1989年12月のマルタ会談の際、アメリカはソ連に対して「これ以上NATOを拡大させない」と約束した。ゴルバチョフはそれを信じて冷戦を終わらせた。
しかし、その後のソ連末期からプーチン・ロシアが誕生するまでの間に、アメリカ・EUは約束なんかお構いなしに、どんどんNATOを拡大させた。
2017年現在、いよいよウクライナが加盟しようとしている。見方を変えれば、これでロシアとNATOとの間の緩衝地帯が消滅する格好だ。
この動きを理解するためには、「ロシア革命とは何だったのか?」という点にまで遡らなければならない。下の記事にあるように、ソ連は元々「影の政府」が作ったのだ。
しかし、この計画は大失敗した。それを記したのが以下のキッシンジャー記事。
絶対あってはならないことが起こった。それがソ連の「ロシア回帰」です。“ロシア人”という民族は人格改造によって完全に滅ぼしてしまう予定でした。
しかし、ヒトラーの侵攻に対抗するために“大祖国戦争”プロパガンダを始めたところから誤算が始まり、最終的にソ連の内部からロシア民族が復活し、あろうことか「ロシア・ソビエト」が成立してしまったのです。
そのため、当初の「やらせ冷戦」の予定が「本物の冷戦」になってしまった。これは「影の政府」史上最大といってもいい、歴史的な大チョンボでした。
もともと「やらせ冷戦」は全世界を二大国家に収斂するための演出でした。ところが、本物の対立と化したことで、万一にもロシア・ソビエトが勝利したらどうなるのかという大問題が浮上した。当然、「影の政府」は破滅します。そこで、本当にソ連を打倒して、ロシアの再植民地化をはかり、いったん「米一極支配体制」にする必要があった。その戦略を任された人物こそ、実はキッシンジャーだったわけです。
私の推測だが、おそらく冷戦終結によって、キッシンジャーはいったん役割を終えたのだと思う。代わって、「米一極支配体制」を固めるために登用されたのがシオニスト・ユダヤのウォルフォウィッツや、ラムズフェルド、チェイニーたちだったと思われる。
カスピ海の地下資源と「9・11」直後のアフガン占領の真相
さて、1991年末、ソ連は解体され、独立国家共同体(CIS)へと移行した。この時にクリミアはウクライナのものとされ、後の紛争の種になる。
この後、西側の石油会社は、カスピ海の石油・ガス資源を押さえにかかった。来年か、再来年くらいには、カスピ海の石油と天然ガスは、トルコを横断するパイプラインによってEUへと直接届けられる予定だ。これにより、世界におけるロシアのエネルギーサプライヤーとしての地位は、ますます低下すると思われる。
実は、背景にあるのは19世紀後半の出来事。当時、仏ロスチャイルドのアルフォンスはロマノフ朝に金を貸し付けていた。いわばその見返りとして、バクー油田を手に入れたのである。同じ頃、ロスチャイルドは、ヘンリー・ディタディングのロイヤル・ダッチとマーカス・サミュエルのシェルを育てていた。1906年、両者が合併し、ロスチャイルド系の「ロイヤル・ダッチ・シェル」が立ち上がる。仏ロスチャイルドは、いったんこの石油会社にバクー油田を払い下げた。そして、1917年にロシア革命が起きると、油田は国有資産として接収されるが、それは表向きで、ロスチャイルドとしてはソ連政府のユダヤ同胞のためにプレゼントしたのだった。これが真相である。
つまり、彼らとしては、ロシア人にくれてやったつもりはないのだ。だから、ソ連が解体すると、またカスピ海の資源を取り返しにかかったのである。
「9・11」直後のアフガンへの攻撃・占領もこの文脈で見ないと真相は分からない。当初、そのカスピ海の資源を輸送するパイプラインをアフガニスタンに敷こうとしたところ、タリバン政権が「ノー」と断ったのだ。石油会社にしてみれば、イランを迂回してアラビア海へと資源を輸送するためにはぜひとも必要なルートだった。
しかも、タリバンは元々CIAが対ソ連軍のゲリラとして育てた存在だったので、彼らにしてみれば、二重に裏切られた気分だったろう。そこで「9・11」をでっち上げて、真っ先にタリバン政権を打倒することにしたのだ。
しかも、冷戦終結後に起こったエネルギー利権闘争は、日本も無関係ではなかった。
電力自由化の策源地はロックフェラーだった
同じ頃、ロックフェラーは極東地域でサハリンの地下資源を押さえにかかった。実はここにも裏話がある。しかも、日本と、電力自由化政策に関係してくるのだ。
そもそも90年代後半から活発化した国内の電力自由化政策自体が、エクソンモービルや総合商社によるサハリン開発と裏で連動していた。単純にいえば、電力自由化・発送電分離派が「化石エネルギー・マフィア」であるのに対して、反対派が「原子力マフィア」というふうに評することも不可能ではない。これは16兆円の日本の電力市場をめぐる、「国際資本vs民族資本」の戦いとそのままダブっている。
単細胞な日本のメディアと知識層には、この視点がすっぽり抜け落ちていて、電力会社に対する反感のあまり、自由化派と反対派の争いを「善悪対立」という道徳的色眼鏡でとらえる誤りを犯している。
実はその外資の尖兵こそ、当時、メディアから「電力自由化の黒船」とまで呼ばれていたエンロンだった。興味深いことに、結局、空手形に終わったものの、エンロンは青森県の六ヶ所村に出力200万kWの天然ガス火力発電所を建てるつもりでいた。
わざわざ六ヶ所村を選んだのは、下北半島がパイプラインの通り道になると確信していた以外にも、極めて象徴的な意味があったと思う。
おそらく、ロックフェラーにとって日本の原子力村は“鬼子”に育ってしまったと考えられる。つまり、日本の原子力産業がここまで強大になり、しかも対外的には閉鎖的で、国内の利権をがっちり固めてしまうことは、「生みの親」にとっても想定外だった。
事実、日本の電力企業軍団は、その鬼子ぶりを発揮し、エンロンが詐欺事件で倒産した追い風もあり、最終的に外資の圧力を撥ね付けてしまった。ある意味、日本国民の利益そっちのけで、計画が外資(電力自由化派)と民族資本(反自由化派)の抗争の場になってしまったのだ。そして、その“第二幕”が開始されのが「3・11」後だった。今度は後者が敗北してしまったようだ。
日本の消費者が支払う莫大な電力料金は、企業にとって「巨大市場」だ。その市場の覇権をめぐる闘争を有利に進めるにあたって、格好の道具として使われたのが“政治的な正義”ではなかったか。再生可能エネルギーの中でもっとも費用対効果が悪く、質の低いメガソーラーの普及を目の当たりにする時、そう思えてならないのである。