「トランプの敵と戦争を始める。連邦議会やメディアや米経済界にいる敵だ」
そうテレビのインタビューで放言してホワイトハウスを去ったスティーブ・バノンとは、いったい何者だったのでしょか。そして「何」が起こったのでしょうか。
彼は海軍、ゴールドマン・サックス、ハリウッド・プロデューサーなどを経て、右派メディア「Breitbart News Network」の運営に関わるようになりました。
バノンの「ブライトバート・ニュース」とその大富豪後援者
ウィキペディアによると、現在、本社はカリフォルニア州ロサンゼルスで、オンラインニュースサイトであり、ラジオ放送も行っている。
2005年にアンドリュー・ブライトバートが立ち上げたサイトが元になっている。
どうやら当初は独自ニュースを発信するより、「通信社の記事や主要な全国紙の記事のリンクを集めた物」だったらしい。で、2007年にバノンが引き抜かれた。
その後、芸能、政治、ジャーナリズムなどで徐々に独自記事を発信するようになり、ブライトバートは「ハフィントンポスト」の右翼版をますます志向し始める。
2012年、創業者の彼が亡くなる。その後、サイトはタブロイド風にイメチェンされる。これは生前の彼の意向だったという。それが今の形態に引き継がれている。
タブロイド風というのは、イギリスのタブロイド紙のサイト「デイリー・メール・オンライン」なんかがその典型です。世界中のサイトのネタ元にもなっている。
このサイトはものすごく人気があって、新聞社がいかに新聞風のニュースサイトを作るべきかという点で、ひとつの模範になっています。
私も、もしニュースサイトを作るとしたら、こういうデザインにしたい。
「ブライトバート・ニュース」はタブロイド風にしたというが、誰が見ても、この「デイリー・メール・オンライン」の充実ぶりにはまったく及ばない。
私が引っ掛かったのは、こんなショボいサイトで、ほとんど広告収入と物品販売で、100人もの従業員を食べさせているという点です。
実は、ロバート・リロイ・マーサーという大富豪が後援者なんですね。あと、彼の娘のレベッカ。この人は興味深い。1946年生まれ、科学者、数学者、物理学者で、初期の人工知能の開発者でもあった。そしてヘッジファンド「ルネサンステクノロジーズ」の経営によって巨万の富を手にします。
取引のシステムにしても、金融商品にしても、今ではほとんど高等数学とコンピュータ・テクノロジーの世界になっていますから、マーサーのような理系の天才ほどファンドマネージャーとして成功を掴みやすいのでしょう。
で、この人は元来、保守的な政治思想の持ち主で、ブライトバート・ニュースみたいな保守系のニュースサイトや、保守的な組織を資金面でバックアップしている。ドナルド・トランプの大統領選挙キャンペーンにも資金提供しています。
社会の変革期の特徴である「非主流派の台頭」
しかし、単に「金持ちの支援があったから」では、このようなメディアが急速に成長し、その運営者がホワイトハウスの戦略官にまで上り詰めた理由を説明できない。
このサイトは、今ではオルト・ライトとして有名ですが、ニューヨーク・タイムズなどの既存メディアからは、ジャーナリズムではなくて「右派の主張」みたいな内容と酷評されているらしい。まさにトランプの言う“フェイク・ニュース”であり、過激、レイシズム、ゼノフォビア(外国人嫌悪)、反フェミニズムの主張も少なくないようだ。
こういったサイトとその運営者が大きな支持を得るようになった背景には、やはり既存のシステムに対して不満というか、被害者意識を持つ人々がそれだけ多いという事情があるからでしょう。
そして以前にも言いましたが、この状況には既視感があるんですね。
1920年に国際連盟が発足した直後のアメリカ人の(地のインテリたちの)感情は、現在のそれとよく似ている。当時の彼らは、1913年の連邦準備制度(FRB)の設立と1917年の第一次大戦参戦の件で、「まんまと国際銀行家の勢力に騙された」と気づき、猛烈に憤慨していた。(略)
彼らは無理やりアメリカの参戦へ持っていった。しかも、ヴェルサイユ体制下で国際連盟が誕生したわけが、フタをあければ見れば、幹部職は国際銀行家の関係者のユダヤ人で占められていた。それで「地のアメリカ人」である議員たちが怒って、トーマス・ウッドロウ・ウィルソンを吊るし上げ、連盟参加を潰してしまったのだ。
なんでウィルソン大統領が国際連盟を提唱していながら当の米国議会が参加を拒絶してしまったのかというと、当時の反グローバルな“草の根パワー”があったんですね。彼らは反インターナショナル、つまり孤立主義(アメリカ第一主義)が信条です。
その後、1929年に世界恐慌が発生すると、彼らはまた同じ国際銀行家たちが大儲けした事実を知って、今度は猛烈にモルガンを吊るし上げたのである。(略)要は、この時と類似した反グローバリズムの怒りの感情が、またアメリカで噴出しているのである。
私はそれが「トランプ旋風」なのだろうと想像しています。約1世紀ぶりに全米で再び反エリートのポピュリズムが台頭しているということですね。
あまりいい例えではありませんが、ベルサイユ体制下におけるナチスの台頭と似ている部分もあります。ナチスというのは、ヒトラーもそうですが、「成り上がり者」の集団だったんですね。敗戦でドイツ帝国が滅ぶ形になったため、それまでの伝統的支配層である貴族や大資本家の権威が揺らいだ。しかも、敗戦国として多額の賠償を課せられ、人々が喘いでいた。そのような普通の人々の不満と怒りを背景にして、従来のドイツにはなかった「大衆勢力」が急速に台頭した。ドイツの高慢なエリート層は当初、そのナチスを冷ややかな目で見ていました。「なんだ、この庶民階級の集団めが」という感じで。
ところが、その集団があれよあれよという間に成り上がって権力を取ってしまった。
今のアメリカでも、そういう非主流派が巨大な不満を背景として結束し、既存のエスタブリッシュメントに対して挑戦状を叩きつけている。
実は、バノン自身がそう公言している。今までのアメリカは古いエリート層が支配する社会だったが、自分は一般市民に権力を取り戻すべく戦うのだ、と。
世界支配層にとって本来トランプの台頭は誤算だった
しかし、バノンの誤算は、トランプ政権が本当に「彼ら」を代表するものとはならなかったということです。トランプはすぐに鈴をつけられた。
これはナチスも同じだったんですね。第一次大戦後、ドイツを半ば支配下に置いた当の国際勢力が、自分たちに歯向かっている大衆勢力の台頭を見て、素早くナチスに関与しました。あえて敵の資金源になることで、反抗勢力をコントロールする魂胆です。
ヒトラーもナチスの党首となってしばらくしてから、国際勢によって鈴をつけられた人物です。と同時に、彼らは「ユダヤ人があまり欧州に安住しているとパレスチナに移住したがらないから、一丁脅かしてくれ」と、裏でヒトラーと取引した。
ヒトラーとナチスも自分たちが権力を取るまでは資金がいくらあっても足りなかったから、彼らとパートナー関係を結んだ。その豊富な資金で政治運動をしました。
ま、ヒトラーは後で世界支配層を本当に裏切ったわけですが。「両者が最後まで裏で通じていて、戦争をやる申し合わせをしていた」というのは妄想です。
おそらく、トランプも当初は、世界支配層にとって予定外の人物だったはずです。今言った不満層を味方につけて、あれよあれよという間に人気が爆発して、共和党の大統領候補になってしまった。で、「彼ら」はヒトラーの時と同じ様に慌てて鈴をつけた。
世界権力にとって幸いだったのは、バノンはまったくの新参者でも、トランプはそうではなかったということです。彼自身が富豪の家系であり、超国家勢力の周辺に位置するエリートでした。また、娘のイヴァンカがクシュナーと結婚してユダヤ人となっていたため、極めてシオニストにも近かった。彼は親シオニストだった。
だから、シオニスト・ルートでの献金が容易だった。最大の献金者は、強硬なシオニストであるシェルドン・アデルソンだと言われています。
また2016年5月、トランプ候補がシークレット・サービスを引き連れてキッシンジャー邸を訪ねました。それが大手ニュースでライブ中継された。
極秘訪問じゃなく、CBS――目マーク――に大々的に放映させる・・・なんか引っかかりました。「跳ね上がりのトランプの首に鈴を付けたぞ」という影の政府のサインなのでしょうか。
影の政府の重鎮であるキッシンジャー自らがトランプのコントロールに出た。
グローバル勢力にとってバノンという最後の障害が取り除かれたが・・
だから、私は当初、この変な玉虫色の政権を指してこんなふうに感じた。
米社会のエスタブリッシュメント(=伝統的エリート層)に対して、トランプ大統領と政権の理論的・思想的支柱のスティーブ・バノン首席戦略官が「アンチ」であること自体は間違いないと思います。しかし、トランプ政権が“反グローバリズム”と断定するのは早計でしょう。たとえば、国務長官のティラーソンはグローバル人脈に連なる。
はっきり言っておきますが、トランプ政権がロックフェラー財団やカーネギー財団にメスを入れるまでは「本物の反グローバル派」とは見なせません。
ただ、この時は「トランプ政権はやはり影の政府のコントロール下にある」と決め付けていたわけですが、バノン自身は明らかにアンチのポピュリストだったんですね。
だから、グローバリズムとは反対の経済ナショナリズムを指向し、国内と国際関係の再構築を目指した。しかも、彼は、これは「長く続く戦いである」と覚悟していた。
バノンにとって気の毒だったのは、最初から変な連中がくっついていて、半分ネオコンみたいな政権としてスタートしてしまったということです。
そして、トランプはグローバル勢力の影響を受けて、どんどん変質していった。
共和党の大統領候補時期の発言の通り、もともとトランプは在韓米軍も撤退させて朝鮮半島問題には関わるつもりはなかったようです。そう正直に本音を発言していた。
しかし、私はそうは問屋が卸さないだろうと早くから確信していました。
「トランプなら朝鮮半島で戦争をやらない」は大間違い
(前略)ヒラリー政権ならスムーズにそのまま「第二次ネオコン政権」になります。では、トランプが大統領に選ばれた場合、どうなるのでしょうか。
私は「結局は同じ」と考えています。トランプ候補は「なぜ朝鮮半島の戦争にわれわれが巻き込まれねばならないのか」と疑問を呈し、在韓米軍の撤退を示唆しています。しかし、彼が大統領に就任すると、すぐさま「北朝鮮はアメリカの安全保障にとって重大な脅威である」というレクチャーが繰り返され、信じ込むように仕向けられるでしょう。そして、いったんそう認識すれば、彼はむしろヒラリー以上に北朝鮮を滅ぼしに掛かるはずです。
上はほとんど一年近く前の記事ですね。
そして、今回、第二次朝鮮戦争に反対していたと思われるバノンが政権から排除されたことで、戦争へと至る最後の障害が取り除かれたというわけです。
これでトランプ政権は、親族・グローバル企業・軍人による政権になりました。
トランプ政権は以後、経済ナショナリズムと対外戦争にはなるべく関わらない方針である「アメリカ・ファースト」(=新アイソレーショニズム)を止めるでしょう。
それはトランプとバノンと彼らの支持者たちが当初目指した新たな政治とはまったく異質のものです。もしかして、今やトランプ自身が最後の障害かもしれない。
かつてグローバル勢力にとって邪魔者と化したジョン・F・ケネディが消され、副大統領リンドン・ジョンソンへの職務移譲が行われたのと同様の現象がまた起きるかもしれません。つまり、トランプは暗殺され、ペンス副大統領に代わるということです。