下関条約

歴史

なぜ日韓併合は韓国の自己責任が大か(その3)

前回、1882年7月の「壬午軍乱」と、84年12月の「甲申事変」について触れた。前者は、旧軍兵士の抗議運動を巧みに利用した、失脚中の大院君派によるクーデターだ。一方、後者は、青年官僚らのグループによる国家革新のクーデターである。 二つの事件...