3月26日、金正恩が中国を電撃訪問したというニュースが飛び込んできた。
習近平といえば先日、全人代で国家主席の任期制を廃し、全会一致で再選されたばかり。毛沢東以来のタブーを破って個人独裁の政権を固めつつあると評される。
米朝首脳会談、もしくは韓国も交えた三者会談の開催がほぼ決まったタイミングだ。
なるほど、ここで中国の最高指導者よりも先にアメリカの大統領と会ったとしたら、習近平の面子を決定的に潰してしまう、これはマズイと、考えたのではないか。
おそらく、金正恩的には「次のリーダーの登場まで待つ」戦術だったのだろう。だが、従来のように、二期目を務めたら国家主席も退任とはいかなくなり、算段が狂った。
今後ともあの習近平のしかめ面と否が応でも付き合っていかねばならないと決まった以上、一刻も早く関係を修復したほうが得策だ・・と判断したと思われる。
結局のところ、金正恩を走らせたのは、独裁者化した習近平に対する恐怖ではないか。
アメリカにとって米朝首脳会談は想定内だった
さて、その米朝首脳会談の話題だ。
韓国が“仲介”したとはいえ、金正恩の提案をトランプが即答したことに対して、とりわけ日本のメディアでは「電撃的」などと驚きが広がっている。
しかし、トランプが即答できたのは、サプライズでもなんでもなく、このような北朝鮮の行動が想定内だったからと考えられる。
というのも、これはそもそもトランプ側の呼びかけに対する“返答”だからだ。
昨年の「なぜトランプの韓国国会演説こそアジア歴訪のハイライトなのか」という記事を読み返してほしい。トランプは次のように演説している。
北朝鮮はあなたの祖父が思い描いた楽園ではありません。誰も経験するいわれのない地獄です。しかし、あなたが神と人類に対して犯したあらゆる罪にもかかわらず、あなたから申し出る用意があるなら、われわれははるかによい将来へ向けての道を提案しましょう。それは、あなたの好戦的な挑発の終わり、弾道ミサイルの開発の停止、そして完全かつ検証可能な全面的非核化から始まります。(略)
われわれが北朝鮮のこの明るい道について話し合う用意をするのは、北朝鮮の指導者たちが脅しをやめ、核計画を廃棄する場合に限られます。
上がトランプ本人の言葉である。
このように、条件を提示して、それを守るなら話し合ってもよいと呼びかけている。
北朝鮮は、昨年の輸出収入9割減という「9・11」制裁から約半年が過ぎて、懐事情が非常に苦しい。それでやむなく“対話”へと追い込まれたのかもしれない。
北朝鮮のほうから折れたわけだから、やはり「圧力一辺倒外交」で正解だったようだ。
ただし、同じ記事内で、私は演説に対して、私自身の感想も述べている。
翻訳すると、トランプは「おまえとは話し合いをしない」と言っているわけです。
私は何度も述べてきましたが、これは金正恩にとって政治的に不可能です。北朝鮮の肩を持つわけではないが、そもそもこういうのは「外交」とは言わない。
ハルノートと同じ、相手への一方的な要求です。
トランプのいう“話し合い”とは、あくまで金正恩がアメリカの要求に従うことだ。仮にそうなれば、対話の“成立”であり、会談の“成功”というわけである。
すぐ下で説明するが、これは最初から成立しないディールだ。
だから、金正恩が“ハルノート”を飲まない限り、米朝首脳会談が本当に開かれるかどうかも分からないし、開かれたとしても真の成果には結びつかないだろう。
北朝鮮にとって“検証可能な非核化”など政治的に不可能だ
その「完全かつ検証可能な全面的非核化」が、金正恩にとっていかに困難であるか。私はやはり昨年の別の記事で、次のように説明している。
北朝鮮の立場からすると、核・ミサイル開発を放棄したことを行動で示すのは至難の技だ。というのも、北朝鮮は何十キロという長大な地下トンネルや地下施設に、核・ミサイル関連の工場や研究所、部品・製品などを隠している。よって、開発放棄を証明するためには、それらのすべてに査察官が自由に立ち入り検査できるよう、認めなければならない。朝鮮人民軍からしたら、あらゆる軍事機密が筒抜けになるのと同じだ。
平たくいえば、これは「全面的に国を明け渡す」ということに等しい。どれだけ金正恩が独裁者だろうが、対国内での政治的立場というものがある。今まで散々、核・ミサイルの開発の成功を国威発揚に利用し、人民の対米敵愾心を煽ってきた。いかに独裁者とはいえ、米国に全面服従する真似をして、対内的な権力が保てようか。
金正恩が独裁者だからいって、何でもできるわけではないのだ。部下を処刑することはできるが、莫大な見返りもなく核・ミサイル開発を廃絶することはできない。
しかし、北朝鮮の納得のいく見返り――間違いなく数兆円以上――を支払う国なんてどこにもない。日米とも、仮に支払うとしても、適当な額でしかない。日本の場合、北朝鮮に兆円単位の経済支援をしたら、どんな政権あれ倒れるだろう。
韓国は支払う能力がないので、おそらく北朝鮮と一緒になって「植民地支配の清算」などを喚き立て、日本から強請り取ろうとするだろうが、われわれにはそんなものを支払う道理がない。“賠償金”の代わりに、顔面に蹴りでもくれてやればいい。
また、金正恩にしてみれば、そうまでしても「安泰」という保証はない。
2003年のブッシュ政権による対イラク攻撃に度肝を抜かれたカダフィは、率先して核開発を放棄し、かつ「北朝鮮とイランもわれわれを見習え」と主張したが、「丸裸」になった後にカダフィとリビアはどうなったか。金親子もきっと教訓にしただろう。
つまり、金正恩にしてみれば、仮に全面的に非核化したところで、
- 何兆円もの見返り金を貰えるわけではない
- 査察のために国を全面的に明け渡さなければならない
- それでいて、あとで殺されるかもしれない
ということになる。
だから私は「アメリカのいう“北朝鮮との対話”は最初から成立しない」と書いている。
米朝首脳会談直前にボルトンとポンペオを起用したトランプ
つまり、アメリカ側は、政治的に不可能なことを北朝鮮に要求している。だから、最初から成立しないディールであり、その点でハルノートとそっくりなのである。
むろん、北朝鮮も最初から本当に非核化を実行する気はない。
すでに「北朝鮮は過去2回と同じように今回も騙すつもりではないか」との観測が飛び交っているが、私もこの見方におおむね同意する。
現実に不可能なことを言い出してきた(おそらく韓国特使に対して非核化を“約束”したというより、単にその意志を臭わせた程度のことと思われるが)背景には、おそらく「今回も騙せる」という期待と共に、仮に交渉が決裂しても、その間だけ、核・ミサイル開発の時間稼ぎができるという算段があると思われる。その時間稼ぎ戦術には、トランプ政権の崩壊と対北外交の仕切り直しを待つ目的も含まれているに違いない。
いずれにしても、北朝鮮にしてみれば、それは「過去の成功体験」でもある。
彼らは何度も非核化を約束しては騙してきたが、とりわけ大きな裏切りが、
- 1994年の「米朝枠組み合意」
- 2005年の「六カ国協議の合意」
の二つだ。細かくいえば他にも2、3の事例がある。
とりわけ、最初のボタンの掛け違いとして悔やまれているのが、「米朝枠組み合意」において、核開発関連施設への査察を厳密に実施しなかったことだ。
だから、今度こそは「ぬるい検証」はできない。トランプもまた「完全かつ検証可能な全面的非核化」というふうに厳密に定義しているし、日本も目を光らせている。
今回は、仲介役の韓国が話を“盛った”可能性がある。
仮にそのせいでトランプが過大な期待を持ったとしたら、むしろ、今回もまた裏切られたと分かった時の反動もそれだけ甚大なものになるだろう。
いや、そもそもトランプも北朝鮮が約束を守るとは信じていないかもしれない。
繰り返すが、トランプ政権は“対話”を呼びかけてきたといっても、内容を見る限り、北朝鮮が一方的に非核化を実行することしか望んでいない。
これは政治的には、相手の全面降伏以外受け入れないという無理難題に等しい。
これはそもそもハルノートを突きつけられた時の日本帝国のように、北朝鮮を激発させ、先制攻撃させるのが真の狙いだろうと私は思っている。
対して、北朝鮮もまた非核化の「約束」を守るつもりはない(そもそも非核化の約束をしたのか疑わしい)。空約束で騙せるだけ騙してやろうという魂胆だろう。
すると、米朝首脳会談とは「お互いを嵌めようと思っている者同士の会談」ということになる。両者ともそれを分かった上で、あえて交渉してみるらしい。
しかも、会談が決まってから、つい先日、トランプは国家安全保障担当補佐官にジョン・ボルトンを指名した。真性のネオコンである。また、国務長官のほうはティラーソンに代わりCIA長官のマイク・ポンペオを起用することが決まっている。
米朝首脳会談に向けて、トランプが、過去に北朝鮮攻撃を主張したタカ派をあえて起用した狙いは何なのか。
私には交渉を決裂させることを念頭にボルトンを登用したようにしか思えないが・・。