なぜ今『美味しんぼ「福島の真実編」』を読むべきなのか?

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私は「美味しんぼ」のファンだが、原発事故後の福島とそこから見えてくる問題点や日本のあり方をテーマとした第110巻と第111巻を読んで、益々ファンになった。

大げさではなく、ネット俗語風にいえば「神作品」だと思っている。

私が推薦すると作者的には迷惑かもしれないが、「3・11」と福一原発事故から8年が過ぎて記憶が風化した今だからこそ、この作品に再び光が当たることを願うばかりだ。

周知の通り、主人公・山岡士郎が疲労の末、鼻血を出した場面が切り取られ、福島に対する風評被害を助長するなどのバッシングが行われ、作品は休載へと追い込まれた。

私個人は、作者の雁屋哲氏が主張するように、ご本人と取材同行者たちの身に実際に起こった出来事を描いたものなら、何ら問題ないと考えている。

だいたい、そのような批判を行った人たちは、本当に「福島の真実編」の全体像を捕えた上で言っているのであろうか。私にはとてもそうは思えない。



未読の人は絶対に読んでほしい理由

最近、改めて第110巻と第111巻を通読してみて痛感したが、風評被害どころか、これほど福島の人々に寄り添って地元の農産物や特産品をアピールしている内容もない

しかも、無責任な安全宣言ではなく、県内各地の個々の放射能汚染の実態を踏まえた上で、放射能が基準値以下の、又努力の末以下となった農産物の存在をアピールしている。

たとえば、豊かな土壌であれば土がセシウムを取り込んで、植えた野菜類がほとんどそれを吸収しないこと。また、水が流れ込む水田でも、ゼオライト等を撒くことで汚染のない米が獲れるようになったこと。それらの事実を丹念に紹介し、かつ市場へ出荷される際には厳格な放射能検査が行われている体制をもしっかりと描いている。

しかも、福島原発に比較的近い地域でも、条件によって農産物が安全であることを訴えているのだから、内容からは(私の主観では事故からまだ早い時期にあまりその種の報道に接した記憶がないことから)スクープ的要素すらも感じられる。

にも関わらず、福島県産というだけで消費者から敬遠され、収入が激減している生産者ばかりである実態が次々と描かれる。作品の読者としては、罪悪感を刺激され、買って応援したい気持ちにさせられるのだから、これは明らかに福島支援を助けるものだ。

作者はまた、農業や畜産業ができなくなった人々の悲痛な叫びも丹念に拾っている。そこから放射能被害の実態と共に、原発事故への怒りと被害を生んだ社会システムへの告発を見て取ることができる。他方で、原状を復旧すべく奮闘する関係者たちとその多大な努力、そして出始めた成果などの希望的側面も紹介していて、決して悲観一辺倒ではない

このように、「福島の真実編」は多角的で深い内容である。

作品は、現場で生じているありのままの事実を伝え、社会に対して原発問題を問いながらも、全体としては福島に寄り添い、復興を助け、応援を惜しまないものだ。

しかも、作者の狙いだと思うが、作品があえて漠然と問いかけるのは、より根源的なテーマだ。それは、国土があって、そこで人が農業や漁業をして生き、社会をつくり、国を形成するとはどういうことなのか、その本質は何なのか、ということだ。

これは読者一人ひとりが自分で考えて答えを見つけなければならないテーマである。

美味しんぼ 110 (ビッグコミックス)

美味しんぼ 111 (ビッグコミックス)

そして『美味しんぼ』は“伝説”になった

以上を、雁屋哲氏は、しっかり現場を踏まえた上でなければならないというプロ意識から、長期にわたる広範囲の取材の中から結実させている。その地道な努力と空間線量の高い地域を回るリスク――事実そうだったようだ――を思えば、頭が下がるほかない。

つまり、「福島の真実編」は賞賛されこそすれ非難されるような点は何もない

しかも、私がさらに感嘆するのは、このような作業を『美味しんぼ』という物語のフレーム内でやり遂げていることだ。社会問題を追求しつつも、そこに海原雄山と山岡士郎の「父子の和解」を織り込んで、物語的にも内容を大きく進展させている。

フィクション作品である以上、さすがにネタばらしは禁物だが、海原雄山の出自が関わっており、大きく心を揺さぶられるものであることだけは断言してもよいと思う。

もし仮に、この作品を指して「反日サヨク」だとか「反原発」などの単純な切り口でしか総括することができない人がいるとすれば、それは、その人がその程度の人間ということか、もしくはまさに“風評”に踊らされている未読者ということの表れだろう。

さて、この「福島の真実編」が100巻以上にわたった連載作品の事実上の終幕になってしまったようだ。しかし、休載だからといって決して中途半端感はなく、私的にはむしろ有終の美すら感じられるものに仕上がっている。その理由は、連載当初から延々と続いていた父子の対立に終止符が打たれたこともあるが、ずっと「食」とその根源を追及してきた同作品にあって、最後に登場するのが「原発事故による自然破壊」であり、食と農業にダメージを与えたという内容が、なんとも暗示的に思えるからだ。

主人公たちが「ラスボス」との死闘の末に、辛うじて勝利はしたが、希望と不安の入り混じった面持ちで、残されたままの重い課題を見つめて、気持ちを引き締めたところで物語が終わる・・なんとなくそういうパターンと似ている部分がある(現実には事故処理はまだ道初めの段階で、とても“勝利”したとは言えないが・・)。

もちろん、作者が意図したわけではないが、これはこれで一つの終わり方だと思う。そして俗な表現になるが、そのせいで、かえって「伝説」になった気がするのだ。

しかも、巨大地震はまだ終わりではない。次は関東大震災か、それとも南海トラフ地震かと囁かれている。その時、原発事故の悪夢が再来しないとも限らない。

「3・11」と原発事故から8年――日本は再び「震災前」に入った可能性がある。「今だからこそ『福島の真実編』を読むべき理由」の一つがこれだ。この作品はいつ何時も私たちに大きな教訓を伝え、警告し、なおかつ気持ちを新たにしてくれる。

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