京都府宇治市にある「京都アニメーション 第一スタジオ」が放火され、35名(*現時点)もの方々が亡くなられてから一月が経とうとしています。
夢と希望を断たれた皆様に対して、心よりお悔やみを申し上げたいと思います。
この理不尽な事件は、私にとって、近年でもっとも衝撃的な事件の一つでした。
ニュースで知った時、涙が流れました。
その後、慰霊のために現場を訪れた際にも、涙が流れました。
そして今、記事を書いている時も、涙が流れてきています。
私は決して涙もろい人間ではありません。それだけ私にとって、同社とクリエイターの皆さん、そして作品の存在感が大きかったということです。
おすすめばかりの京都アニメーションの作品
京都アニメーションの作品は「名作ぞろい」だとして昔から評判です。
世界的に見たら、スタジオ・ジブリにも匹敵するほどの存在感だと思います。
私が初めて接した同社の作品はこれでした。
『フルメタル・パニック? ふもっふ』(2003年 8月~ 11月放送)
『フルメタル・パニック! The Second Raid』(2005年 7月~ 10月放送)
と言っても、リアルタイムの放送ではなく、かなり後になってから、インターネットで視聴したわけですが・・。
この作品で、すぐに京都アニメーションのファンになりました。
そして、この度の事件で亡くなられた武本康弘氏の存在を知りました。
次は『涼宮ハルヒの憂鬱』(2006年 4月~ 7月,2009年 4月~ 10月放送)です。
この作品で、京都アニメーションの名が一挙に世界に知れ渡ったと思います。
『涼宮ハルヒの憂鬱』は、稀に見る楽しい内容で、最後まで決して飽きさせることはありません(あの賛否の別れる「エンドレスエイト」でさえも)。
コメディでありながら、感動あり、涙あり、少しの恐怖あり。学校生活を経験した者なら、誰しもほろ苦いノスタルジアも感じることができるでしょう。
これは『フルメタル・パニック』をはじめ、同社の多くの作品に当てはまります。こんなふうに青春時代の思い出を刺激されることも、人気の秘密かもしれませんね。
京都アニメーションはその後も大ヒット作品を次々と世に送り出してきました。
同社の快進撃については、私などが今さら説明するまでもありません。
驚くべきことに、どれも完成度の高い一級の作品ばかり。
共通するのは、美しい映像、明るく楽しいキャラクター、絶妙なカメラワークと動き、声優さんの妙演、複雑で良質なストーリー、素晴らしい主題歌とBGM、等など。
総合芸術と言われるアニメのポテンシャルを最大限に引き出しています。
それらの作品からは、才能と情熱に溢れたアニメーターの皆さんが、どれほど愛情を込めて創作に携わって来られたかが、よく伝わってきます。
日本だけでなく、世界中のファンが、同社の作品から愛や希望、感動をもらい、楽しく素晴らしい時間を過ごすことができました。私自身も、改めて同社と、作品作りに携わって来られた皆さんに対して、お礼を申し上げたいと思います。
献花と慰霊のために事件現場へ
さて、放火事件以来、私は一ファンとして、どうしても現場を訪れなければならないという想いに駆られました。
私が訪れたのは8月の、あるカンカン照りの日でした。
真昼は避けたつもりでしたが、それでも地表からゆらゆらと陽炎が立ち昇っていました。
真っ先に現場近くに設けられた献花台へと向かいました。
献花台には花束と飲み物が山積みされていました。
炎天下にもかかわらず、訪れる人の姿は絶えることがありませんでした。
道の反対側の歩道から、数社のテレビ局がその様子を撮影していました。
私はすでに山積みされた花束の中に新たな一つを付け加え、手を合わせました。
出たところで、待ち構えていた記者からインタビューの声かけがありましたが、ジェスチャーでお断りしました。この時点で自分が泣いていることに気づきました。
放火された第一スタジオは住宅街の中に忽然と姿を現す形で存在していました。
世界中のファンが衝撃を受けた現場は、まだ事件の凄惨さを物語っていました。
一度の殺人としては、戦後最悪の犠牲者数となった事件です。
何の咎もない大勢の人たちが突然、命を断たれました。
理不尽といえば、あまりに理不尽です。
なんでこんなことをしたのか・・・。
私はしばらく呆然と立ち尽くしました。
そして5分ほどじっと目を閉じ、手を合わせました。
まだ納得がいかずにさ迷っておられる霊魂に向けて、心の中で語りかけました。
まったく想定していない、突然の死を迎えられた方の中には、その事実を受け入れることができずに、この世をさ迷い続ける羽目になる方もいらっしゃいます。
大変おこがましい話で恐縮ですが、そういう方が少しでも浮かばれるよう、私なりにお手伝いすることが、今回の訪問の一番の目的でした。
私はそれぞれの角に立ち、やはりその度に目を閉じて手を合わせました。
建物の裏側にも行かなければという想いが沸きました。
それは少々やっかいでした。
いったん現場から離れて、住宅展示場から回り込む格好になります。
展示場では、オルゴールの音色を思わせるBGMがスピーカーから流れていました。
それがまるで鎮魂の曲のように想われました。
上の写真の歩道を突き抜けたところに、やや広めの駐車場があります。
スタジオの裏側は、小川を挟んで、その駐車場に接していました。
ここで、私はもう一度、立ち尽くし、長い間、両手を合わせました。
そして、先と同じように、心の中で語りかけました。
素晴らしい作品をありがとう。
そして安らかにお休み下さい。