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獣医師の需給は市場に任せたほうがよいのでは?

ドラマ「動物のお医者さん」より

つい先日、朝日新聞が「法科大学院、半数が廃止・募集停止 背景に政府読み誤り」という記事を掲載した。記事は次のような内容である。

もともと国が法曹人口を増やす目的で支援してきた法科大学院。しかし、法曹需要が増えるとの国の読みが誤り、逆に裁判件数は設立時よりも4割減。

そのため、ピーク時には74校あった法科大学院は、次々と廃止又募集停止の憂き目に会い、来春2018年に募集を行うのは39校のみ。志願者も最多だった04年の7万3千人に比べて1割程度にまで落ち込んでいる――。

出典:朝日新聞

以上の記事は、歯科医師と弁護士の過剰問題についてちょうど調べていた私にとって、たいへん参考になった。ありがとう、朝日新聞!

それにしても、なぜ同じ時期に、たまたま私と朝日新聞の関心の矛先が一致したのだろうか。私の念頭にあったのは獣医学部の新設問題だが・・。

もしかして、朝日新聞さんは「獣医学部を新設して獣医師を増やしたところで、弁護士の供給過剰の二の舞になるだけだ」と、暗に世間を煽ってらっしゃるのでは?

世論誘導にかけて、同紙の右に並ぶものがないことは周知の通り。これが前川氏と日本獣医師会へのステルス援護射撃であることは十分に察せられよう。

ツイッターをやらぬ身で恐縮だが、この記事に焚き付けられて、「ほら見ろ、安倍政治も過去の轍を踏むだけだ」と興奮するツイ界の方々が目に浮かぶようだ。



安倍総理が参入障壁を取り払ったのは正しいと思われる

しかし、本当にこの記事が暗に示唆する通りなのだろうか。

藤原かずえさんの「蓮舫議員を蓮舫議員が追及したとしたら」ではないが、どうもこの件の解は、「(政府の予想とは異なり)法曹需要は増えなかった」という朝日の記事自身の言葉にあるように思われる。

つまり、そもそも「市場」が決めることを人為で歪めていないか、ということ。

弁護士であろうが、獣医師であろうが、市場のニーズに応える仕事である事実には変わりない。弁護士は過剰というが、サービスの受け手であるわれわれはとくに困っていない。いや、むしろ選ぶ側としては、買い手市場になってくれて、ありがたいほど。

さる6月下旬、安倍総理が「意欲があれば獣医学部新設を認める」と、特区による新設の“全国展開”を是とすることを表明した。

これは「新設したいところなら新設できる」という中身であり、事実上、自由競争を認めた格好に等しい。この決定を冷笑する向きがずいぶんあるようだ。

しかし、二言目には「需給、需給」というが、市場まかせでそもそも何が悪いのか。どうやら、ここから議論を始めたほうがよさそうだ。

過剰化の懸念? 飽和して収入が減れば、獣医師を目指す若者が減るだろう。つまり、市場にまかせておけば、中長期的には需給は自動調節される。

朝日の記事が引用するグラフの意味するところはまさにそれではないだろうか(もしかして獣医師会を援護するつもりが、逆に市場原理の有効性を示しちゃった?)。

旧ソ連みたく、役人が需給を調節しようとするのが元来、不合理ではないか。

もちろん、公務と研究職の需給を統制するのはまだ分かる。

しかし、ペット医業の競争促進の何が悪いのか。むしろ、低競争によりサービスと料金のバランスの不適正な業者が跋扈している現状は、消費者に著しく損害を与えている。私たちは、競争によってそれが最適化されることを望んでいる。

考えてみれば、おかしな話である。なんで獣医師にだけ、社会が一生の安泰を保障してやらねばならんのか。仮に市場に淘汰されるペット開業医がいたとしても、転職すればいいだけの話である。現に他の業界の人たちはそうしている。

もっとも、獣医師免許があれば、動物関係の仕事では引く手あまたに違いない。それ以外の職でも必ず一目置かれる。よって、ますます私たちが心配する必要はない。

部数が奈落の底に流れ込む勢いで急減中の朝日新聞の記者の皆さんも、獣医師の将来よりも、斜陽企業にいる己の身を心配したほうがいいのでは?

そもそも何のための規制なのだろうか。基本、自由競争にして、社会的に看過できない歪みが生じたら、はじめて規制を検討すればいいのではないだろうか。

今回のケースは、消費者保護と業界保護とのバランスを欠いた規制はそれ自体が歪みを生むという典型であるような気がする。

「雨降って地固まる」ではないが、一連の騒動はそれを正す機かもしれない。

Takaaki Yamada: