靖国神社が駄目ならバチカンや大聖堂はもっと駄目

オピニオン・提言系




8月16日の記事でも述べたが、靖国神社の由来がいかがわしい、というのは事実その通りだと私も考えている。

国民を戦争に動員する政治的な装置としての役割を果たしたのも事実である。

天皇を現人神とする国家神道もナンセンスだというのが私の見方だ。

しかも、この種の皇国イデオロギーで戦争に勝利したならまだしも、無数の兵士に餓死・病死を強い、結果的に軍民300万以上の犠牲を出す盛大な負け戦となった。

また、日本だけでなく、中国に多大な犠牲を強いてしまった。日本の侵略による直接・間接的な犠牲者総数は議論の分かれるところだが、数百万人は固いと考えられる。

ちなみに、この際に「アジア」という表現を使うことには注意を要する。なぜなら当時は欧米の植民地ばかりだったのだから。しかし中国は少なくとも独立国である。

また「中韓ガー」と、両者を同列の犠牲者に並べるのも間違い。

とにかく、靖国神社が今もって「侵略戦争・犠牲者・狂信・反省」などのタグで批判されるのはやむを得ない面がある。私は右派・左派以前に常に「事実はどうか」ということを基準にして考えるから、どうしても上のように見解になってしまう。

しかしながら、靖国批判派とおおむね考えを共有するのはここまで。

言ったように、私は何ら躊躇も恥じもなく、靖国神社に参拝している。

ここから先は、そんなふうに断罪してやまない者たちに言いたい。

靖国神社を裁くのは簡単だが、それを言い始めたら、ありとあらゆるものを否定しなければならなくなるということが、アンタは分かっているのか、と。

ならば過去に戦争に加担したお寺や教会には出入りしないのかと。

とりわけ、おかしいのが、欧米マスコミと、キリスト教徒からの靖国批判である。いずれ英語記事にして発信するつもりだが、彼らの二枚舌には呆れ返る。

キリスト教が今までどれだけ人道に対する罪を犯してきたか、この連中は本当に知らないのだろうか。日本や在日韓国人のキリスト教関係者は、何か勘違いしていないか。

というわけで、簡単に説明する。



十字軍の侵略戦争と異常なユダヤ人迫害

イエスが教えを説いて以来、キリスト教は最初の2世紀半は迫害される。

しかし、めげずに布教を続けた結果、まずコンスタンティヌス帝によって公認され、次にテオドシウスによって国教化される(392年)までに至る。

その後、ゲルマン人の侵入によって西ローマ帝国は滅びるが、ローマ教会は生き残り、ゲルマン人国家への布教を進めていく。他方、東ローマ帝国はそのまま続く。

中世に入ると、民衆への教化が進み、ヨーロッパの大半がキリスト教文明圏と化していった。そして教義的にユダヤ人を差別するようになっていく(以下参考)。

ロスチャイルド家の原点 フランクフルト・ゲットー
今日、ロスチャイルド、シフ、オッペンハイマー、ゴールドスミスといえば、世界に冠たる金融資本家・企業家・大財閥として知られています。 実は彼らは皆、同じ地域、というか場所の出身でした。 それがフランクフルトのゲットーです。 フランクフルト・ゲ

要は、「ユダヤ人はイエスを殺した罪深い民族だ」とか「キリスト教徒の赤ん坊を誘拐して儀式殺人に用いている」とか、狂った迷信が広まるようになる。

また、封建体制の中で教会と世俗権力の一体化もすすみ、ローマ・カトリックは強大な権力を持つようになった。インノケンティウス3世時代には絶頂に達する。

11世紀に入ると、ローマ・カトリックはさらにユダヤ人への迫害を加速する。

11世紀の終盤になると、キリスト教は「十字軍遠征」という狂気に取り付かれた。

これはイスラム世界に対する侵略・破壊・略奪以外の何物でもなかった。

しかも、この十字軍の狂気は、内部のユダヤ人にも向けられた。「十字軍暴徒」なるものが発生して、ヨーロッパ各地でユダヤ人を虐殺してまわった。

また、ユダヤ人の公職追放が始まり、法王の命令でゲットーが作られるようになる。

ローマ法王が主催する会議によって、キリスト教徒とユダヤ人が同じ場所に住むことが禁止され、ユダヤ人は衣服に記章をつけることを強いられた。

ユダヤ人はゲットーに隔離され、キリスト教徒から繰り返し襲撃を受けた。

はっきり言えば、ナチスのずっと前に、ナチスと似たようなユダヤ人迫害がずっと行われていたのだ。だから欧米人は内心、ホロコーストを自分たちの犯罪と受け止めた。

異端審問、「新大陸」への侵略、宗教戦争、そして近代の侵略戦争

さて、十字軍の侵略熱が収まってしばらくすると、今度は別の狂気が始まった。

異端審問である。ローマ教皇から任命された異端審問官たちが、女性を片っ端から捕らえて拷問し、「魔女」という自白をさせて処刑して回った。

この魔女狩りによる犠牲者は、数万人とも数十万ともいわれる。

また、改宗しないユダヤ人は、やはりカトリックの主宰する異端審問にかけられ、火あぶりの刑か、全財産没収、よくて国外へ追放された。

14世紀にペストが流行した際には、ユダヤ人がスケープゴートにされ、またしても各地でキリスト教徒によるユダヤ人への迫害・虐殺が相次いだ。

16世紀、ヨーロッパが本格的に大航海時代をむかえると、今度は「新大陸」の住民が犠牲となる。

スペインによるインディオの虐殺と奴隷化はキリスト教の布教と共に行われた。

奴隷貿易にも教皇は深く関わった。教皇庁直属の奴隷狩り船まであったという。

他方、16世紀の宗教改革によってプロテスタントが誕生し、カトリックの絶対的な支配体制が揺らぎはじめる。

すると今度は、キリスト教徒は新旧の両派に別れて互いに殺し合うようになった。

背後にはむろんそれぞれの宗派・教会があり、互いに相手への憎しみを扇動した。

やがて近代が到来し、人類が少しばかり教条的な宗教の迷妄から解き放たれ、フランス革命では一時キリスト教そのものが否定されるが、それでも根強く残り続けた。

国民国家と化したヨーロッパ諸国は、互いに激しく近代戦争を戦いあい、またアジア・アフリカに対する侵略と植民地支配に乗り出していく。

すると、欧米においても、やはりキリスト教会は靖国神社と似たような役割を果たしたのである。「靖国神社は侵略戦争の加害者を美化し、自分たちの被害だけ悼み、被害者を踏みにじる」というが、そんなことは欧米の教会がずっとやって来たことである。

戦争を遂行する上で政治的な役割を担っていたという意味では、靖国神社の全盛期と比べても、当時の欧米の教会は、さして違わないのではないか。

ちなみに、第二次大戦終盤、バチカンはナチス将校の逃亡を手助けしていた。

キリスト教徒が他の信仰を「裁く」ことができるのか

靖国神社がいかがわしいというのなら、キリスト教とその施設はもっといかがわしい。

靖国神社がダメだったら、バチカンはもっとダメではないのか。キリスト教の大聖堂から小さな街の教会に至るまで、みんなダメではないのか。

文句があるなら、まずサン・ピエトロ寺院やノートルダム大聖堂を潰してほしい。

日本軍国主義の狂気といっても、政党政治の倒れた1936年から45年まで、たかだか9年間程度に過ぎない。

対して、キリスト教の場合、上で見てきたように、確実に1千年くらいは狂気に取り付かれており、その間、人類に対する犯罪を次々と重ねてきた。

これは中傷ではなく、単なる「事実」である。

クリスチャンは、プロテスタントも含めて、やたらとローマ法王を慕っているが、「過去」が付いて回るというなら、彼は人類規模の宗教犯罪組織のボスということになる。

ところで、男性しかローマ法王になれないって、女性差別なのでは(笑)。

だから、靖国に対してごちゃごちゃと文句をつけているキリスト教の関係者がいるが、まずアンタのところの宗教施設を根絶やしにして手本を見せてくれという話である。

靖国神社と参拝日本人に「過去に目を閉ざしている」などと文句をつける欧米の歴史家やジャーナリストは心底馬鹿である。ま、いずれ英語記事でぶった切るが。

こういう欧米マスコミの偏見に気づかず、「これが世界の見方なのダ、自分は世界の常識を身につけて一般日本人よりも頭一つ啓蒙された人間である!」などと思い込んで、同胞を説教したがる日本の自称知識人だかは、もはや魂のレベルで救いようがない(笑)。

私もこんなことは言いたくないが、ご大層なモラルをふりかざして靖国神社を裁くならば、キリスト教とその施設がクソミソに批判され返されても仕方がないということだ。

改めて、私が崇敬する「聖おにいさん」ことイエスの次の言葉を紹介する。

「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる」(マタイによる福音書)

ところで、クリスチャンから「昔はそうだったかもしれないが、今はそうではない!」という反論があるかもしれない。

その通りである。

そして靖国神社もそうである。

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