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新宗教の「信者獲得法」を教える【注意:悪用者にはたぶん罰が当たります】

出典:Pixabay CC0 Public Domain

オウム真理教は仏教やヒンドゥ教の教義を巧みに利用しただけでなく、明らかにニューエイジ思想やスピリチュアリズム、オカルティズムの影響を受けていました。

前回はその源流としての19世紀後半の「神智学」について触れました。その頃に欧米で仏教やヒンドゥ教が本格紹介され、一種の東西融合が起こったんですね。

西側諸国で新宗教やカルト宗教がわっと出て来たのはその後です。幕末にキリスト教が再流入した日本では、欧米とは逆に、東の立場からの東西融合が起こりました。天理教や大本教など、従来の伝統宗教だけでは説明のつかない新宗教が出現しました。

日本の場合、戦後も顕著だったんですね。理由として一つには国家神道などの戦前の価値観が瓦解し、日本人が一種の精神的空白状態に陥ったことが挙げられます。

私はこういう方面にやや明るいため、戦後の新宗教がどのようにして信者を獲得し、教団運営を成功させてきたのか、ある程度知っています。

以前に、浅原が開教から間もない内に急激に信者を増やすことに成功した秘訣について述べました。オウム真理教の「バイブル商法」が当たった、という話でしたね。

オウム真理教が急激に信者を増やした方法
オウムは開教の早い段階で、急激に信者を増やし、短期間のうちに教団運営を軌道に乗せることに成功している。なぜこんなことが可能だったのか。 いったい、麻原彰晃はどんなトリックを使ったのだろうか。 私が調べた結果、もっとも効果的だった...

また、オウムの教義や修行には正しい部分もあり、それゆえに信者を引きつけたという説も唱えました。宗教的に正しい内容と麻原の嘘・妄想を混ぜる手口だったんですね。

オウム真理教「呪縛力」の秘密――言いたくはないが「正しい部分」もあったのでは?
みなさん、こんにちは。 つい先日、オウム真理教の死刑囚が全員、始末されました。 これに対して抗議や反発の声は大きい。 一つは、オウムにこだわらず、死刑制度そのものに反対する声。 もう一つは、死刑制度の是非はともかく、...

上から目線で全否定するだけでは、本質的なことは何も分からないと思います。

ところで、ここで彼らの基本的な手口というか、ノウハウを簡単に公開しておきます。

これは相手の手の内を知るためです。それさえ知ってしまえば、どうということはありません。いわば裏側を熟知すれば、カルトによって騙される可能性はぐっと低くなるし、また騙されようとしている友人・知人にアドバイスすることもできます。自分が現に信仰している宗教に当てはまると分かれば、疑念を持ち、退会のきっかけにもなります。

ちなみに、悪用する人には報いがありますので、止めておいたほうがいでしょう。



開教から教勢の拡大を可能とする5つの柱(プラス1つ)

第一、教義の作成と充実

そもそも信者は何を信じるのかというと、教祖(開祖)又はその教えです。「それを正しいと想う」ところから信仰は始まります。ですから、鍵は「教義力」です。

教祖の超能力だの奇跡現象だのがウリのカルト宗教といえども、この教義面がしっかりしていなければ、早晩行き詰ります。だから「はじめに教義ありき」なのです。

と言っても、何も一から自分で考える必要はありません。長い風雪に耐えてきた仏教やキリスト教などの既存の教えから換骨奪胎すればいいのです。仏典にも、聖書にも、実に素晴らしいことが書いてあります。それを抜き取り、今風の言葉とスピリチュアリズムで味付けすれば、何か新鮮で時代の先端を行くイメージを演出できます。

事実、たいていのカルトは仏教系だったり、キリスト教系だったりします。

美しく愛に溢れた高邁な教義であればあるほど、呪縛力は高まります。教義に対する感激・感動が、そのまま教祖や教団に対する信頼感へと繋がっていきます。

第二、教祖(開祖)の超人化

むろん、教祖の超能力だの奇跡だのは、あったほうがいいのです。

イエス、ブッダ、ムハンマドなどの宗教の開祖が奇跡現象を行ったというエピソードは枚挙にいとまがありません。それが真実か否かはともかく、その種の話が布教の上で大いに役立ったことは間違いありません。人は誰しも自分よりも優れた相手でなければ率直に指導を仰ごうとは思いません。ましてや崇拝の気持ちなど起こりません。

ですから、教祖(開祖)は普通の人間でないほうが布教的にはよいのです。

たとえば、超能力や霊能力がある、神からの言葉を聞ける、何らかの高次元の存在とチャネリングできる、文明の進んだエイリアンとコンタクトしている、等など、できるだけ特別な存在であったほうが、はるかに布教に有利なのです。

換言すれば、教祖の超人性に関するプロパガンダと、道徳的に正しい教えを組み合わせることが「コツ」とも言えます。この相乗効果が強力な呪縛力を発揮します。

そういえば、浅原は「空中浮揚などの超能力を獲得した」とか「ヒマラヤで最終解脱した」などと吹聴していましたが、典型的な超人性のプロパガンダです。

第三、恐怖心の刷り込み

これは広義の意味で「教義」に含まれるかもしれませんが、通常のそれが人の道徳を高めるという宗教本来の役割に沿うのに対して、逆に悪質なウソや詐欺に属する行為です。教義のプラス面に対して、これはマイナス面・暗黒面と呼べるかもしれません。

代表的なのが、終末思想や終末予言、地獄(に落ちる)などの思想です。この「破滅」は一方で必ず「救済の方法」とセットになっています。

つまり、その教団に尽くすか、熱心に信仰すれば救われる、というわけです。

キリスト教や仏教などの既成宗教もこの方法を熱心に援用してきました。

死・苦痛・破滅などの恐怖心を刷り込まれた人は、当然ながら「助かりたい」と願うようになります。詐欺師はそういう人のエゴを見抜き、利用するのです。

また、大多数が滅びる又地獄に落ちるのに対して、自分は救われる小数派に属するという考えは、人の優越感をくすぐります。自分が選ばれた側であると自負するエリート意識に毒された信者は、益々その宗教と己の立場に執着するようになります。

もちろん、できるだけ信者を搾取したい側は、そう簡単に彼を“選んだ”りしません。しかし、それはそれで信者側に「ここで抜けたらこれまでの努力が無駄になる」という思いを抱かせるものです。「死後に分類される」という教義であれば、彼は死ぬまで教団に忠実でなければなりません。また、「裏切ったら地獄に落ちる」という教義があれば、信仰から離脱しようとする発想や行動に恐怖心がブレーキをかけます。

ちなみに、その終末なり破局なりを教祖が予言しているということにすれば、教祖が予知能力を持つことの根拠(=教祖の超人性の証拠)ともなり、一石二鳥です。

第四、教祖と教団の宣伝

上の第一から第三までを実行していれば自動的に人が集まってくるというものでもありません。教祖の「超人性」を「ウリ」にするにも、自ずと限界があります。

やはり、健康食品や器具などの商品を売り込むのと同様、一般的な意味での広告・宣伝方法というものがあります。

教祖のカリスマ化は世俗における常識的な手法でも十分に可能です。

たとえば、世間の学歴信仰は根強いので、教祖の高学歴はブランディングに大変有利に働きます。よい例が「東大法学部卒」を全面に押し出した大川隆法氏です。

学位がなければ、金で買うことができます。欧米のディプロマミル(金で変える学士や博士号)は日本ではあまり知られていません。途上国の大学には、多額の寄付をすれば正式な「名誉博士号」を授与してくれるところが結構あります。

また、教祖は信者を獲得したければ、何よりもまず「顔」を売らねばなりません。覆面の教祖には信者は集まりません。どんどん世間に露出することが重要です。

したがって、当然ながら容姿も重要です。容姿端麗でなければ、常人ならざる風貌というか、異相の持ち主がよい。女性教祖ならば美しいほうが圧倒的に有利なのは当然。

顔だけでなく、世間に「知性」を売る方法も効果的です。雑誌に執筆したり、本を出したりする行為は、信者集めに非常に有効な手段です。オウム真理教の麻原もそうでした。

むろん、執筆が手に余るのであれば、口述筆記という手もあるし、ゴーストライターに頼む方法もある。事実、そうやって何十冊も出している有名宗教家もいます。

メディアは大きな武器です。テレビに出演することは今なお強力な宣伝方法の一つです。

教祖の社会的信用力がアップするし、人々が親近感を持つようになります。

ただし、今の時代はメディアも慎重なので、自分たちで本を出版し、講演などを開催して、その宣伝広告をメディアに打つ手もあります。これならば断られることは稀です。

資金があれば、著名人のネームバリューや社会的信用力を借りるのも手です。たとえば、麻原はダライ・ラマ14世とインドで会談し、それをフルに利用しました。大金を支払えば握手して一緒に写真に納まってくれる内外の著名な政治家も少なくない。

「対談」と称して、そういった著名人と一緒に講演会をやったり、共著を出したりする方法もよく使われる手です。専属の広告塔をやってくれるタレントもいます。

このように大金があれば、手っ取り早く権威を利用し、ブランド化を図ることが可能ですが、教団の人的資源を活用した昔ながらの地道な布教方法もむろんあります。

たとえば、訪問営業のごとき訪問布教。エホバの証人などは、これをやらされています。ノルマを課すケースもあるようです。チラシ配布も信者のボランティアでやります。正体を隠して手相を見たり、セミナーを開いたりする手もあります。歴史勉強会とか市民運動が窓口になっているケースもある。あと、「○○研究会」や「無料相談」など。仲間が欲しかったり、無料という言葉に釣られたりして、人が集まってきます。

先祖供養、前世、占星術、オーラ、チャネリング、ヒーリングなども、宗教に隣接するキーワードであり、信者獲得のための窓口としてよく利用されています。

できるだけ人々が教団に接触する機会を増やすことが信者集めの鍵を握っています。

第五、脱退防止と結束力の向上

せっかく獲得した信者がどんどん抜けていっては意味がありません。増やすだけでなく、「漏れ」を防ぐことも重要です。「抜けたら地獄に落ちる」と脅している教団もありますが、これは「教え」としては有効でも、口に出すことは得策ではありません。

まず、集団としての仲間意識や一体感を醸成することが重要です。

たとえば、オウム真理教は教団内にヒエラルキーを設け、制服を作り、信者にホーリーネームを授けました。このように独自の集団としての装いを強化することで、一つの社会として組織が機能し、逆に一般社会から益々信者を遠ざけることができます。オウムの場合は田舎に本部を作って地理的にも世間から隔絶することをやりました。

教団内に階層やグループを作り、信者同士を競わせることは、よく使われる手です。二重三重に集団に所属してしまうことにより、信者は益々抜けることが困難になります。

都会では地域のコミュニティが希薄になりましたが、教団はそれを埋める共同体としての役割を果たすことで、信者から代替コミュニティとして重宝されます。

信者の信仰心にのみ頼るのではなく、組織の結束を高めるための仕掛けも重要です。

第六、その他

下の記事で「教団は神秘主義をウリにするだけでなく、やろうと思えば、実際に信者に“神秘”や“奇跡”を体験させることも不可能ではない」と記しました。

「オウム真理教「呪縛力」の秘密」

多くの宗教的な体験は「変性意識」の観点からも説明可能とされている。

たとえば、修行場を設けることによって信者を日常から切り離すだけでなく、食事制限、ヨガ・呼吸法、断眠、感覚遮断、音楽、時には薬物を使ってノーマルな意識さえも保てないようにする。その状態の時に、たとえば教祖の姿や写真を凝視させたり、テープで声を繰り返し聴かせたりすると、信者は教祖に関連した幻覚症状を体験します。

当人はその脳の誤作動を「リアル」や「奇跡」だと錯覚してしまうわけです。もっと言えば、その奇跡現象は単なるトリックや手品でも演出可能なわけです。

ここまでやると、もはや「洗脳」の域かもしれません。

「体験」は本人とっては“真実”なので、直の神秘・奇跡体験は信者の帰依を深める上で絶大な効果を発揮します。体験がウリの修行やセミナーも用意しましょう。

宗教ビジネスのカラクリ(くれぐれも悪用しないこと)

さて、みなさん。

今信仰している宗教、又は興味があり、惹かれている宗教があるとして、上の条件に当てはまることがありませんか? 当てはまったら要注意です。

もし教義が素晴らしいというのであれば、教義だけ学べばよいのです。

何もその団体に所属する必要はありません。

それが伝統宗教であっても同じです。

ところで、こういった宗教団体の経済面についても述べておきます。

以前にも触れましたが、1987年の後半には、オウムの信者は1300人を突破していました。ちょうど「オウム神仙の会」を「オウム真理教」に改称した頃です。

信者が千人を超えると、その教団は経済的にもやっていくことができます。

たとえば、毎月の会費が千円でも、会費だけでも月収100万円になります。

ただし、それは基礎収入で、他にも様々な宗教的収入源があります。

たとえば、教団の出版物の購入や講演、不定期のセミナーなどです。水晶やグッズなどの物品販売もある。オウムのようにヨガや修業の道場費という手もある。

大きいのが「お布施」(寄付)です。しかも、出家制度を整えれば、ケタ違いのお金が転がり込んできます。出家者は全財産を寄付します。何十人ものミドルクラスの信者が不動産や預貯金などの全財産を差し出してくることを想像してみてください。

貧乏な若者も出家してきますが、そういう人材はまた使い道がある。たとえば、勧誘やチラシ配りのチームに入れる。また、飲食店や不動産などの営利事業を興し、「修行」という名目で、ほとんどタダ働きさせることもできます。貢献度によって教団内の地位と評価が上がるため、無給であっても、本人はたいてい必死で働いてくれます。

しかも、宗教法人格を取得すると、営利事業であっても税制面で大きな優遇を受けることができます。つまり、教団の営利事業は、人件費と税金の二つの面で有利なため、普通にビジネスをやっても、一般法人がやるより儲けることができるのです。

だから、新宗教の団体は巨額の資産を持っているところが多いんですね。

何の因果か、最初の教義作りから、宣伝・運営の方法まで、私は詳しくノウハウを知っています。宗教を新興して何万人という信者を獲得することも不可能ではないと思う。

しかし、他方で、幸か不幸か、私はそのような行為の霊的意味、つまりどのような結果責任が待ち受けているのかということも、よく承知している。

ブッダさんも言っている。

「およそ世界のどこにいても、悪行から逃れることのできる場所はない」と。

世の中には、ごまんと詐欺的な宗教があります。

上で例示した手口に当てはまるような宗教には関わらないようにしましょう。

私としては、宗教にまったく無関心であることがよいとも思いませんが、ただ、宗教組織とは遠ざかり、あくまで個人として信仰をすることを勧めるものです。

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