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なぜソフトバンクの「アジアスーパーグリッド構想」は100%失敗するのか

Takaaki Yamada あえて横だしで掲載・笑

みなさん、こんにちわ。

つい昨日、例の人気番組「ポツンと一軒家」を見たが、

おそらく視聴者の誰も気にしていなかったであろうことが私には気になった。

それが、あのトンでもない山奥の孤立した一軒家にまで「電柱」があって、しっかり送電が行われていた、という恐るべき光景である(笑)。

あの一軒家のために山の斜面を電柱が連なっているわけで、めちゃくちゃ配電コストがかかっていることは想像に堅くない。

参考画像。この回ではない、念のため

それは誰が支払っているのかというと、われわれ消費者みんなである(正確に言うと九州電力下のユーザーだろうが、どの管区でも同様のことが言える)。

ただ、現代にそれは本当に必要不可欠なことだろうか?

昔はたしかに技術的制約からそうせざるをえなかった。

しかし、今では、家庭用の太陽光パネル・小型風車・場合によっては小型水車・蓄電池・エネマジ装置といった「電力の個産個消システム」の設置により、十分、電気の自給自足が可能である。

ましてや敷地が広々とした田舎の住宅ならば。



電力は発電と需要家が直結しているのが実は理想

400万キロの電線、24万基の鉄塔、2千万本の電柱。

これらの資産額は、発電設備の倍にも達している。

日本の国土には、蜘蛛の巣のように電線が張りめぐらされている。

一般に、「系統電力」とか「商用電源」と称されるものは、この巨大な送電以下の設備コストを絶対的に背負わねばならない。

である以上、発電部門だけ自由化して競争したところで大した価格差が出るはずもない。だから、3・11直後、「発送電分離者であらずんばインテリにあらず」の状況だったが、私は冷めて「発送電分離なんかそれほど意味はない」と書いていた。

今本当に改革すべきは、そこだろうか。ノー。

そのことを理解するために、ごく簡単な質問をしてみよう。

電気の流通経路として、以下のAとBのどちらが経済的かつ合理的だろうか?

A:発電→昇圧→送電→変電→配電→需要家

B:発電→需要家

むろん答えは「B」。そして現状は「A」だ。

私たち消費者にとって、食べ物は「何々産」が重要かもしれないし、事実、味・品質が異なっているが、電気に限って言えば、どこで生産しても同じである。

「北海道メガソーラー産」だろうが「自宅の屋根パネル産」だろうが、屋内のコンセントから取り出す電気はまったく同じである。需要家にとって、コンセントから電気が取り出せるのであれば、それがどこから来ようと問題ではない

である以上、技術的にも経済的にも可能になった現代、できる限り「→昇圧→送電→変電→配電→」のプロセスを省くことに注力すべきではないだろうか。

陸の孤島のような集落ならば、それが間違いなく実現可能なのだから。

電気の消費密度が高い都市部は、地域の電力自立が無理だが、田舎の送・変・配電設備が削減されていけば、その分だけ都会の消費者にとってもメリットとなる。

ちょうど、田舎の赤字路線の維持費まで負担する必要のなくなった都市部のJR利用者のように。

また、どうせ原発は新設不可だから、新潟や福島から首都圏に送電するような真似は必要なくなる。東京湾岸には100万KW級のガスや石炭火力を増設できるスペースがいくらでもある。燃料輸送船は横付けし、しかもコージェネで温水供給もやればいい。

あるいは六本木ヒルズの地下発電所のように、首都圏のあちこち(の地下)に中小ガス火力を増やしていけばよい。むろん温水供給システムも込みで。

都市部は大量の需要家と直結した発電システムに転換していくべきだ。

そして、郊外・田舎・離島は「その土地で豊富に取れる自然エネルギー」を中心にして、個々の家が、集落が、村や町が、電力自立していくべきだ。

なぜ孫正義と韓国が進める「アジアスーパーグリッド構想」は無用の長物なのか?

ただし、世間では、こういった「グリッド削減構想」と真逆の構想が受けている。

韓国のムン・ジェイン大統領は、ソフトバンクグループの提唱する「アジアスーパーグリッド構想」に賛同して、日本に対して「韓日電力網の統合」を提案している。

孫正義氏とソフトバンクのブレインは、ちょうどEUのように、東アジア全体のグリッドを統合して、モンゴルの砂漠などで大規模なメガソーラーを展開し、その安価な電力を朝鮮半島から日本に向けて供給する構想を進めている。

もともと孫正義・飯田哲也コンビの自然エネルギー財団系は、日本全体のグリッドを統合する構想をしており、それをさらにアジア全体に拡大するバージョンだ。

日本の生命線を握れるためか、マージンが取れるためかは知らんが、韓国はこの「電力網の統合」又その前章としての「両国連系」に対して異様に熱心だ。

私はこの構想に対しては、とっくに批判している。

素人はこのような壮大な構想に魅了され易く、政治家や財界人も例外ではない。

いや、孫正義・飯田哲也らは、誰よりも自分で自分を騙している。

私たちは生まれた時から、あの鉄塔とか送電線をずっと眺め続けてきたため、「電力とはそういうものだ」という固定観念を抱いている。

「送電線はただの必要悪にすぎない」という真実を、完全に忘れてしまっている。

送電線などというものは、無ければそれに越したことはないものなのだ。そのことは以下の過去記事でも述べてきたが、依然として人々の固定観念は強固である。

前回の「実は東京でも電力の地産地消が可能!?」では、A:2万ha分の太陽光パネルを使った自家発電B:東京湾ギガソーラーをはじめ2万ha分の商用太陽光発電*いずれも蓄電池込みの組み合わせによって、東京都は電力が自給できると結論した。だが、その
自然エネルギー財団を率いる孫正義氏と、師匠筋にあたる環境エネルギー政策研究所所長・現総合資源エネルギー調査会委員の飯田哲也氏が唱えているのが「スーパーグリッド構想」である。これは日本を含めアジア各国を大容量の高圧送電線で連結し、互いに電力を

孫正義氏もそうだが、よくある誤解は、電力と通信の混同である。

「通信」はできるだけ「繋がり」を増やしたほうが便利になる。言葉を換えれば、ネットワークが広域化するほどに価値が高まる。

対して、「電力」はネットワークの必然性がないばかりか、自己完結しているほうがむしろ「→昇圧→送電→変電→配電→」のプロセスを省ける分、簡便かつ経済的である。

ある意味、電力と通信はまったく逆の存在といえる。

そして、電力は自家発の分野でイノベーションが起こっている。

そこからコスト的にも電力自立の時代が到来しつつある。

ゆえに送電網の肥大化は完全に時代に逆行するものであり、「アジアスーパーグリッド構想」は早晩、市場の制裁を受けるだろうと、私は断言しておく。

というか、彼ら自身が途中で泥舟と気づいて、構想から撤退するかもしれない。

これからはその反対、つまり個々の需要家のグリッドオフ、地域の電力自立、そしてグリッドの削減こそが、正しい道筋である。

メガソーラー問題 孫正義氏の「電田プロジェクト」は本当に駄目なのか?(前半・擁護編) 孫正義氏の「電田プロジェクト」は本当に駄目なのか?(後半・批判編) 自然エネルギーへの幻想を助長する「原発何基分」という表現 今のメガソーラーは“
先日、松本徹三先生のほうから「電力のグランドデザイン」についての話がありましたが、将来設計にあたり、プライベート電源のイノベーションによって、今の重厚長大型の電力システムそのものが衰退していく可能性も考慮に入れたほうがよいのではないかと思い