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アメリカがハノイ国際戦犯法廷で裁かれるべき理由

今年の4月30日は「サイゴン解放40周年」だった。

そろそろ「ハノイ国際戦犯法廷」International Criminal Tribunal for Hanoiを設置して、20世紀後半における最悪の戦争犯罪を裁かなくてはならない。

近年、なにかとベトナム戦争の際の韓国軍の暴虐がクローズアップされている。韓国でもようやく直視しようという主張が出てきて、左派のハンギョレ新聞などがベトナム人性奴隷被害者の特集を組んだ。こういった歴史を直視しようという動きは非常に好ましいことだと思う。ただ、この件での「主犯」がアメリカである事実が忘れられがちであるのが気にかかる。アメリカは、ジュネーヴ協定に基づくベトナム南北統一選挙を妨害した上、最終的にはトンキン湾事件をでっち上げてまで侵略戦争と大量殺戮を行った。

「サイゴン解放40周年」を契機に、ベトナムに対するアメリカの戦争犯罪を今一度、まとめてみることにした。

米軍がベトナムで犯した三つの戦争犯罪

周知の通り、戦後のベトナムに対して、旧宗主国フランスがまず再侵略する。自分たちはアジアを侵略しながら、アジアを侵略した罪で日本を法廷で裁く――まったく西洋人らしいやり方である。よって、独立戦争は大戦後から1975年まで継続していたという見方もある。ただ、対仏戦は1954年のジュネーヴ協定により、いったん区切りがついた。その後、アメリカは南ベトナムという負の遺産を引き継ぎ、ゴ・ディン・ジェムという独裁者を擁立し、民主的な南北統一選挙を拒否させた。これは共産主義の“ドミノ”を恐れたためだが、典型的なダブルスタンダードといえよう。59年、この独裁者とアメリカに対して、ベトナム人による反乱が始まった。ここがベトナム戦争の起点とする見方もある。

このように、事情はいささか複雑だ。だが、「アメリカVSベトナム」という観点で言うなら、やはりベトナム戦争はケネディ政権による61年7月の本格介入から、ニクソン政権による73年1月の和平協定成立までの約11年半と見なすのが妥当だと思う。そして、その間におけるアメリカの戦争犯罪は、だいたい次の三つにまとめることができる。

1・無差別爆撃

米軍はベトナムとラオスに対して史上空前の無差別爆撃を実施した。使用された爆弾の総量は諸説あるが、一説によると700万トン以上と言われる。米軍が対日・対独で使用した量が200万トンくらいなので、これは第二次大戦の3倍以上になる。爆撃密度(面積あたりに投下された爆弾トン数)でいうと世界最悪記録だ。米空軍はナパーム弾で無数のベトナムの農村を焼き払い、人々を大量虐殺した。65年以降の北ベトナムへの爆撃は、第二次大戦時の都市空爆に相当する。米空軍はハノイやハイフォンの人口密集地域を無差別爆撃し、学校や病院なども容赦なく破壊した。

この戦争が「第二次インドシナ戦争」とも呼ばれるのは、被害がベトナム国内に留まらないからだ。米軍はホーチミン・ルートを叩くためにラオスにも激しい空爆を行った。ラオスは「世界でもっとも酷い爆撃を受けた国」と言われている。しかも、米軍は大量のクラスター爆弾を使用し、これが現在でも負の遺産としてラオス人に被害を与え続けている。クラスター爆弾の不発弾と貧困地域には、明らかに関係がある。

2・化学兵器の大量使用

米軍は、ベトコンの隠れる森を消滅させるため、又彼らの食料供給源である田畑を滅ぼすため、61年から10年間にわたって枯葉剤を散布した。これも諸説あるが、散布された量は9万キロリットルくらいと言われている。これは農薬の濃度を高めたものだが、人体に害があることは知られていた。散布直後から失明者・罹病者が相次ぎ、直接的な死者は数万人程度と言われる。ただ、真の問題は枯葉剤に含まれる猛毒成分ダイオキシンによる水や土壌の広範囲な汚染だ。人々が農作物などを通してそれを間接的に摂取することにより、先天性の病気や障害を抱える子供たちの出産が相次いだ。それは現在でも続いている。治療を行っているベトナムのツーズー病院によると、被害者数は300万人に及び、本人の苦しみは言うに及ばず、家族や社会全体にとっても大きな負担となっている。

3・地上戦での民間人の大量虐殺

61年7月、米軍は約2万人の軍勢をベトナムに派遣し、本格的な対ベトナム軍事作戦を開始した。65年にはそれが約20万になり、最大時の69年には約54万に膨れ上がった。それに韓国軍などの同盟軍約7万人が加わった。彼らの大半は地上戦闘に投入された。その際、敵の兵士だけでなく、市民や農民をも大量虐殺した。有名な「ソンミ村虐殺事件My Lai Massacre」は、たまたま発覚した一例に過ぎない。まるでベトナムでの虐殺行為がこの事件だけであるかのように錯覚しているバカなアメリカ人が多いが、実際には同じような虐殺がベトナムの無数の村々に対して行われていた。たとえば、ソンミ村の近隣の村も同じ目にあっていた。虐殺の特徴は女性や子供の犠牲が多いことだ。また、空軍によるナパーム弾攻撃とは別個に、陸軍はヘリコプターを使った残虐行為――農村を見つけ次第、村と人々に対してロケット弾や機銃をぶち込む――を繰り返していた。

以上の三つを主とする戦争犯罪によって、諸説あるが、だいたい200万人くらいのベトナム民間人が虐殺されたと言われている。さらに、化学兵器の被害者――戦後に化学物質の影響を受けて障害をもって産まれた子供も含め――は約300万人も存在する。

アメリカは何一つ過去を清算していない

さて、アメリカはこれほどの戦争犯罪をベトナムやらかしたわけだが、常識的に想像すれば、アメリカ人はとっくにこの過去を直視し、清算しているはずだ。なぜなら、アメリカの識者やメディアは、常日頃から日本人がそうしないと言って非難の合唱をしているからだ。ましてや、ベトナム戦争で“子分”だった韓国にまでその道徳的非難の矛先を向け始めたくらいである。さぞかし自身は立派な手本を示してきたのだろう……と思いきや、現実には「謝罪なし・賠償なし・戦争犯罪者への罰なし」ときている。

1995年の国交回復の際、ベトナム側は「謝るべきだ」と主張したが、クリントンは一言の謝罪もしなかった。ソンミ村虐殺事件の首謀者とされるカリー中尉は結局、無罪放免となった。ベトナム人の化学兵器被害者がアメリカ企業を訴えたことがあったが、裁判所は門前払いした。アメリカの若い世代もベトナムでの戦争犯罪については、ほとんど教わらないらしい。メディアも消極的なので、アメリカ人全体が記憶喪失を患っているといえる。ベトナム戦争の映画もたくさん作られたが、結局のところオリバー・ストーンの『プラトーン』も含めてどれだけ自身の戦争犯罪を描いたといえるだろうか。

だから、NYTのマーティン・ファクラーMartin Facklerなどは「鏡で自分の顔を見ろ」という話である。私の主観では、「過去の戦争犯罪の直視と清算」において、日本を70点とすれば、アメリカは10点でしかない。国際社会には未だ正義と公正がない。「おれのジャーナリストとしての使命を支えるのは“a sense of moral outrage”だぜ」などと格好のいいことを公言しながら、そのご大層なセンスとやらを自国にはまったく向けない。

ともあれ、アメリカがベトナムでやった行為は“アジアに対する戦争犯罪”以外の何者でもない。ケネディのおバカ娘は、300万人の化学兵器被害に対して、自身の父親に重大な責任があるという事実を、ちゃんと認識しているだろうか。というのも、使用の提唱者は当時国防長官だったロバート・マクナマラだが、決断したのは大統領のケネディと副大統領のジョンソンなのだ。極東軍事裁判の基準でいうなら、この三人は間違いなく「A級戦犯」であり、縛り首だ。ミロシェビッチが裁かれて、彼らが裁かれない理由は、まさに“アメリカ人”であるという、ただそれだけの理由に他ならない。

繰り返す。300万人の化学兵器被害だぞ。おまえの親父のせいだ、キャロライン!

2015年08月14日「アゴラ」掲載

(再掲時付記:ちょうど一年前の投稿ですが、少し感情的過ぎましたね)

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