さて、前回記事の続き。後半です。
焦点の5月になりました。米朝のやりとりがさらに激しくなります。
5月当初の時点では、北朝鮮は「核兵器の査察にも応じて、核の全面廃棄に応じる姿勢を示している」と報じられていました。
対話路線以来、初の公式対米非難
しかし、北朝鮮は、まず一発目の揺さぶりをかけてきます。
制裁、人権問題…「刺激すれば対話白紙に」 北朝鮮が米国をけん制
北朝鮮外務省の報道官は6日、米国が米朝首脳会談を前に、核放棄するまで制裁を緩めないとしていることや、人権問題を取り上げる構えを見せていることなどを非難し「相手を意図的に刺激する行為は対話ムードに冷や水を浴びせ、情勢を白紙に戻す危険な試みだ」と米国をけん制した。(略)
北朝鮮が非核化の意思を示したことを、米国が制裁や圧力の結果だとアピールして「世論をミスリードしている」と反発。「われわれの平和愛好の意思を軟弱さと勘違いし、圧力や軍事的威嚇を追求し続けるのは、問題の解決に役立たない」と警告した。(共同)
南北首脳会談後「初」の公式非難声明ですが、誰が見ても経済制裁で追い込まれて対話路線に転じたのに、わざわざ「われわれの非核化の意志をそちらの制裁と圧力の結果であるように吹聴するな!」などと怒ってみせる・・よほど図星だったのかと。
そして、米の「完全な核廃棄まで制裁と圧力を続ける」姿勢を指して、対話ムードへと向かっている朝鮮半島情勢を再び緊張させるものだと非難する。
この辺は日本の左派・リベラル派の主張とまったく同じですね。北朝鮮と同じ脳ミソをしているのか、それとも直接間接の影響で言わされているのか、知りませんが。
いずれにしても、北朝鮮が、「朝鮮半島の平和を壊す存在」というレッテルを米国に貼り、なんとかして条件闘争に持ち込もうとしているのがよく分かります。
しかし、日米とも、またG7としても、北朝鮮が完全に核放棄しない限り見返りは与えないという方針を、改めて確認しあっており、ブレることはない。
ちなみに、人権問題というのは、主に日本が粘り強く提起している拉致問題のことでしょう。その結果、トランプ大統領も米朝首脳会談で取り上げると約束した。
北朝鮮の中国再接近と非核化で妥協しない米国
さて、ここでまた北朝鮮の姿勢に変化を促す出来事が起きる。
5月7~8日の二度目の訪中です。
金正恩氏、習主席と再会談=「後ろ盾」を誇示―米へ段階的な見返り要求 5/8(火)
(前略)正恩氏は対米関係改善への期待を表明するとともに、非核化に段階的に応じる上での見返りとして、米国に対し相応する融和措置を取るよう改めて求めた形だ。
(略)正恩氏は初の外遊先として3月末に訪中したばかり。1カ月余りの短期間に習氏との2回目の会談に臨んだのは、米朝首脳会談を控える中、「後ろ盾」となる中国との連携を誇示し、対米交渉を有利に進める思惑があるとみられる。
つまり、金正恩は二度目の訪中で中国がバックに付いてくれるという確信を得た。その威信を背景にすれば、非核化を「段階的な措置」にして、そのつど見返りを貰う方式へと転換するよう、トランプ政権に迫ることができるはずだと算段したようです。
後に、トランプ自身が「習主席との2回目の会談後に金正恩の態度が少し変わった。私はそれが気に入らない」と表明している。
5月9日、ポンペオ国務長官が訪朝し、北朝鮮が韓国系アメリカ人3人を解放します。北朝鮮的には「こちらが譲歩してやった、トランプに政治的な得点を稼がせてやった」という思いなのでしょう。ところが米国の姿勢は軟化どころか厳しくなっていく。
安保補佐官に起用されたばかりのボルトンが、北朝鮮の非核化はリビア方式でいくべきだと、公の場で繰り返し表明し始めた。ボルトンといえば、ブッシュ・ジュニア政権時代の国務次官であり、ネオコンの一人。また、当時、北朝鮮とイランに核放棄を迫った外交当事者であり、北朝鮮からは「人間のクズ」とまで罵られています(笑)。
トランプ政権としては「リビア方式ではなくトランプ方式」で行くと表明していますが、それがリビア方式より生易しいとは限らない。
米、核技術者の移住やデータ廃棄要求 北朝鮮は難色か 5/10(木)
(前略)水面下では米国が高い要求を出し、北朝鮮が難色を示していることが分かった。北朝鮮関係筋が明らかにした。核開発のデータ廃棄や技術者の海外移住が焦点になっているという。同筋によれば、米側は、北朝鮮が行った6回にわたる核実験や、寧辺(ヨンビョン)核関連施設に関するデータの廃棄を求めている。さらに、核開発に携わった最大で数千人ともされる技術者を海外に移住させるよう求めているという。
北朝鮮当局者の顔が青ざめている様子が想像できます。当然、首を縦に振れません。
米国のいう核査察は「無条件降伏」や「無血開城」にも近い(以下参考記事)。
北朝鮮が突如激怒、得意の瀬戸際外交に打って出るも・・
とうとう北朝鮮側は怒りを爆発させてしまいます
米朝首脳会談「再考」も=核放棄だけ強要に警告-北朝鮮高官 5月16日
(前略)金桂寛(キム・ゲグァン)第1外務次官は談話を発表し、「トランプ米政権が一方的な核放棄だけを強要しようとするなら、われわれはそのような対話にもはや興味を持たないだろう」と警告、「朝米首脳会談に応じるかどうか再考せざるを得ない」と表明した。(略)「われわれは、朝鮮半島の非核化の用意を表明し、そのためには米国の敵視政策と核脅威による恐喝を終わらせることが先決条件になると数度にわたって明言した」と強調。
また、キム第1外務次官は、「リビア方式」や「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」について、次のように反発します。
「対話を通じて問題を解決するのでなく、大国に国を委ねて崩壊したリビアやイラクの運命をわが国に強要しようとしている」
「米国はわれわれが核を放棄すれば、経済的補償や恩恵を与えると騒いでいるが、われわれは米国に期待して経済建設を進めたことは一度としてなく、今後もそのような取引を決してしないだろう」
このキム第1外務次官は対米外交を仕切ってきた人物で、ブッシュ政権時代のボルトンとも膝を交えていますから、相当な古株です。ただ、記事でも述べましたが、これは金正恩が自分で言えないから、部下の金桂寛(キム・ゲグァン)や崔善姫(チェ・ソンヒ)に言わせているんですね。トランプがちゃぶ台を引っくり返しても、「いや、あれは部下が勝手に口走ったことだ」と釈明すれば、決定的なところで責任回避できる。
それにしても、「一方的な核放棄を強いるな」とまで言うということは、本格的に本音を押し出してきたということですね。そうやって譲歩を引き出すため、経済支援を提示すれば北朝鮮をコントロールできるとの幻想を打ち砕き、首脳会談の開催を人質にとる。
他方、期待していた仲介役を果たせない韓国に対しても怒りを爆発させた。
米韓合同軍事演習「マックス・サンダー(Max Thunder)」が行われたことに対して、韓国との閣僚級会談を中止し、「無知で無能な集団」だと悪罵した。
しかし、突然テーブルを引っくり返して相手に譲歩を迫る北朝鮮のやり方に対して、米国もまたうんざりしていますし、トランプも事前にそれで譲歩してきた過去の米政権の過ちは繰り返さないと明言しています。それどころか「会談がなければ『面白いこと』になるぞ」などと、遠まわしに北朝鮮を恫喝してみせた。
トランプ米大統領、北朝鮮の出方次第で首脳会談中止も=副大統領 5/22(火)
ペンス米副大統領は21日、北朝鮮の出方次第ではトランプ大統領が来月予定されている米朝首脳会談を取りやめる用意があるとの認識を示した。(略)
ペンス氏は、北朝鮮は守るつもりのない約束を巡って米国から譲歩を引き出そうとすべきでないとし、「金正恩朝鮮労働党委員長はトランプ大統領を手玉に取れると思ったら大間違いだ」と語った。
これはトランプ大統領の本心を副大統領が代弁してみせたということですね。
ペンス氏はFOXニュースとのインタビューの中で、「北朝鮮が完全な非核化に応じなければ首脳会談が始まってからでも取りやめることがある」「大統領は北朝鮮が核やミサイルを保有し、米国や同盟国を脅すのを容認しない」とまで表明しています。
北朝鮮、ついに瀬戸際の極限に
また、22日、米韓首脳会談が行われましたが、その時にもトランプは「非核化で譲歩しないこと」「それが短期間に行われるべきこと」を訴えました。首脳会談そのものに対しても、「うまく行かないならそれでも構わない」と、執着しない姿勢を見せた。
北朝鮮の「瀬戸際外交」は効果がありませんでした。
しかし、不発に終わったことに対して、さらなる「瀬戸際外交」の加速に打って出ます。
北朝鮮外務次官 「朝米会談の再考」示唆=米副大統領発言を非難 2018/05/24
崔善姫(チェ・ソンヒ)外務次官は24日、朝鮮中央通信での談話で、「米国がわれわれの善意を冒とくし、不法無道に出れば、朝米首脳会談を再考慮する問題を最高指導部に提案する」と述べた。米国が北朝鮮と会談場で対面するか、核の対決上で対面するかは米国の決心次第だとした。
また、ペンス米副大統領がFOXニュースのインタビューで、北朝鮮が非核化に応じない場合は、「リビアのように終わるだろう」と警告したことを強く非難。「われわれは米国に物乞いのように対話を求めないし、米国がわれわれと対面しないなら、あえて引き止めない」と強調した。
これはあえて崖っぷちまで行ったということですね。対話したくないのなら、こっちも知らん。首脳会談するのか、核の対決をするのか、そっち次第だ、と。
この人の声明全文を読むと、むちゃくちゃ挑発的なことを言っているんですね。
たとえば、
「北朝鮮がリビアの轍を踏むだの、軍事的オプションは排除されないだの、米国が求めているのは完全かつ検証可能で不可逆な非核化だのと言って、せん越に振舞った。(略)米副大統領の口からこのような無知蒙昧な言葉が出たことに驚きを禁じえない」
「彼らの言葉をそのまま返すなら、われわれも、米国が今まで体験したことがなく、想像もできなかったおぞましい悲劇を味わわせることができる」
いやはや、これでこそいつもの北朝鮮(笑)。
ちなみに、時を同じくして、北朝鮮は豊渓里(プンゲリ)核実験場の「廃棄式典」を敢行します。ただ、米は、専門家に公開するよう、約束を迫っていたようで、それが果たされなかったことで、かえってこの爆破ショーに疑念を抱いたらしい。
米朝首脳会談中止を発表するも、事態が二転三転、目まぐるしい動きに
さて、上記の態度に対して、トランプ大統領は「そんなら中止するわw」という感じであっさりと首脳会談中止を決定しました。
報道によると、ペンス、ケリー、ポンペオ、ボルトンらと会議して決めたそうです。また、この時に明らかになったこととして、北朝鮮がシンガポールでの事前協議をドタキャンするなどの不誠実な対応をとったことも、不信感の理由としてあったようです。
トランプ氏、米朝会談を中止 北朝鮮の「愚かな」行動に警告 5/25(金)
(前略)朝鮮労働党委員長との首脳会談を中止すると表明した。北朝鮮が「すさまじい怒り」と「敵意」を示したことが会談中止の理由としている。
トランプ大統領は金委員長宛ての書簡で、シンガポールで6月12日に予定されていた史上初の米朝首脳会談の中止を通達。(略)ホワイトハウスで会見し、北朝鮮が「愚かな、または無謀な行動」を取った場合、韓国と日本が米国と共に対応する準備ができていると述べた。(略)一方で、金委員長との会談は依然として実現可能だとの考えを示し、自身は会談を待ち望んでいたと強調した。
書簡によると、「すさまじい怒り」と「敵意」とはチェ・ソンヒ談話のことです。
また、同じ書簡で次のように記している点にも着目しなければならない。
「あなた方は自らの核能力について言及しているが、われわれの核能力は巨大で強力であり、決して使われないことを神に祈っている」
さらに、ホワイトハウスでの会見では、こういう意味のことも言ってのけた。
「不幸にも米国が軍事作戦を実施せざるをえない場合には、日韓両国が費用のかなりの部分を喜んで負担する意志もある」
私は昨年からずっと「請求書は日本に来る」と言っていますが・・。
さて、これに慌てたのが北朝鮮です。
今度は、チェ・ソンヒおばさんの上司にあたるキム・ゲグァン第1外務次官が直ちに「首脳会談中止は予想外であり、極めて遺憾だ」と声明します。
全文を読むと、これが「拝啓トランプ様ポエム」なんですね。
自分たちの「怒りと敵意」とは、「一方的な核廃棄の圧力をかけてきた米国側の過度な言動が招いた反発にすぎない」、つまり米側のせいだとした上で、「トランプ大統領がどの大統領もできなかった勇断を下し、首脳の対面という重大な出来事を作るために努力したことに対し、内心で高く評価してきた」と述べて、変に持ち上げている。
ただ、よく読むと、自分たちの責任については一切触れていない。そして、「私たちは常に大胆で開かれた心で、米国側に時間と機会を与える用意がある」などと、いつの間にかうまく相手のせいにして、逆に自分たちの寛大さをアピールしている。
また、金正恩は急きょ2度目の南北首脳会談を行った。
この“電撃”再会は極めて唐突で、おそらくトランプ大統領の中止決定に焦り、慌てて文在寅大統領を頼ったというのが真相でしょう。
それにしても、先日「無知で無能な集団」と罵ったばかりの韓国に、すがりつくわけです。恥も外聞もないわけで、これで米朝の立場の優位が誰の目にも明らかになった。
米国としては、別に首脳会談をやってもやらなくてもいい。対して、北朝鮮としては、中止は「最大限の経済制裁の継続」と「結局の軍事オプション」を意味するので、何としても避けなければならない。だから中止よりは妥結を優先している。
米朝両国に調子のいいことを言って誤解を招いた張本人である文大統領としても、頼られてレゾンデートルの再確認になったわけで、内心でホクホク顔だろう。
この5月26日の「キム&ムン」首脳漫才2回目では、金正恩が「米朝首脳会談に向けた確固たる意思」を示したという。こうしてまた韓国を挟んでトランプ政権にメッセージを送ったわけだが、一方で韓国の共犯の疑いが濃厚になった気がしないでもない。
結局、6月12日の米朝首脳会談はやるようだ
さて、トランプはキム・ゲグァン第1外務次官の「拝啓トランプ様ポエム」にはやや気をよくしたようで、北からの“温かい”メッセージと解釈。
トランプ氏、米朝会談「6月12日の予定変えていない」5月27日
トランプ米大統領は26日夜、米ホワイトハウスで記者団に対し、自身が24日に中止を表明した米朝首脳会談について、「とても順調に進んでいることに言及したい」と述べた。そのうえで、「我々は6月12日のシンガポールでの開催を見据えている。その予定は変えていない」と語り、当初の予定通りに開催を目指すことに意欲を示した。
また、2度目の南北会談の結果も高く評価し、「我々は朝鮮半島の非核化を成功できるだろう。北朝鮮、韓国、日本、世界、米国、そして中国にとって素晴らしいことだ」とまで述べました。トランプ大統領は最新のツイッターで、米代表団が米朝首脳会談に向けた協議のため北朝鮮入りしたことを明らかにした。
米朝は近く実務協議を行う見通しで、そこで首脳会談の開催が本格決定します。
さて、以上のように状況がくるくると変化する。生きものなんですね。
時系列で並べてみると、流れがよく見えてきます。
私の考えを述べると、すったもんだしたが、米朝首脳会談は、結局は開催される可能性が高いようだ。しかし、たぶん、セレモニーに終わる気がします。
たとえば、4月末の「キム&ムン」の板門店宣言と同じで、単なる共同宣言。これなら条約ではないので、根源的な拘束力はなく、金正恩も署名できる。
つまり、国と国との条約という形の「合意」は、あまりにも両国の溝が深いので、先延ばしにされる。だから、そこに落とし込んでいく段階で再び軋轢が生じるだろう。
トランプ自身は米朝首脳会談について、「うまくまとまるかもしれないが、まとまらない可能性も相当ある。うまくまとまらなければ、それでも構わない」と、やや突き放した姿勢を取っています。言われているほど、米朝和解の立役者という名誉欲に駆られているわけではない。しかし、今回はいったん桧舞台に立つ道を選ぶ可能性が高い。
今まで散々述べてきましたが、どうせ北朝鮮は完全非核化するつもりがないし、政治的にもできない。数十年かかって築き上げた核開発体制と人材をすべて放棄し、完成した核弾頭や核物質をすべて正直に差し出すなんて真似ができるわけがない。
だから「6・12米朝首脳会談」後にも状況は二転三転していくはずです。