前回の「宇宙エレベータ建設が日本の未来を切り開く」のつづき。
宇宙エレベータが完成すると何が起こるのか? どんなメリットがあるのか?
はじめに優れたプランがあり、それを実現する技術さえあれば、あとは施主(責任主体)・予算・建設地・請負企業・人材・工期が揃うことで、それは現実化する。
というわけで、203X年X月X日、宇宙エレベータは無事に開通した。
ただ、これは単なるハードウェアといってしまえば、それまでである。エレベータ自体は交通や物流の装置でしかない。大事なことは、それをいかに利用し、価値を高め、収益を上げていくかというソフトウェアである。だいたい「儲け」がなければ、借金(公債)を償還できないわけで、観光業や製造業、資源開発などのビジネス戦略が不可欠だ。
おそらく、エレベータが完成するだけでも宇宙進出へのニーズは一気に高まるが、それに甘んずることなく、自ら交通量を増やす手を打っていくべきだ。これに関しては、沿線郊外に観光地を開発していった鉄道会社のノウハウが役に立つのではないかと思う。
まず、単純にエレベータの行き来を面白くしないといけない。仮にクライマーの時速が100キロとしても、静止軌道上ステーション到着までに15日もかかる。その倍の速度でも乗客は7泊8日を強いられる。いかに宇宙から眺めた地球の光景が素晴らしくても、7日間も窓に張り付いている人はさすがに少数派だろう。よって、大林組の提案にある月重力センターや火星重力センターなどの施設は、非常に重要な役割を果たすと思われる。
これらは静止軌道ステーションまでの行程にあり、月や火星の低重力を体験できる施設だ。そもそも宇宙旅行自体は高度数百キロでも十分に可能だから、こういった中継ポイントを幾つか作り、衛星投入などの業務用ビジネスだけでなく、一般客向けの低軌道「格安宇宙旅行プラン」も用意すればいい。ちなみに、ケーブルを複数化すれば、クライマーを「各停」「特急」「貨物専用」のように用途ごとに使い分けることもできよう。
お金にもう少し余裕のある人は、静止軌道ステーションまで向かえばいい。ここにはホテルだけでなく、無重力を利用したレジャー施設をたくさん作る。本格的な宇宙遊泳も体験できるようにしよう。また、無重力ならではの新しいスポーツやショーを作り、それをテレビ中継するのも手だ。各国対戦のワールドカップ形式に発展させれば、観客も呼び込めるかもしれない。無重力を利用したレース・競技・格闘技も始め、スター選手を作り、試合を対象にしたカジノも始める。
このように、単純に人・モノを運ぶだけの運賃ビジネスだけでなく、パッケージやシステムとして儲ける方法を考えなくてはならない。そのためには、自ら流行を起こすプロデューサーとしての手腕も問われよう。
静止軌道帯はまた産業利用にも向いており、工場誘致領域としても最適である。たとえば、巨大な太陽光発電所はもとより、そのエネルギーと無重力を利用した新素材の開発・生産、医薬品製造などが有望だ。意外といけるのが農業ではないだろうか。現在、「野菜工場」が急速に普及しつつあるが、強烈な太陽光が24時間照りつける静止軌道帯に作れば、飛躍的に生産がアップすることは間違いない。宇宙農場が誕生すれば、特産品とそれを利用した名物料理もできるわけで、これがまた観光への誘因になるだろう。
大林組の構想では、この静止軌道からさらに6万キロ彼方に、太陽系資源採掘ゲートを兼ねたカウンターウエイトが、またその間に火星連絡ゲートが設置される。要するにケーブルの端へ行けば行くほどスウイング力が増し、より遠方まで人工衛星を「飛ばす」ことに向いているわけだ。
このように、長大なエレベータは、低軌道・静止軌道・外惑星コースのオールラウンドに対応でき、かつロケットよりも安く投入できるので、世界の人工衛星ビジネスを寡占できる可能性がある。また、投入だけでなく、回収や修理も行えば、従来のように衛星を使い捨てにしなくてすむようになるかもしれない。
「高レベル放射性廃棄物の太陽投棄」ほか様々な宇宙ビジネス
こういった国家向け・大企業向けビジネスの一つとして、前回の記事で述べたのが「高レベル放射性廃棄物の太陽投棄」である。おそらく、下に述べる宇宙太陽光発電が本格化すれば、原発は市場での競争力を失うだろうが、中米印とその他の新興国は当面、原発を続けるだろう。よって、厄介な廃棄物は、これからもしばらくは生み出されていく。
また、これまでに先進各国が溜め込んだ同廃棄物は数十万トンとも言われている。どうやらフランスやフィンランドでは「最終処分場」が決まったようだが、どの国の人たちも「よそに捨てられるものなら捨てたい」と願っているので、この太陽投棄は、高レベル放射性廃棄物の根本的解決策として、必ずやビッグビジネスに変貌を遂げるに違いない。
しかも、原発のゴミだけではなく、地上のあらゆる処理困難で危険な化学物質や薬品、核兵器や艦船用原子炉の廃棄までも引き受ければよい。この際に使うのが、スウイング力がもっとも強い太陽系資源採掘ゲートになる。厄介なゴミはここまで持ち上げて、投棄用ロケットに積み替え、太陽に向かって放つわけだ。むろん、レール上の事故で“落とし”たら惨事になりかねないので、別途安全対策が不可欠だ。大気圏でも燃え尽きない、パラシュート付きの、海に浮かぶ丈夫なカプセルに入れて運搬する必要がある。
さて、一般観光客でよりリッチな人は、さらに月まで足を延ばせばいい。太陽系的な距離感でいうと、宇宙エレベータとは目と鼻の先だ。事業は拡大あるのみ。次に、観光と資源開発を兼ねた巨大な月面基地を建設しよう。月面は低重力なので、無重力よりもまだ居心地がよいはずだ。宇宙服を着ての月面観光はエレベータとはまた違った趣きがある。アポロ着陸地点も観光地化する。着陸に失敗したソ連機の残骸ですら利用しない手はない。月面車も手軽なレジャーになるし、レースを開催するのも手だ。
また、月全体が鉱山のようなものだから、資源開発も重要な産業になるだろう。鉄やアルミだけでなく、チタンやレアメタルの宝庫でもある。地球上では非鉄金属が次第に希少化しつつあるので、開発に伴う先行者利益は大きい。核融合発電の燃料となるヘリウム3も豊富だと言われているが、これは下に述べる理由で不必要かもしれない。
往来を増やすにあたり、意外と効果的なのが宗教施設の設置ではないかと思う。熱心な信仰者は「少しでも神に近づきたい」と願っている。月面に神社、教会、モスクなどの建設を許し、「天国に一番近い場所」というような謳い文句で「巡礼ツアー」を呼び込むのもよい。人間は「初日の出」に何か特別な価値があると思い込める存在なので、当然、「初地球の出」にも価値を付加できるはずだ。映画やマスメディアを通じて、「宇宙時代に生まれたからには、死ぬまでに一度は月面から『地球の出』を見なければならない」という強迫観念も作り上げる。思わぬ「地球信仰」が生まれたりするかもしれない。
フロンティアへの進出が加速するほど、そのゲートしてのエレベータの価値も高まる。目的地をさらに先へ先へと延ばす試みも必要だ。金儲けだけではなく、純粋に科学や学問の発展のための調査・研究開発・惑星探査にも協力しなくてはならない。火星の有人着陸はなんとしても成し遂げねばならない事業である。一番乗りは日本でありたい。月面に次いで開発し、やがては一般の観光客も行けるようにする。太陽系内探査も本格化させる必要がある。火星の次は当然、木星の衛星だ。いずれは太陽系外の、深宇宙への探査も始めなくてはならない。地球によく似た惑星に探査機を飛ばす日もやって来よう。
こうして、次々と「行き先」が増え、様々な産業が勃興することで、エレベータの交通量も増えていく。観光目的であれビジネスであれ、人々の平均宇宙滞在時間が長くなり、エレベータ業も儲かっていく。おそらく、人やモノの往来は増える一方なので、他の地域に二番基、三番基のエレベータを追加する必要に迫られるだろう。一方、月面基地には、長期滞在向けのホテルにはじまり、レジャー施設、行政施設、各国の出先機関、オフィス、工場、保養・療養施設、学校、病院…と次々と施設が追加されていく。当然、不動産価値が生じる。仕事と流行の先端を求めて人々が吸い寄せられ、住み着くようになる。人がそこで生まれ死に、犯罪が発生し、警察官がそれを取り締まる。つまり、地球の都市と何ら変わりなくなる。最終的に月面基地は一大都市へと発展していくだろう。
われわれは単なる交通屋ではなく、様々な産業を擁する21世紀版の満鉄を目指すべきだ。すべての始まりとなるのが、宇宙エレベータの建設である。これは日本の新たな収益源となるだけでなく、必ずや人類全体の文明を大きく前進させるだろう。
エネルギー問題の解決策としての宇宙太陽光発電
ところで、宇宙エレベータを建設する大きなメリットの一つがエネルギー問題の解決である。これに関しては、独立した項として説明したい。
同じ太陽光発電といっても、宇宙空間のそれは、地表のものとはまったく別モノである。
太陽エネルギーは、地表では一平米=約1kWだが、宇宙空間では太陽定数通りの約1・3kW強だ。しかも、地球の地軸が傾いているために、地表が夜の間でも静止軌道上の物体は地球の影に入らない。よって、「24時間の安定発電が可能」ということだ。これは一日の有効日照時間が平均で3時間程度とされる日本に比べて8倍の時間だ。つまり、出力が3割アップで、稼働率が8倍アップなので、年間の発電量は「10倍強」と化す。
仮に現在の、発電効率15%程度の多結晶シリコン型を用いたとしよう。1キロ四方のパネルを「1枚」として数えると、宇宙ではおよそ4枚分で80万kWの出力になり、年間発電量がちょうど100万kWの原発(稼働率80%)に匹敵する。むろん、出力が一定なので、原発のようにベースロードを担うことも可能だ。問題は地上への送電だが、マイクロ波などに変換して送る方法が有力視されている。日本の場合、受信アンテナはメガフロート式として洋上に設置するのが好ましいかもしれない。
問題は発電単価だが、今のところ資材運搬費、施工費、維持管理費、送電設備費などの経費が不明なため、総コストを見積もることができない。純粋にパネル代だけならば、4枚分で2~3千億円となる。一方、耐用30年と仮定した場合、総発電量は約2千億kWhとなる。よって、1kWh=1~1・5円のコストだ。仮に今あるメガソーラーの例を参考として、単純に総コストを「パネル価格のほぼ倍」と想定すると、単価は2~3円となる。
もっとも、今から20年後には、太陽光パネルは、同じ値段で発電効率が2倍にアップしていても不思議ではない。そう仮定すると、1キロ四方のパネルがわずか2枚で、1基の原発に相当することになる。しかも、静止軌道上は、空間的にはほとんど使いたい放題なので、予算さえあれば千枚でも一万枚でも広げることができる。後者ならば原発5千基分だ。どの国も、宇宙エレベータを使うことによって、自国の真上に太陽光パネルを設置することが可能になる。よって理論上、人類のエネルギー問題は解決することになる。
これが宇宙太陽光発電の実力である。効率の倍化によって、発電単価もまた1kWh=2円を切るかもしれない。むろん、総コスト不明である以上、この単価が推測であり、単なる目安に過ぎないことをお断りしておく。しかし、宇宙への資材運搬費等を考慮しても、もっとも安価な商用電源になることは間違いなさそうだ。そうすると、発電燃料費がかかるわけでもないし、ここまで安ければ電気を捨ててもよいわけで、ベースだけでなく、ピークも担えるオールラウンド電源になるかもしれない。
おそらく、宇宙太陽光発電が登場した暁には、現在の軽水炉はたちまちコスト競争で破れるに違いない。一般に、原発は政治運動によって駆逐する必要があると信じられているが、このように「市場競争で原発を打ち負かす」という方法もある。しょせんは「宇宙の創造した完璧な原子力 VS 人間の小賢しい知恵で作った原子力もどき」である。はじめから勝負にならない。放射性廃棄物の太陽投棄と相まって、どうやら宇宙エレベータ建設は原発の出口戦略となりそうだ。
ちなみに、念のために言っておくと、宇宙太陽光発電所は、エレベータ建設の償却とは切り離して考えなくてはならない。これは当たり前のことだ。たとえば、あなたが家を新築し、太陽光発電システムを設置したとする。その場合、売電収入はそのシステムの償却に組み込まれることはあっても、通常、家のローンの償却に組み込まれることはない。発電所は電気の生産設備であり、それを売ることで自らの償却にのみ責任を負えばよい。
最後に――フロンティアに乗り出すか、何もせずに今の立場に留まるか
読者は二宮忠八の例をご存知だろうか。ライト兄弟が初フライトを成功させる十数年も前から、独自に飛行機を開発していた人物である。彼はカラスが滑空する様子を見てグライダーの原理を閃き、プロペラ推進で自力滑走して飛ぶ模型飛行機まで完成させた。その上で、日清戦争の従軍中、軍上層部に対して軍用として飛行機の開発を熱心に進言したが、ナンセンス扱いされて退けられた。周りは「人間が空を飛べるだと? そんな馬鹿なことがあるか」と思ったのだ。その後、二宮は軍を退役し、めげずに再び独自開発に挑んだが、まずは研究製作のための資金作りから始めねばならなかった。
今日、日本が航空宇宙分野で常に欧米の後塵を拝している原因を、GHQの開発禁止令による一時中断に求める向きが多い。だが、私はもとを辿れば、二宮の件ではないかと思う。仮に、彼の上申を受けた軍部の高級将校たちが、自分の乏しい知識や狭い常識だけで「できるわけがない」と決め付けず、「もし飛行機なるものが完成すれば軍事上の革命になるから軍の資金を使って是非とも開発しよう」と前向きに考えていれば、その後の歴史の流れは今とは大きく異なっていたはずだ。なにしろ、この時点でライト兄弟の成功の9年前である。時代の先をいく発想を「ナンセンスだ」と嘲笑した結果、日本人は飛行機の発明者という栄誉を逃し、以後現在に至るまで航空二流国の地位を余儀なくされている。
次なる宇宙エレベータの開発でも、われわれは同じ轍を踏むことになるのだろうか。アメリカとEUはすでに動き始めた。かつてはSF小説の話だったが、今では世界中の大勢の科学者たちも、時代の先を見越して研究開発に取り組み始めている。「まだ誰も実現していないからチャンスだ」と考えるか、それとも「そんなことは不可能に決まっている」とスタート時点から諦めるか…。今度も、そのちょっとしたメンタリティの差が運命の分かれ道となり、またしても欧米に巨大なパイを譲ることになるのかもしれない。
だいたい、「そんなことはできない」「不可能だ」と言っていたら、永遠にできないのも確かで、何もやらない前からわざわざ自己暗示をかけるのも奇妙な話である。本来ならそういうセリフは全力でチャレンジした後で言うべきではないだろうか。投資の規模から国運を傾けかねないほど投機的ならば確かに慎重さを要するが、たかだか数兆円のチップだ。失っても致命傷にはならない。公債発行による資金調達に際して、事前に「全額パーになる可能性があります」と断っておけばよい。そうすればすべては自己責任だ。むしろ、その責任の所在が曖昧なまま、核燃料サイクル計画や「もんじゅ」に20兆円以上も投じるほうが、よほど国の経済を傾けかねない投機性があると思うのは私だけだろうか。
おそらく、化学ロケットとは別の方法で容易に宇宙へ行ける技術を生んだ国は、かつて地中海の商圏(中東・アジアとの交易ルート)を押さえることで莫大な富を手にしたベネチアのような立場にたてるに違いない。先行者として宇宙へのルートをしばし独占することができるのだ。人類もまた、地理的・物理的な限界を突破して、無尽蔵の資源とエネルギーを活用し、無限の領域に生存圏を広げることができる。昨今の欧米の有様を見て、「西洋没落説」や「アジアの時代論」が盛んだが、サイエンスにおける彼我の差を今一度、直視すべきだ。彼らが宇宙エレベータを完成させれば、すぐに再逆転してしまうだろう。
果たして、21世紀のベネチアになるのは誰か。むろん、そんな無謀な「夢」を見ずに日本人は今までと同じ仕事を手堅くやっていればよいという意見もあるかもしれない。だが、それで日本の抱える諸問題を解決できるだろうか。社会の閉塞状態を打破できるだろうか。私は日本再生のためには常識破りの方法も必要だと思う。だいたい、すでに世界の先頭に立ってしまった日本には、もはやフロンティアを切り開く以外に道はないのだ。かつてアメリカは「マンハッタン計画」や「アポロ計画」をやり遂げたが、今度は日本の番である。日本の総合力を投じる先として、宇宙大航海時代の幕を開ける宇宙エレベータ建設事業ほどふさわしいものはない。リターンも大きい。上で述べたように、新たな宇宙航路の開拓に成功すれば、日本は官民で大きな収益を上げられよう。単純に税収外歳入が10兆円あるだけでも、どれほど社会保障やその他の歳出が助かることだろうか。
それに明るい将来を思い描けない今だからこそ、かつての東京オリンピックや万国博覧会を超えるような国民的イベントが欲しい。未来への希望にあふれた国家的なプロジェクトを遂行したい。「国威発揚」というと時代錯誤だが、今度は戦争と破壊ではなく、建設と創造の事業を通して、今一度、国民としての一体感を覚えたいものである。
2012年03月18日「アゴラ」掲載
(付記:これを書いた後、あちこちから「ガンダム00」に関する言及が相次いで、面白かったです)
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