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北朝鮮の秘密軍需工場と人間魚雷

前回は招待所一般について触れましたが、その中に日本海に面した「七ニ号(咸興 ハムフン)招待所」というのがあります。藤本氏はこう描写しています。

砂浜が美しく、金正日はここでジェットスキーを楽しむ。海辺まで山が迫っていて、周囲は坂だらけの印象が強い。ここでは金正日はよく自転車に乗る。自転車は日本製のいわゆるママチャリで、変速機なしなので、いい運動になる。

一見すると風光明媚なリゾート地のようですが、ここからしばらく行ったところで、藤本氏は北朝鮮の恐るべき軍事機密の一端を垣間見ることになります。

以下紹介させていただきます。

(以下、同書P33~36から引用)



プールに浮かぶ新造潜水艦

(前略)七ニ号(咸興 ハムフン)招待所の金正日専用駅から列車で北へ四十分、そこに秘密軍事工場がある。金正日専用列車のスピードはさほどではないので、咸興から二十数キロしか離れていないはずだ。一九九○年頃のことである。

殺風景な田舎駅に列車が停まると、最後尾に連結されていた車両からベンツが降ろされた。駅の名前をハングル文字でメモしようとする私を金正日が叱りつけた。(略)

やがて車列を組んで走り出し、ほんの数分で目的地に到着した。

そこは軍事工場の入り口のようだった。ちょうど入り江のいちばん奥まったところに位置し、小山のような島が邪魔をして、日本海側からは目隠しのようになっている。

我々二十人ほどの視察団を、軍の上層部や工場の責任者らしき男が最敬礼で迎えた。

まず、驚いたのは、海と隔ててつくられたプールに完成直後と思われる真新しい潜水艦が四、五隻浮かんでいたことだった。

サイズは数人乗りの小型なのでさほど威圧感はなかったが、これが日本海で活動しているのかと思うと足が震えた。(略)

潜水艦用プールの横に三台、全長二メートルほどの流線型の物体が並べられていた。私はピンときて、金正日に尋ねた。

「将軍様、これは体当たり用の人間魚雷ですか?」

不意打ちを食らった金正日は、

「アニダ! アニダ!(ちがう、ちがう)」

とさかんに否定したが、動揺は隠せなかった。

同書P34より引用

どう見ても、自らハンドル操作をして敵艦に突っ込んでいく人間魚雷だった。

同じような形の人間魚雷を太平洋戦争末期に日本軍がつくり、多くの海軍兵が若い命を散らしたのを思い出さずにはいられなかった。(略)

視察に二時間を要した巨大工場

同書P36より引用

緊張した面持ちの案内役に促されて、いよいよ、秘密の軍事工場内に足を踏み入れた。

自然の山をくり貫いた恐ろしく巨大な空間に軍事工場はおさまっていた。海軍関係の部品製造、完成品組立工場で、少なくとも七、八百名が従事しているようだった。従業員の中には女性もいた。

内装や通路の傷み具合から、ここがごく最近できたものではないことは何となくわかった。岩盤は剥き出しだったが、工場内は気圧・気温ともに一定にされており、最適の生産環境といえた。近代的な設備が整然と連なり、とりわけ巨大なプレス機械が印象的だった。(略)

工場内は予想以上に広く、奥深かった。

二時間近くかけた視察を終えた我々が表に出たとたん、雷のような歓声に包まれた。

「マンセー! マンセー!(万歳! 万歳!)」

金正日将軍が視察にきたことを知った従業員たちの大合唱だった。我々はもみくちゃにされながら、金正日の後に続いた。私は金正日の背中を見つめながら、なぜ、将軍は日本人の私をここに連れてきたのだろうか、と考えていた。

それはいまだに謎である。

(以上、引用終わり)

なるほど、自然の山にトンネルを掘って、中をくり貫いて、軍需工場にしているわけですね。これなら爆撃されても天然の防空壕になるというわけです。

「人間魚雷」に関していえば、完全に特攻作戦用ですね。おそらく、朝鮮有事になって米韓軍の艦艇や揚陸艦が押し寄せてきた時に使用するつもりでしょう。

これほど小さく、高速移動するものであれば、迎撃する方も困難かもしれません。

当然、「その時は祖国と将軍様のために命を捧げろ」と教育されている兵士が少なからずいるということです。

朝鮮学校でもそういう教育をやっているらしい。

卒業生の皆さんも多数、人間魚雷に志願するのでしょうか。まことに涙を禁じえない。

アディオス!

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