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【思い出】昭和の「テレビの音」を拾ってみた【ノスタルジア】

かつのて金曜ロードショー・オープニングの一場面

みなさん、こんにちは。

今回のエントリーは事実上、昭和のおっさん・おばさんのためのものです。

「今のテレビはつまらない」とか、よく言われますよね。

物心ついた時には平成だった、という若い人たちには信じられないだろうが、昭和の時代はテレビがめちゃくちゃ面白かったのである。

川口浩探検隊で槍を持った原住民が襲撃してくる場面があったり、プロレスでタイガーマスクが登場しようものなら、翌日、もう学校で大騒ぎである。

つい昨日まで仮面ライダーの変身ごっこをしていたと思ったら、「燃えよドラゴン」が放映されると、今度は当然のようにブルース・リーごっこをやる。

学校の先生までが「昨日のアレ見たか?」などと興奮して話し出す始末。で、子供たちが「見た、見たあ!」と口々に叫んで、教室中その話題で持ちきりになる。

おやじ世代はビール片手に野球中継とプロレスを見る。母親たちは昼間に何か見ていたらしいが、よく分からない。ただ当時はワイドショーが凄かった。で、夫婦そろって9時の洋画を見る。子供が起きていていいのは最大限、洋画が終わるまでだった。

と、このように、当時のわくわく感はマジ半端なかった。7~80年代の庶民にとって、テレビこそが最高の娯楽だったのである。

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テレビの黄金時代

たしかに、その当時の世代の私たちが「今のテレビはつまらない」と言うとき、ノスタルジーの補正がかかっていることは事実だろう。

しかし、クオリティとして、つまり客観的事実として、そう言える面があることもまた否定できない。それを考えていくと、幾つかの理由が思い浮かぶ。

第一に、当時のテレビマンたちの番組作りにかける情熱が凄かった。

当時は経済が右肩上がりだったので、制作予算が少々オーバーしたところで、来年には給料も予算も上がるという楽観というか、確信があった。だから、テレビマンたちにも、少しくらい無茶してもいいからとにかく面白い番組を作ろうという心意気があった。つまり、先行投資的に思い切った番組作りができる環境があった。

第二に、当時、テレビはまだできて間がなく、試行錯誤の段階だった。

発展途上にある大衆文化のため、タブーも少なかった。だから、実験的なことや、時には暴走的なこともやれた。アフリカの部族の原始生活をえんえんと放映したり、ビートたけしに思う存分、悪ふざけをさせたりもした。グルメ番組は今よりもはるかに少なかったが、(その代わり?)エロやナンセンスギャグや暴力シーンは非常に多かった。制作者側の思い切った賭けや冒険は、外れも多いが、当たればテレビ文化を豊かにした。

第三に、作るほうも、見るほうも、一度きりの真剣勝負に近かった。

当時はまだビデオデッキが高価で普及していなかったので、視聴者のほうにも見逃したら最後という、「一期一会」的強迫観念があった。当然、作るほうも最初の放映が視聴率的にも唯一のチャンスに近い。放送当初は録画すらできなかったので、すべて「生中継」だったという。だから、長らくぶっつけ本番に近かったのである。

私も「ガンダム」の最終回の日には、テープレコーダーでモノラルの音声を録音して、あとでそれを聞きながら場面を脳内再生したものである。子供向けのアニメや特撮ものは比較的再放送が行われたが、それでも「出会い感」は今とは比較にならなかった。

そしてテレビは衰退していった

しかし、1990年代に入ってバブル経済が崩壊すると、企業は広告費を削った。そして90年代も後半になると、人々は「別の画面」を見るようになった。

インターネットである。当然、広告費も徐々にネットのほうへ移っていく。2000年代に入って世界中の人が動画を投稿共有できるサイトが登場し、人々がネットを「テレビ」として活用し始めると、既存の地上波放送の衰退は決定的となった。

やはり、決定打は動画共有サイトであり、テクノロジーの進歩によって誰もが情報を発信できるようになったことではないかと思う。地上波であれBSであれ、テレビは極めてチャンネルが限られているが、ネットでは発信主体が無数に存在する。

仮にネットが10個のドメインに限定されていて、その一つを持てたら、誰でも年間百億円以上の広告費を稼ぐことができるだろう。つまり、地上波はそれくらいの特権に胡坐をかいてきたのだ。バブルの頃になると、すっかりエスタブリッシュメントになったテレビ局には、地位や高給目当てのエリートばかりが集まるようになった。

一方で、予算は減っていく。すると、制作者たちはますます下請けを使って経費を叩き、タレントや芸人を使いまわすようになった。今ではすっかりゴールデンタイムで動画サイトのコンテンツを借りてくるようになった。また、比較的費用対効果の高いニュース解説や情報ものが多くなった。かつてのような独自の企画力は衰えた。

栄枯盛衰は人類社会の常だから、仕方がないといえば仕方がない。おごれる者も久しからず、ただ春の世の夢のごとし・・である。

当時の記憶を呼び覚ましてくれる番組の音楽

さて、くだらないテレビ論を長々と書いてしまって申し訳ない。

実は、そのテレビの黄金時代の思い出と密接に結びついているのが音楽である、ということに私は気づいた。オープニングとか、テーマ曲の類いである。

それを聞くと、当時の記憶がノスタルジーと共に瞬時に甦る。「ほろ苦さ」をビター・スウィート・ノスタルジアというが、そういう感情までが沸き上がってくる。

やはり、これも当時の番組作りの情熱の賜物ではないかと思う。当時の制作者たちは、番組を象徴する音楽の制作にまでも情熱を傾けた。作詞・作曲家たちもそれに全力で応えた。その結果として、オープニングやテーマ曲であっても、音楽としての完成度の高さを誇った。

そして今、動画サイトでは、そのメロディが、番組を見た当時の楽しさや興奮を思い出させてくれるキーの役割を果たしている。時を越えて、テレビの黄金時代を生きた昭和世代の、その当時の記憶を、まるで魔法のごとく呼び覚ましてくれるのだ。

そしておっさん、おばさんは思うのだ。あの頃はよかった、幸せだった、と。

だから、当時の制作者たちに、一言お礼を言わせていただきたい。

楽しい思い出をくれてありがとう、と。

(*リンク切れの場合はご容赦を)

以下、なつかしのテレビ音楽が始まるよっ!

(*時代・ジャンルはめちゃくちゃ。ラストはラジオ番組です・笑)

矢追純一UFOスペシャルのジングル

川口浩探検隊テーマソング

巨人対大洋 昔の 日本TVのオープニング

太陽にほえろ OPテーマ

Gメン75 テーマ ナレーション入り

隠密同心 大江戸 捜査網(アンタッチャブル) テーマソング

金曜ロードショーオープニング エルドラド

刑事コロンボ/ヘンリー・マンシーニ

驚異の世界 オープニング

知られざる世界(オープニング) Ver

野生の王国 OP 1983年 毎日放送 シンガーズ・スリー

すばらしい世界旅行 OP 1985年版  山本直純

すばらしい世界旅行と、この木なんの木

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