」と明言している!!

で、そういう本が異例のベストセラーとなり、間違った固定観念が崩壊しようとしているその時期に、上のごとき過去の偏見を繰り返すのだから、二重に呆れる。

こういう日韓の歴史問題の本質が絶対的に分からない人が、今頃、出て来て、過去に散々使い古されたサヨクの偏見をまた持ち出すのは、本当にうんざりだ。

補足。あとこういうのもあるようだ(下・呆れ)。