喫煙者の間違った論理を斬る

オピニオン・提言系
出典:Pixabay CC0 Public Domain




みなさん、こんにちわ。

「ガスト」や「ジョナサン」といった「すかいらーく」グループのファミレス全店舗が今年中に「全面禁煙」になることをご存知でしょうか。

これは東京オリンピックを見据えた2020年の法改正や、全面的な屋内禁煙・受動喫煙防止の徹底を求める社会の風潮などを見据えた決定です。

だから、大手外食チェーンは軒並み「全面禁煙」化していくと思ってよいでしょう。

私個人はこの流れをとても歓迎しています。

あんまり「日本は欧米に遅れている」と言いたくないが、禁煙者の権利擁護にかけて欧米が大きく先行しているのは事実。これは日本も学ぶべきだと思います。

ところで、そんなおり、「ブロゴス」で下の記事を見かけてしまった。

記事を読んでみて、あまりの我田引水論理に、唖然としました。

諌山氏の記事は今まで数回読んだ記憶があるが、たしか、こんなに酷い考察をする人物ではなかったはず・・・。感情的になるあまり、今回は筆が滑ったのか。

というわけで、本来なら「弘法も筆の誤り」で済ませるところですが、私が引っ掛かったのはむしろ一般読者の「おすすめ」数なんですね。

千を超えている。それだけ記事に共感している人が多いということだろう。

嘘だろう?? 私はこの事実に一番「唖然」としたんですね。

フェイスブックの「いいね!」数と記事の質は、必ずしも釣り合う訳ではないと以前に書いたことがありますが、その典型例かもしれない。

推測だが、諌山氏と同じ喫煙者の皆さんがいたく共感しているのではないか。

もしかして勘違いしている人(とくに喫煙者)が大勢いるのではないか・・・。

そう危惧したので、ここで取り上げることにした次第です。



タバコゼロ社会を叫ぶならまずクルマゼロ社会を目指せとする諌山氏の論理

諌山氏の主張の全文は元記事で読んでほしい。

もともと次のニュースに対する反論のようだ(以下、赤字は筆者)。

加熱式もやはり有害=「タバコゼロ」目指し医師が総会(時事通信) Yahoo!ニュース

「タバコゼロ社会」を目指す日本禁煙推進医師歯科医師連盟学術総会が千葉市で開かれた。2020年の東京オリンピック・パラリンピックや25年の大阪万博を見据え、受動喫煙防止条例の制定を目指す自治体の動きが加速している。総会では、(中略)加熱式たばこも紙巻きたばこと同様に有害だとした上で、誤った認識に警鐘を鳴らした。(中略)

岡本氏は「大人がたばこを吸うのは、児童虐待の一種だ」(中略)

大和教授は「加熱式たばこのエアロゾルにも有害物質が含まれ、周囲に受動喫煙と同様の問題を引き起こす可能性が高い」と指摘。(中略)「特に影響を受けやすい乳幼児ではぜんそくや中耳炎の原因になることが考えられる」と警鐘を鳴らした。

これに対して、諌山氏は次のように反論する。

(略)この過激なまでのタバコ叩きはすさまじい。加熱式タバコも許さないと強気だ。

「加熱式たばこのエアロゾルにも有害物質が含まれ、周囲に受動喫煙と同様の問題を引き起こす可能性が高い」……ということだが、その科学的データは示されておらず、「可能性」を推測しているだけ。

それが医師、科学者のいうことなのか?

(略)喫煙よりも大気汚染の方が死因として高くなるのだから、有害性を問うなら「タバコゼロ社会」ではなく「クルマゼロ社会」の方が目指すべき方向である。

そして、彼らの論理からすると、「こう言い換えることもできる」と述べる。

「大人が車に乗って排気ガスを出すのは、児童虐待の一種だ」

「加熱式たばこと紙巻きたばこ、車の排気ガスで健康リスクを比較すれば、ほとんど違いはない」

「車の排気ガスには有害物質が含まれ、周囲に受動喫煙と同様の問題を引き起こす可能性が高い」

「大気汚染は、特に影響を受けやすい乳幼児ではぜんそくや中耳炎の原因になることが考えられる」

タバコゼロと同様に、クルマゼロを目指すのに十分な主張ではないか?

このように、諌山氏が言わんとしているのは、喫煙とそれに拠る健康被害を問題にするなら、同じ呼吸器系でより大きな健康被害を出している車の排ガスのほうも問題にすべきではないか、ということです。むしろ、タバコゼロよりも、より被害の大きいクルマのゼロのほうが先行しないとおかしいのではないか、という論理です。

そして、クルマのほうがより社会に害を及ぼしている根拠として、次の統計を出す。

日本の喫煙人口は、2018年調査で、推定1,880万人。

日本の自動車保有数(2018年12月末現在)は、8,219万2,828台。

自動車は喫煙者の、約4.4倍。

量的には圧倒的に車の方が多い。その排気ガスの量的な健康被害の可能性は、タバコよりはるかに大きい。

しかも、車の交通事故によって、毎年4000〜5000人が死んでいる。

それなのに、なぜ車は問題にしないのか?

記事は似た表現を繰り返している面がありますが、いずれにせよ諌山氏は反論のコア・結論として次の内容を持ってきます。

タバコゼロ社会より、クルマゼロ社会の実現こそが、次世代の、未来のために必要なことではないかと思うのだ。(略)

禁煙運動家たちのタバコに向ける敵意を、大気汚染、車の排気ガスに向けて欲しい。(略)

健康問題、環境問題の本丸はタバコじゃない。(略)

むしろ、タバコは後回しでいいくらいだ。喫煙者は、喫煙室に放り込んでおけばよい。マジでクルマゼロ社会を目指さないと、数十年後に大変なことになるかもしれないぞ。

いかがでしょうか。

これだけの共感数を呼び込んだのは、大勢の人が上を「正しい論理」だと思ったからでしょう。察するに、とりわけ喫煙者が“不当な”バッシングに対する理論武装の材料になると見なした面が大きいのでは。だから看過できないと私は思ったわけです。

諌山氏の記事に対するコメンテイターの厳しい指摘

ところで、ブロゴスといえば、コメントの投稿システムでも有名です。

投稿を促し、かつ質を向上させるための動機付けとなる仕掛けが施されていて、編集部もなかなか巧妙な手を考えるなと、感心したものです。

私も何年か前まで、投稿数と支持率の比率からして、ほとんどトップクラスのコメンテイターだったのですが、いきなりアカウントを消されました。どうも苦情が一定数くると削除される仕組みらしい。コメントの蓄積も含め、すべて削除の仕打ちです(笑)。

まあ、その恨み(笑)は置いておいて、諌山氏を支持する次のコメントがあった。

これはもしかして本人かもしれない。私にも分からない。

対して、諌山氏に反対しているコメントも少なくない。

しかも、私が真っ先に思い浮かんだ反論を、既に述べている人たちもいた。

断っておきますが、これは私ではありませんので。ちょっと言葉が過ぎる面がありますが、私も上のYKJP(ドラえもん)氏と基本的に同意見なんですね。

諌山氏は、禁煙運動を進める医師の主張に対して、「科学的データは示されておらず、「可能性」を推測しているだけ。それが医師、科学者のいうことなのか?」などと斬って捨てていますが、氏の主張は科学的根拠うんぬん以前でしかない。

まさか社会におけるタバコとクルマの存在意義を同列に置いて論じるかあ、という話。

つまり、諌山氏の主張は根底から破綻しているというのが私の考え。

クルマは社会にとって不可欠な存在、タバコとは存在意義の次元が違う

私たちの暮らしは「生産と流通」によって成り立っている。

これは昔からずっとそう。

現代社会では「エンジン車両」は生産と流通にとって不可欠な代物。

化石燃料や鉱物資源の掘削と輸送。農産物の生産と輸送。加工場から都市部の小売店への輸送。消費地での人やモノの輸送・・・どの場面でも「エンジン車両」は欠かせない。

ちょっと古いデータですが、以下は私が昔、作成したものです。

このように、日本の運輸部門は構造的にほとんどエンジン車両に依存しています。これがなかったら流通の約9割はストップしてしまう。OECD諸国はどこも似たり寄ったりでしょう。むろん、生産部門でもかなりの業種がエンジン車両を使用します。

現代社会におけるクルマの位置づけはかくも巨大なものです。

対して、タバコなどというものは、どこまで行っても、個人の単なる嗜好品でしかない。仮になくなっても、社会全体としては何も困らない。生産・流通がストップするわけではない。むしろ、害毒の一つが無くなって喜ばしいくらい。

要は「趣味で吸ってます」という程度の存在価値でしかないから、仮に同列に置けるとしたら、同じく「個人の趣味で乗るクルマ」ではないのだろうか。

だから、「タバコに反対するやつは、趣味でクルマに乗るのはやめろ」という主張ならば成り立つ。しかし、トラックやタクシーや公用車などの業務用を含むクルマ全般に対して「乗るのはやめろ」という論理はまったく成り立たない。

自動車のEV化という解決法、その他気になった点

さらに、上の根幹の論理の破綻以外にも、枝の部分で事実誤認などが散見される。

たとえば、(クルマの社会害を述べた上で)「それなのに、なぜ車は問題にしないのか?」と諌山氏はと問うが、これはそもそも事実に反する

自動車の排気ガスと交通事故の問題は、一貫して大きな社会問題であり続け、国や関係省庁や自治体やメーカーは、それを低減すべく、ずっと努力を積み重ねてきた。

その結果として、排気ガスに関しては世界有数の厳しい規制になっている。

だからといって「クルマを廃止せよ」という暴論にならないのは、それが私たちの暮らしや経済にとって必要欠くべからず存在に必然的に伴うリスクだからである。

しかしながら、現在に至って、ようやく、少なくとも排ガス由来の大気汚染に関しては、解決方法も見えてきた。それが「排ガスの出ないEVと原子力+自然エネルギーの組み合わせ」という選択肢である。しかも、これは中国が今、実行中の国策だ。

したがって、もし本当に諌山氏がクルマによる大気汚染を懸念しているならば、まず「内燃車と石油」から「EVと原子力+自然エネルギー」のシステムへの転換を訴えるべきではないのだろうか。日本では軽水炉の増設は現実的ではないが、核融合炉の実現には比較的近い位置にある。自然エネルギーに関しては、よりポテンシャルの高い洋上風力と黒潮海流の利用が有望だ。つまり、クルマと発電源のゼロエミッション化は空論ではなく、努力次第で可能なのである。現に中国は本気で実現しようとしている。

以下も、私が作った表で、約十年前のものだ。

約8千万台です。日本にはこれだけのエンジン車両がある。

端的にいえば、そのために日本は毎年、2億kl以上の原油を輸入し、精製して4割のガソリン・軽油を生産し、十数兆円もの外貨の支払いを余儀なくされている。

だが、徐々にEVに転換し、かつ発電部門をキャンドル炉などのニュー原子力洋上風力・海流発電へと切り替えていくことで、日本はエネルギーを国産化していける。支払いは国内へ向く。むしろ、そのついでに大気汚染は解決できる。一石数鳥です。

ただ、中国は国策で実行し始めたのに、日本はまだ動いていない。

マジでクルマゼロ社会を目指せ、なんていう結論は、暴論であるだけでなく、幼稚で怠惰ですらある。建設的な意見でも何でもない。ただの無責任な思い付きだ。

「いいね!」している連中は何を考えているのか?(というか、ろくに考えていないから「いいね!」なのかもしれないが・・)

さらに、厳密には、喫煙の問題と大気汚染の問題を同列に論じることも難しい。喫煙者の勝手で汚染が懸念されているのは、主として屋内空気です。親が自宅で好き勝手に吸っている場合、子供たちには逃げ場はないんですね。それが大問題。

あと、外の喫煙所や歩きタバコであっても、禁煙者にも行き先の都合があるのであって、どうしても煙を避けることが難しい場面もある。「近くに寄らなければいいだけ」では済まない。それで「受動喫煙→健康被害」になるのだから迷惑極まりない。

あと、どこを歩いていても、必ずタバコの吸殻がポイ捨てしてある。

とくに駅前や、駅の裏通りには大量に捨ててある。それが空き缶などの他のポイ捨ての誘因になる。街はまずタバコで道も空気も汚れるというが実際でしょう。

道端の吸殻は、お店の人や清掃員の人たちが、わざわざ片付けているのが現状です。喫煙者のマナー違反のせいで、ものすごい無駄が社会に発生しています。

嫌煙・禁煙をふりかざすことは「正義」になっている。(略)

喫煙者は肩身の狭い想いをしている。

それでもなお叩くのは、喫煙者いじめにしかなってないように思う。

諌山氏は「ヘイト」というが、迷惑をかけるなと言っているだけなのです。

正義ぶっているわけでも、いじめをしているわけでもありません。

当サイトの読者にも喫煙者が大勢いると思いますが、反省しましょう。

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