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前川喜平と石破茂のバックにいる黒幕

出典:毎日新聞。中曽根康弘元首相(右)の96歳の誕生日祝い。左は安倍首相=東京都内のホテルで2014年5月28日午後6時37分、梅村直承撮影

近年、「安倍おろし」世論形成の急先鋒を務めているのが、リベラル派の代表と見なされている朝日新聞と、保守的の重鎮である文芸春秋である事実は興味深い。

「安倍憎し」の点では、週刊文春は朝日新聞と同じくらい常軌を逸しています。

またそれと期を一にして、対照的に、異常な「石破あげ」も行われている。

衆院選挙前の話ですが、「世論調査」では、総理にふさわしい人物として、常に石破茂氏の名が筆頭に上がりました。なんだこれは?と多くの人が首を傾げたはずです。

おそらく、「影の政府」としては、もともと安倍氏の首をとり、石破氏にすげ替える計画だったのではないか。しかし、石破氏は幾つかのドジを踏んでしまった。

少なくとも党内世論は彼を支持しません。だから、石破総理の芽は潰えたと私は思います。にも関わらず、この記事を書いている時点で、依然として石破氏は安倍内閣に揺さぶりをかけています。与野党の質問時間がどうのこうの、トランプ政権は米国民の全幅の信任を得ていない、などなど、いちいち揚げ足をとらないと気がすまないらしい。



前川氏の主張は支配層が大衆に植え付けた典型的なロジック

同じ様に揚げ足をとる人物として、前川喜平氏がいます。

この11月中旬、文科相が加計学園の獣医学部新設を認可する方針ということで、この問題と前川氏が再びクローズアップされています。それに乗じて、立憲民主党なども再び「モリカケ」ネタで政権を追求すると息巻いています。

官邸側のリークと思われる行為により「出会い系バー通い」を新聞に暴露された前川喜平氏は、朝日新聞系の「buzzfeed」で次のような発言を繰り返していました。

「こういったことをふまえて考えますと、私は日本の国の国家権力とメディアの関係については、非常に不安を覚えるわけであります」

「国家権力と第四の権力とまで言われるメディアとの関係を、国民の視点から問い直すという必要性。また、メディアの中で自浄作用が生まれることを期待したいと思っています」

「もしこういうことが、私以外の人にも起きているとするならば、それは大変なことだと思います。監視社会化とか、警察国家化が進行する危険性がある。権力が私物化され、第四の権力であるメディアまで私物化されるということになるとすれば、日本の民主主義は死んでしまう。その入り口に立っているんじゃないかという危機感を持ったんです」

7月10日の閉会中審査で「出会い系バー通い」を追及された際も、前川氏は非常に回りくどい言い方で「貧困調査」ではなかったと認めた上で、5月22日の読売新聞の報道を取り上げ、「そのこと(*本人のいう貧困調査)がなぜに出たのかと、このことを、わたくしは問題にすべきだというふうに思っています」と、すぐさま切り替えした。

私に言わせれば、前川氏の主張は、世界権力による民衆ダマシの論理として教科書的とも言えるほど完璧です。何度か言いましたが、「第四の権力であるメディア」は、もとから世界権力の私物なので、本当は、上の発言はチャンチャラおかしい。

しかし、西側の民主国家の市民なら、前川氏の言う事が「民主的で正しい」というふうに誰もが思います。それだけステルス大衆洗脳が成功しているということです。

この辺は、やはり中国やロシアのメディアコントロールよりも一枚上手です。

大衆洗脳は、当の大衆からそうと見抜かれたら失敗です。そういう意味で、秘匿性に失敗している中国式のあからさまなやり方は、効果に疑問がもたれます。

対して、「影の政府」は、西側の大手メディアの一挙手一投足をコントロールする手法を採らず、首に付けた紐の範囲内で自由を許している。さらにメディアが自由で独立していると大衆に信じ込ませるために、決定的に傷つかない範囲内で自分たちの仲間や利益もあえて批判させる。この巧妙さ、狡猾さ・・だから人々が騙されるのも無理はない。

前川・石破のバックにいるのは実質日本最高の権力者

いずれにしても、ここ半年ほど石破茂氏と前川喜平は極めて堂々と安倍政権を批判している。これはもはや誰の目にもはっきりしています。

この人たちは、一部の者によると“独裁政権”を向こうに回して戦っている、という解釈になるようですから、ずいぶんと勇敢な方々という評価になりそうです。

それにしても、彼らはなぜこうも「自信満々」なのでしょうか? 堂々と“最高権力者”と対決している彼らが、それだけ立派で、勇気があるということでしょうか?

実は、この二人には共通のバックがいるんですね。

いったい誰が!?・・・って、もう最初に画像を貼っちゃってますが(笑。

この人、中曽根康弘“大勲位”です。1918年の大正生まれ。来年100歳。

石破茂と前川喜平のバックにいるのは、ある意味、本物の日本の最高権力者です。

From Wikimedia Commons Nakasone and Reagan reviewing troops at arrival ceremony at Palace in Tokyo, Japan May 4, 1986

実は、二人もそれをよく分かっている。だから平然と安倍さんを批判し、貶める真似ができるわけですね。「おれには最強のバックが付いているんだぞ」という。

前川氏は中曽根一族の一員です。

中曽根康弘氏の息子が、元大臣の中曽根弘文氏(なかそねひろふみ)で、その息子がまだ30代の中曽根康隆氏(なかそねやすたか)です。

中曽根弘文氏と結婚しているのが、前川喜平氏の妹の旧姓前川真理子。

つまり、前川喜平氏にとって、中曽根大勲位は義父なわけです。

では、石破茂はどう関係してくるのか。

実は、中曽根大勲位の政治的な後継者(はっきりいえば政治的な意味での息子)こそが石破茂なんですね。

非常に大雑把に言ってしまえば、1970年代の日本は、田中角栄の田中派が自民党と日本の政治を牛耳っていた。田中角栄は世界支配層に対して面従腹背だった人です。

彼が、晩年の毛沢東が構想した「日中人種同盟」(当然、基礎になるのは日中軍事同盟)にどこまで賛同していたかは不明だが、世界支配層の逆鱗に触れるには十分だった。

そこで世界支配層は、戦後すぐ、将来の自分たちの現地代理人として目をかけ、育てておいた中曽根康弘に権力を取らせることにしたんですね。まあ、理由は他にもありますが。

その中曽根派から出馬して初当選したのが石破茂です。石破氏が政界入りしたのは、父親の地盤を引き継いだからですが、それを勧めたのが田中角栄でした。

1983年、中曽根康弘は「世界権力」の力をバックにして田中派に反旗を翻しました。その際、石破氏も、父の親友であった田中角栄を裏切って、中曽根に付いていった。

本来、中曽根康弘氏の実の息子の弘文(ひろふみ)氏が政治的な後継者でないといけないわけですが、この弘文氏はよくも悪くも平凡な人物で、はっきり言えば父の威光で大臣になれたような人物でした。政治家としての実力は石破氏のほうがはるかに上です。

だから、中曽根の代理として動いているのがこの石破氏です。

私がこれまで当サイトで前川喜平と石破茂を批判してきたのは、読者ならご存知の通りです。しかし、本当に批判したいのは、二人の背後にいる中曽根康弘です。

中曽根康弘とはいったい何者だったのか?

一言でいうなら、戦後最悪の売国奴ではないか。私に言わせれば、辻元清美のほうが百倍マシです。「大売国奴」ほど一見、国士だったり、保守派だったりする。

私の祖父は旧日本軍将校でした。太平洋戦争で戦死しました。この戦争で生き残った者の中から、中曽根のような人物が出て来て、日本を「第二の敗戦」へと導いた(以下参考記事)。本当に当時の日本は戦争に負けたのに匹敵するほどの損害を被りました。

日本のバブル経済を作り崩壊させた国際銀行家たちの巧妙な陰謀
中央銀行には通貨を発行する権限がある。それがいかに凄いか。たとえば、私たちの1万円札の「万」の漢字を「兆」に変えて日銀が印刷すると、それは本物の1兆円札となる。紙切れ一枚が1兆円・・・。「そんな馬鹿な!?」と思われるかもしれないが、それが日

日本を守るために戦って死んだものたちの無念はいかばかりか・・・。

真実は「裏」から見ないと分かりません。

Takaaki Yamada: