トランプは米朝関係が順調であるかのように吹聴していますが、米大統領がどういう意図でそういう態度を取っているにせよ、北朝鮮のほうは不満たらたらというのが実際のところです。その不満をはっきり口にしたのが7月7日の「ポンペオ・金英哲(キム・ヨンチョル)協議」の後。北朝鮮外務省報道官は次の談話を発表しました。
「CVID(完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)だ、申告だ、検証だと言って一方的な非核化要求を持ち出した」
「ギャングのような非核化要求だった」
だから「遺憾極まりない」というのです。
まあ、この談話を聞いて、それでもまだ北朝鮮が本気で非核化すると信じている人の気がしれませんが・・。アンケートでは日本人の約8割は信じていないそうです。
北朝鮮的には、7月27日の朝鮮戦争の休戦協定65年周年を機に「終戦宣言」へと持っていきたかった。休戦を「終戦」に格上げして米国から体制保証を得る・・そういう交渉を並行してやりたかったのに、米側は非核化要求ばかりした。しかも、トランプは「制裁は維持するが朝鮮戦争は近く終結する」と言って、変に期待を持たせていた。
米側の姿勢が変わらないと交渉が決裂すると北朝鮮が臭わせたのも、むべなるかな。
agreementを勝手にcontractと言い変えたトランプ
この後のトランプの態度が、また、しれっとして、とぼけている。
私は、われわれの署名した契約(contract)及びより重要な私たちの握手を、金正恩が尊重するという確信を持っている。われわれは北朝鮮の非核化に同意した。一方、中国は、中国の貿易にとりよくないわれわれの姿勢ゆえに、取引にネガティブな圧力をかけている可能性がある。
改めて確認すると、「6・12米朝首脳会談」の共同声明は「合意」(agreement)です。どの海外ニュースもそう記しています。ところが、トランプはそれを勝手に契約(contract)と呼んでいる。契約だと、破ったら、必ず制裁又損害補償に結びつきます。
また、北朝鮮を訪問したポンペオ米国務長官は、その足で来日しました。そして、河野太郎外相、韓国の康京和外相と会い、共同会見を開きました。
北朝鮮とは違い、ポンペオ氏は満足そうであり、会見で次のように述べました。
「誠実で生産的な話し合いだった」
「はっきりと言うが、北は完全で検証可能、不可逆的な非核化(CVID)にコミットすると再度約束した」
トランプは北朝鮮と「契約した」と言い、ポンペオは「再度約束した」と言っているわけです。なんで相手がそうしたぞと、国際社会に向かって繰り返し説く必要があるのでしょうか。これはいざという時のために「言質をとっている」のでしょう。
つまり、北朝鮮が「やっぱり非核化をやめる」と言い出すと、
「え? おまえ契約したよな? 約束したよな? し・た・よ・な?」
と詰問できるわけです。これで軍事行動を正当化できる寸法です。
北朝鮮的には次々と譲歩しているのに米国からの見返りが来ない!
金正恩はこの「ポンペオ・金英哲(キム・ヨンチョル)協議」によほど不満があるのか、7月の15日にもなって、再度、次のように声明させました。
朝鮮戦争 終結宣言の協議求める 北朝鮮 アメリカを批判 2018年7月15日
(前略)この協議について北朝鮮は15日、国営のウェブサイトに論評を掲載し、「アメリカは情勢悪化と戦争を防ぐための基本的な問題である朝鮮半島に平和体制を構築することについては一切言及しなかった」とアメリカを批判しました。
そのうえで、北朝鮮がアメリカに求める朝鮮戦争の終結宣言について、「緊張を緩和する最初のプロセスだ。互いの信頼と尊重に基づき、段階的かつ同時の行動によって誠意を示すべきだ」として、朝鮮戦争の終結宣言についてアメリカは協議に応じるべきだと改めて主張しました。(後略)
しかし、金正恩はひどく不満を覚えつつも、第一に「西海(ソヘ)衛星発射場」にある「大出力エンジン実験場」の解体に着手し、第二に7月27日の朝鮮戦争の休戦協定65年周年には、米兵の遺骨を返還しました。
まあ、前者のミサイル実験場の破棄については、この前の「豊渓里(プンゲリ)核実験場の廃棄式典」と同じで、ただの宣伝でありパフォーマンスでしょう。
遺骨返還に関しては、日本も同じですが、退役軍人と家族の強い願いがあります。政治家にとっては票の問題でもある。ただ、根本的には「国家のために戦死した軍人を可能な限り手厚く慰霊する義務がある」という、どの国にも共通する常識に拠ります。
北朝鮮的には、こういった「譲歩」を取引材料として、本当は「終戦宣言→体制保証」に持ち込みたかったようです。しかも、これに関しては、完全に韓国が北朝鮮側に立って、北の要望をかなえるよう、アメリカに訴えてきました。
南北両国は、アメリカの軍事オプションの芽を摘む上で「終戦宣言」の発効が切り札というふうに信じていて、非常にこだわっている。板門店宣言でも終戦宣言を年内にやりたいという方針です。だから、南北共闘していると表現してもよい。
しかし、非核化の具体的な進展がまだなので、アメリカは今回「時期尚早」というふうに先延ばしにした。これに対して北朝鮮が非常に不満を募らせている。
最初に米国人の人質を帰したというのがあって、次に核実験場の爆破をして、その次にミサイル実験場を破棄して、そして米兵の遺骨返還にも応じた。
人質や遺骨の返還などという、本来当たり前のことを「カード(相手への恩寵)」だと、恩着せがましく思っている北朝鮮のメンタリティが異常なわけですが、ここで重要なのは人間の常識云々よりも、「あくまで北朝鮮側がどう思っているか」です。
彼らの主観では「自分たちばかりが一方的に米国に譲歩している嫌な感じ」なのです。当然、なんでアメリカは非核化の要求ばかりして見返りをよこさないのかと憤る。
北朝鮮は「やっぱり非核化をやめる」と喚き出すだろう
繰り返しますが、これは事の善悪の問題ではなく、あくまで北朝鮮側がそう思っているということです。興味深いことに、最近、金英哲(キム・ヨンチョル)朝鮮労働党副委員長が、はっきりと「内部の不満」の存在を公言しています。
考えるまでもなく、燻っているのは次のようなドス黒い感情でしょう。
「なんでアメリカは見返りをよこさないのに、わが国ばっかり譲歩しなければならないのか? なんで30年かけて築き上げた国家資産を放棄しなきゃならないのだ!?」
同じ立場にあれば、誰でもこんなふうに激昂するのではないでしょうか。
日本みたいに非国家主義的な国でも、やはり世論が沸騰するはずです。
北朝鮮にもそれがあるということです。そして、それは今のところ米国に対するものであるが、紙一重で金正恩体制に向かう危険性のある国民感情でもある。私はずっと言っていますが、いくら独裁者でも、政治的にできることと、できないことがある。
7月27日、休戦協定の同じ日、ポンペオ国務長官は、上院外交委員会で、改めて「北朝鮮に非核化」を訴え、「引き伸ばしさせない」と明言しました。
金正恩はずいぶんと神経を逆撫でされたに違いありません。本来なら、これだけカードを切ったことで「終戦宣言→朝米関係改善・体制保証」という見返りが得られるはずだったのに、その「得て当然の権利」が得られなかった。期待が裏切られた。
今のところ、米朝交渉では、アメリカだけが満足している格好です。
そして、北朝鮮は日に日に不満をためています。
この米朝の感情のギャップを指摘する声がない。それだけ日米などの西側の社会が朝鮮人の感情に鈍感ということです。しかし、彼らにもまた私たちと同じ国民感情がある。
日本人はハルノートの時点で爆発したが、朝鮮人はハルノートを飲むフリを選んだ。そして、得意の寝技に持ち込んで、突然態度を翻したりして、相手を翻弄し、どんどん譲歩させていく・・・つもりが、トランプにはまったく通用しない。
つまり、北朝鮮は、相手を空約束で騙そうとしたことで、もっと自分を追い込む形になっている。この巨大矛盾は維持不可能。いずれ何らかの形で破裂します。
非常に危険です。私は北朝鮮が突然噴火してもおかしくない気がしている。