おそらく、朝鮮半島問題の専門家のみならず、国内の識者はみなこう思っている。
「アメリカは、仮に朝鮮半島での軍事行動に踏み切る場合、かつてのように中国が介入して北朝鮮を支える事態をもっとも恐れている。泥沼と化した朝鮮戦争の二の舞だけは避けたい、なんとしても中国軍の参戦だけは阻止したい、と思っている」
誰もがそういう固定観念を抱いている。そして、それを一切疑うことなく、当然の前提として今度の朝鮮半島問題を論じている。
だが、本当にそうだろうか?
仮にアメリカの本音がまったく「逆」だったとしたら?
つまり、アメリカ(トランプ政権)が、本当は「朝鮮半島での戦争に中国軍を引きずり込みたい」というふうに願っているということ。
そんな馬鹿な!?と大半の人は思うだろう。常識で考えてもありえない、と。
だが、そう推理したほうが妙にしっくりするのも確かなのである。
トランプが意図的に習近平の面子を潰した理由とは?
先日、私はこんな記事を書いた。
3月に入って、トランプ政権が鉄鋼・アルミの輸入制限をかけ、かつ中国に対しては知的財産の侵害などを理由に最大600億ドルもの関税をかける措置を打ち出しました。
金正恩の訪中はその後です。これは以前から両国で日程を調整していたが、中国がそのタイミングで訪中を許可した、ということです。そして、彼を大歓待しました。
これは対米メッセージでもある、というのが私の見方です。
それまで習近平は、どちらかというと、米国と一緒になって北朝鮮を締め上げることに協力していました。「金正恩斬首作戦」に、中国として米陸軍の非進出を条件にOKしていたとまで言われています。だから、北朝鮮も国営メディアの公式声明で、とうとう中国を名指し非難するまでになった。中朝関係はそこまで険悪になっていた。
ところが、中国としては、あれほどトランプ政権に譲歩してきたのに、経済制裁をやられてしまった。
しかも、習近平の国家主席再選の直後というタイミングです。
さらに、そのタイミングで、米軍はまた南シナ海で「航行の自由作戦」を実行しました。習近平からすれば、米から公然と面子を潰された、裏切られた、という格好です。これが無神経の産物か、それとも意図的な挑発かは、私にも分かりかねます。
先日、中国は米製品128品目に報復関税をかける対抗措置を示しました。
すると、今度はトランプがまた「中国は不正を正すどころか、米国に損害を与える道を選んだ」と批判して、中国製品に対する1千億ドルの追加関税の検討を指示しました。
かくて、現在、「米中貿易戦争」に発展したとまで懸念されています。
実は、これが妙に引っかかっていた。
なぜトランプ大統領は、習近平の再選(任期制を廃した事実上の終身独裁制)が全人代の全会一致で決まった直後に、わざわざ彼の面子を潰すような真似をしたのか、と。
こういう超大型の貿易制裁は、直前の思いつきで即時に出せる政策ではない。つまり、以前から準備していたものを、意図してこのタイミングで繰り出したのだ。
案の定、米中関係はたちまち悪化した。
しかも、今回は中国国民も激高している。日本の識者の中には、未だに中国では民意なんか関係ないなどと勘違いしている人が多いが、現代の中国では大衆の支持が外交の上で非常に重要だ。もっとも、「民意」といっても、それは「愛国的な民意」のことだ。かつて国民に対して煽り立てたナショナリズムに、共産党自身が呪縛されつつあるのだ。
しかも、トランプはそんな真似をしながら、「習近平はいい人」などとツイートしている。当の習近平や中国人にしてみれば「おちょくられた」と思うだろう。
日本の識者はまた、中国人にとっての「面子」とは何かが、分からない人が多い。
今回の“仕打ち”を受けて、習近平は明らかに北朝鮮包囲網を離脱し、金正恩を歓待して、中朝同盟の再確認へと走った。それはアメリカへの「当てつけ」だ。
私は中国としての国家戦略以上に習近平個人が「面子を潰された」と感じたことが大であると直感したが、国内ではそういう分析はほとんど見当たらない。
いずれにしても、金正恩は再び中国の後ろ盾を得ることに成功した。
南シナ海、台湾に続く、三番目の米中発火ポイントとしての朝鮮半島
さて、私の「引っかかり」とは、なぜトランプ政権は、わざわざ全世界が見ている中で、習近平の面子を潰すような真似をしたのか、ということである。
まるで「持ち上げておいて落す」みたいなやり方である。3月の記事では、「これが無神経の産物か、それとも意図的な挑発かは、私にも分かりかねます」というふに書いたが、仮に「意図的な挑発」だとしたら、動機は何なのだろうか?
その結果として、中国が即、中朝首脳会談に応じて、北朝鮮との伝統的な同盟関係を復活させたが、もしかすると、これが「狙い」だったとは考えられないだろうか?
つまり、わざと北朝鮮を支える側に中国を追いやった、ということである。
そんな馬鹿な、と思うかもしれない。
しかし、最初から計算づくの行為であったと考えると、妙に腑に落ちるのも確かだ。
というのも、ほぼ同じタイミングで、アメリカは南シナ海での航行の自由作戦を行い、台湾問題で中国を“挑発”しているからだ。
私はずっと「北朝鮮問題に対するアメリカの本音は戦争だ」と書いてきた。仮に中国を巻き込むつもりだとすると、まさにかつての朝鮮戦争の二の舞である。
1950年6月、北朝鮮軍が電撃南侵すると、韓国軍は最初の一撃で総崩れとなり、半島の南端へと追い詰められた。だが、マッカーサー指揮する国連軍が仁川上陸作戦を成功させると立場が逆転。約3ヵ月後には国連軍が鴨緑江に達して、地図の上では北朝鮮はいったん滅亡した。しかし、そこへ義勇軍という名目で中国が介入。
つまり、戦争期間のほとんどは実質「米中戦争」だったのである。しかも、米軍は中国本土への越境を禁じられたため、戦争は朝鮮半島に限定される形となった。
まさかとは思うが、アメリカは本音ではこれを繰り返したいのではないか?
考えてみれば、南シナ海と台湾は、すでに米中戦争の発火点と化している。アメリカは中国が“領海”と主張する海に軍艦や爆撃機を向かわせ、台湾を国と認めるかのような態度を取っている。対して、習近平は自ら軍服を着てアメリカを牽制した。
トランプ政権内の中国観は解任されたスティーブ・バノン元戦略官が暴露していた。
バノン氏によると、トランプ政権の本命は中国であり、又中国との経済戦争である。政権内には、あと25から30年の間に中国が覇権を握るかもしれないという意見すらある。対して、北朝鮮の件は余興にすぎない。つまり、中国との戦いは困難だが、北朝鮮はすぐに倒せる相手だというふうに、政権が認識していることが分かります。
つまり、将来的には中国に敗れる可能性がある。だから今のうちに倒しておこう、とアメリカが思っていたとしても不思議ではない。
事実、トランプ政権の対中貿易制裁は、歴代政権にはなかった規模と本気度だ。そして、アメリカは南シナ海と台湾を舞台に軍事的にも攻勢をかけ始めている。
今回の対中“挑発”行為も、中国を戦争へと引きずり込むポイントを増やしたいという意図の現われではないか。中朝をまとめて始末する気か否かは分からないが、アメリカが本当に望んでいるのは「中国が参戦してくる第二次朝鮮戦争」なのかもしれない。