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ブッシュドクトリンが招いた米国の自業自得

北朝鮮は今年1月に地下核実験を行い、2月には長距離弾道ミサイルの発射実験を行った。3月に最大規模の米韓合同軍事演習が始まると、さらに攻撃的な姿勢へとヒートアップして、朴政権を抹殺すると脅し、現在、頻繁にミサイル発射の示威行動を取っている。

私は、北の長距離ミサイル発射実験にはある重要な政治的メッセージが込められていたと考える。明らかにブッシュドクトリンへの意趣返し」が含まれている。

9・11の翌年、一般教書演説でブッシュ大統領はイラク・イラン・北朝鮮の三カ国を指して「悪の枢軸 axis of evil」と決め付けた。03年3月にはイラクを先制攻撃してフセイン政権を打倒した。当時、ブッシュ政権の国防政策を担っていた、米国とイスラエルのどっちに忠誠を向けているのか分からないリチャード・パールは、自信満々で「イラクの次は北朝鮮だ」と宣言していた。米議会は9・11後の興奮の渦中で議会の承認の必要なく開戦できる権限を大統領に与えた。しかも、潜在的な脅威に対しては「自衛のため」に核攻撃も含めた「先制攻撃」も可能とする「ブッシュドクトリン」が掲げられた(*つまり米の論理では、旧日本軍の真珠湾攻撃は何も問題がなかったということだ)。

当時の北朝鮮は、米による強引なイラク侵攻とフセイン政権の末路を目の当たりにして非常な衝撃を受け、「国家体制(金政権)を守るためには米本土に届く核ミサイルを持つしかない」と固く決意したのだ。ただし、首都や経済の中心地のある東部沿岸を射程に収めるものではなくては意味がない。先日2月のミサイル発射は、その悲願がついに叶ったということを意味しているのである。北朝鮮の指導部にしてみれば今昔の感があろう。

当時、米国は、絶対に本国は反撃されないという優位に立った上で、相手を完全にナメきって「ぶっ殺してやるぞ」と脅していた。そしたら、十数年後にそいつが成長して、逆に「おまえの首都に核ミサイルを叩き落してやるぞ」と恫喝し始めたわけだ。北朝鮮にしてみれば、かつて脅されたから、お返ししてやるという筋の話である。しかも、「自国の安全保障を脅かす存在は先制攻撃してよい」というブッシュドクトリンの論理からすれば、当然、北朝鮮もまた米本土を先制攻撃しても許されるという理屈になる。

もともとは核開発放棄を国際社会に公約して援助をせしめておきながら、地下で核開発を進めていた北朝鮮が悪いのだが、一方で、一国(北朝鮮)を指して「次はおまえを打倒してやるぞ」などと公然と脅すほうも非常識である。だから、どっちもどっちという話であり、米の自業自得の面もある。いずれにしても、米にしてみれば、今度は自分が核で先制攻撃されかねない立場になった・・・それが今年2月以降の、最新の情勢である。

もっとも、ペンタゴンは北朝鮮の核とミサイルの開発の進捗状況を常時監視しており、今回の事態は事前に察知していた。昨年後半辺りからの急な日韓への和解圧力も、一つにはこれが関係しているのではないだろうか。要は、「対北朝鮮のためには日韓を無理にでも連携させる必要がある」と考えたわけだ。あくまで自国の安全保障のためである。そして、米国は北朝鮮による2月の政治的な返答を受け取り、いよいよ長距離弾道ミサイルの技術が完全に確立しないうちにキム政権を処断する決意を固めつつあると思われる。

しかし、これは日本にとって非常に迷惑というか、ハイリスクな戦略ではないだろうか。なぜなら、対米用の核ミサイルの技術が安定するまでにまだ数年はかかるとしても、対日用のそれはとっくに成熟しているからだ。長距離ミサイルがワシントンに確実に命中する精度を獲得するまでにはまだ時間があるが、日韓向けの核ミサイルはすでに技術的に完成していると考えられる。

よって、米国にとっては、まだリミットまでに数年あるとしても、日本のほうはすでに対北処断の「機」を逃しているのだ。

逆にいえば、米国は日韓が報復核攻撃されるリスクのあることを承知しながら、あくまで己の身の安全を優先させようとしている。仮にキューバが命中精度の高い米本土向けの核ミサイルを保有していたら、米国はカストロに対して「斬首作戦」をやるのか。己のリスクを考えて絶対にやらないはずだ。

表向きでは「東アジア地域の安定のため」などと言っているが、そろそろ彼らの身勝手な本音を察したほうがいいと思う。

2016年04月08日「アゴラ」掲載

Takaaki Yamada: