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日本社会の安定は天皇陛下による「九経」の実践にあり

出典:朝日新聞「天皇皇后両陛下“ご成婚60年”」

みなさん、こんにちわ。

最近、たまたま儒教の話をしていたら、天皇陛下が交代なさる改元が重なり、「そういえば・・」と、『中庸』で思い出すところがありました。

いわく「天下国家をおさむるに九経(きゅうけい)あり」

これは『中庸』の有名な一節です。どういう意味でしょうか?

「すべての天下や国や家をうまく治めてゆくには、九経つまり九つの原則というものがある。君主がその身を修めること、賢人を賢人として尊重すること、親しい肉親を親愛すること、大臣を尊敬すること、群臣をその身になって思いやること、庶民をいつくしむこと、もろもろの工人をねぎらうこと、遠い異国の人びとをやわらげること、諸侯たちをなつけること〔の九つ〕である。」(『中庸』9章)

これが「九経」の意味です。君主が行うべき九つの政治原則のことですね。

なぜこれで天下国家が治まるのか。『中庸』はすぐ後に理由をこう述べます。

「君主がその身を修めれば、〔万人の従うべき〕正しい道が確立する。賢人を尊重すると、ものごとの道理を取り違えることがない。肉親を親愛すると、父と同列のおじたちや自分と同輩の兄弟たちも不満を持つことがない。大臣を尊敬すると、事にあたって迷うことがない。群臣をその身になって思いやると、士分のものたちの恩返しが厚くな〔ってよく仕事をす〕る。庶民をいつくしむと、万民すべてが君のためによく働く。もろもろの工人を温かくねぎらうと、財物や日用器物が〔たくさん作られて〕満ち足りる。遠い異国の人びとをやわらげると、四方の国々が帰服する。諸侯たちをなつけると、世界じゅうがその威光になびく。〔九経を実行すればこのような効果があるのだ。〕」(『中庸』9章)

私がハタと「九経」の一節を思い出した理由がもうお分かりでしょう。

「まさに天皇陛下が実践なさってきたことではないか!」と気づいたわけです。



憲法のどの条文が天皇の権限を制限しているのか?

と言うと、「ええっ? 天皇陛下は政治には関われないですよ。日本国憲法第1章において天皇の役割が限定されているじゃないですか。また、第20条で政教分離を定めているじゃないですか?」という反論が来るかもしれない。

むろん、私は承知の上で言っている。ちなみに、第1章は以下の8条項。

  • 第1条 天皇の地位・国民主権
  • 第2条 皇位の継承
  • 第3条 天皇の国事行為に対する内閣の助言と承認
  • 第4条 天皇の権能の限界、天皇の国事行為の委任
  • 第5条 摂政
  • 第6条 天皇の任命権
  • 第7条 天皇の国事行為
  • 第8条 皇室の財産授受

このうち、天皇の権力を制限する上で、第1条の「象徴天皇・主権在民」と、第4条前段の「国政権の不在」が、とりわけキーの内容になっている。

第一条

天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

第四条(前段)

天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。

ちなみに、第二十条はこう。

「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」

一般に、この後段が「政教分離」を定めていると考えられている。

以上のような規定から、日本は君臨すれども統治せずの立憲君主制であり、なおかつ政教分離を定めているため、天皇は一切の国政に関わっていない、とされている。

天皇陛下は今でも「上級政治」を担っている!

たしかに、今の憲法では「国事行為」(総理大臣の任命、国会の召集、条約公布、儀式の執り行い等)と「国政」とが分けられている。

そして、天皇は前者に関することのみを執り行うとされている。

しかし、今の私たちが考える“国政(政治)”とは、近代になってから分離された部分というか、再定義されたものです。

昔は国事も国政も一緒くたにして「政」(まつりごと)と呼んでいた。

そもそも、今でいう国政(実務)は宰相任せという国家元首は、昔から多かったわけです。皇帝や国王は、まず健康であること、世継ぎを設けること、泰然としていること、儀式を執り行うことが求められました。清の康熙帝のように実務を100%こなしていた名君というのはむしろ例外で、超人的な部類に属するほうです。

はっきり言って、君主にあっては「椅子にただ腰掛けていること」や「臣下に声をかけ、ねぎらうこと」もまた仕事なわけです。臣下からすれば、実務は私たちにお任せになって、君主はまず健康管理をしっかりやってください、というのが望みなのです。

よって、そういう昔ながらのというか、本来の「政」からすれば、実は天皇陛下は現代でも「政」における高等部分を担っていると見なしても、そう間違いではありません。

いわゆる「公務」と呼ばれるものが、ほとんどそれに当たります。

そして、そのご公務の遂行が、ご本人も含めて誰も気づいていないが、実はかつての「九経」の遂行にほぼ相当しているのではないか、というのが私の見解なのです。

もちろん、細かい違いはあるでしょう。しかし、基本は一致していると思います。

「戦後天皇」こそが日本社会の安定の礎

さて、天皇陛下が自身も周囲も意識しないうちに「ご公務」を通して実質「九経」を実践し、「天下国家を治めている」状況には、偶然も寄与していると思います。

たとえば、今日の「国民と共に寄り添う」という基本姿勢は敗戦から生まれた。それ以前は、昭和天皇がそうすることを、体制そのものが許さなかった。天皇のお車・お召し列車が通過する際には、国民は直立不動、頭も下げていなければならなかった。

また、メディア、とりわけテレビの普及が「ご公務」を後押ししたと言えます。

いにしえの「政」の基準でいうと、君主は常にキリリとした服装で、泰然とした姿勢を示さなければなりません。そうやって民・臣下に対して「規範」を垂れることが、国の乱れを防ぐことに繋がるわけです。ゆえにだらしない服装や姿勢は厳禁なのです。

その基準でいうと、天皇皇后両陛下は模範的であるばかりか、その上に、いつもニコニコとほほ笑まれ、穏やかな言動で国民の間に分け入ることまでされている。

その、人々をねぎらい、励まされるお姿が、NHKなどのテレビを通して、全国津々浦々の世帯へと届けられてきた・・・この状況がすでに半世紀以上も続いている。

国家元首がかくのごとき超人的努力と自制心で身を修めておられる。そのお姿が国民意識の根底に与えている影響は、計り知れないものあるのではないでしょうか。

ひるがえって、「政」の下層部分である今日の政界を見渡すと、与党と野党の政治家たちが失笑ものの野猿のごとき振る舞いをしている。また、メディアもそれを無責任に煽る側に回っている。もし彼らが国の最上者であったなら、日本はとっくの昔に、ベネズエラや韓国を笑えない、混乱した状況に陥っていたのではないでしょうか。

そう考えると、天皇皇后陛下が「政」の高等部分において、極度の規律と自己犠牲によって粛々と「九経」を果たされているからこそ、戦後日本社会が奇跡的に安定しているのだと言えます。そして、陛下がそれに専念できるのは、戦後憲法によって政教分離が行われ、象徴天皇という地位に落ち着いたからこそと、考えることもできます。

今の私たちは、普段意識することはありませんが、戦後の平和主義とそこから誕生した「戦後天皇」の恩恵に、大いに浴しているのかもしれません。

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