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故・井上嘉浩の詩を読んで

2018.7.6.刑死

前回の記事で、オウム真理教の井上嘉浩(よしひろ)に少しだけ触れました。

オウム真理教が急激に信者を増やした方法
オウムは開教の早い段階で、急激に信者を増やし、短期間のうちに教団運営を軌道に乗せることに成功している。なぜこんなことが可能だったのか。 いったい、麻原彰晃はどんなトリックを使ったのだろうか。 私が調べた結果、もっとも効果的だった...

当時、私と同じ高校生で、誕生日も近く、住んでいる場所も近かった井上嘉浩(いのうえよしひろ・元オウム諜報省長官)が先日、麻原と一緒に死刑になった。私と彼の運命を分けたのは「麻原を見てどう思ったか」という程度で、紙一重に過ぎない。

井上嘉浩は高校生の時にオウムに帰依しました。私も同じ高校生の時に麻原彰晃と「オウムの会」の存在を知りましたが、最初から違和感を覚えました。

井上は教団の「諜報省長官」に上り詰め、オウムのあらゆる犯罪に関わります。地下鉄サリン事件でも、車両やアジトの手配などのバックアップを担いました。

しかし、逮捕後、獄中で洗脳を解いた彼は、苦悩の果てに、逆にオウム犯罪を追及する側に立ちます。法廷でかつての教祖とも対峙しました。

先日、彼は死刑になりました。その心境はいかばかりであったか。

実は、次の記事で、彼が大量の「詩」を書いていた事実を知りました。

後悔、葛藤、苦悩… 死刑執行されたオウム「井上嘉浩」が綴った獄中書簡300

これは「週刊新潮 2000年6月15日号」の再掲記事なんですね。

なんでも、彼が獄中から家族に宛てた書簡を独占入手したとか。

家族に宛てた手紙の総数は300通近くにのぼり、そこに記された詩は、ゆうに900編を超える。そこには、自ら犯した罪と必死に向き合おうとする若者の姿があった。

900もの詩です。その一部が「デイリー新潮」のサイトでアップされていました。そこには彼の内面を知る多くの手がかりが残されていました。



今は亡き井上嘉浩が獄中で綴った詩

《私の関係のない私が報道されている。

 私も私と異なる私も、共に私でなく、夢のごとし。

どんなに傷つけられようと、どんなに誹謗中傷されようと、それも又、実態はなく、本来、不生。

 其れを悟れば、ただ、笑いがはじけるだけ。

この世に無数の笑いが不生からはじけ飛ぶ。

そこには、こだわりも、悲しみも、喜びも存在しない。

ただ、この一瞬、不生の輝きが、今も笑っている(平成9年2月19日)》

《サリン事件から2年がたちました。日々、やはり、言葉にならない後悔と悲しみが浮かんできます。

ただ一人、拘置所という檻の中で、もくもくとダルマをみがく

 ただ一人、夜も昼も誰に見せるということもなく、こつこつと自分に向き合いダルマをみがく

 どんなさびしさや悲しみが沸き起ころうと、それを友として自分に向き合いダルマをみがく

 あらゆる世俗を放棄し、ただダルマをみがく

自分のあらゆる限界を突破するためダルマをみがく

 そしてラマたちのあらゆる支えとともに自分を完全に突破した時、そこから本当の救いが始まる

 どんなことがあっても、どんな時でも

必ずダルマと共になる日まで修行を続けること

 それが私の供養であり、一生の願いです(平成9年3月24日)》

《悪口を叩かれようが、傷つけられようが、

 共に夢以外、なにものでもない。

 褒められようが、うれしいことであろうが、

 共に夢以外、なにものでもない。

 空なるものを知らず、空なるものの現れに取りつかれ、

 一体、どれだけの悲しみと苦しみと狂気を演じてきたことであろうか?

どれだけすばらしいものであろうと、

 一切、空そのものなり。

 人生における勝利者は、地位や名誉の幻想を獲得することではない。

 本当の勝利とは、勝利であることのニセモノを知り、

 自分を作り上げている精妙な空なるものの、慈悲の働きを知ることなり(平成9年5月1日)》

《被害者の方々に一体、何ができるか。毎日、毎日考え抜いています。そのひとつの私の理解はいきつくところ、私のような誤ちをこれからの若い人が犯さないように、赤裸々に語ることであり、それは裁判では、はっきりいって不可能に近いです。あまりにも制約があることを、この一年で理解しました。

  自分のための努力は、なまけてしまう。でも誰かのためにと思う時、人は自分を超えた力が自分にわいてくる。この時、人は充実すると思う。

 鳥達の声も、人間の声も、空なる響きには異ならない。あらゆる声の慈悲を知りつつ内においては、不動の空に宿ること、それこそ空と空の中間の悟りなり。(平成11年5月14日)》

《父さんへ

 この世での幸福や名声がかなえられていくなら、この世はよろこびとたのしみ以外ないでしょう。でもそんな人はだれもいない。

 苦しみもあり、よろこびもあり、つつましく他者のために生きながら、充実したなにかをみつける、それが一つの理想とされるかもしれません。

でも、それでは真実に触れることはできないと思っています。苦しんで苦しんで苦しみ抜くことで、はじめて知るものがあります。逃げ場のないところでこそ、はじめて、不動なものがあるはずです。生きることは絶望の淵に触れることによって、はじめて輝きを知る。それを感じはじめています。(平成12年5月12日)》

ルドルフ・シュタイナーのある言葉に想う

いかがだったでしょうか?

いつ死刑が執行されるかも分からないという極限状態で綴った言葉です。

私は噛み締めて読みました。しかも、共感さえ覚えました。

すべては夢幻のごとしとする彼の境地に対して、上から目線で「犯罪者の身勝手な悟りらしきもの」と斬って捨てることは容易いでしょう。

ただ、共通した考えは、私にも、古今東西の哲学にもあります。

私は、ふと奇妙な考えに捕らわれました。

先に彼と私の運命は紙一重と述べましたが、もしかすると、神様のちょっとした気まぐれで、私の代わりに彼がああいう役柄を仰せ付けられたのかもしれないと。

そういう思考の背景には、私のオカルト的な世界観がある。

オウム真理教の約1世紀前に、NYで神智学協会(Theosophical Society)という団体が設立されています。1875年、ロシア人の心霊家ヘレナ・P・ブラヴァツキーとアメリカ人のヘンリー・S・オルコットがNYで設立したものです。

この団体と運動の詳細は省きますが、戦後日本の新宗教やオカルト的なブームの源流となるものは、ほとんどこの神智学ムーブメントの中に見出すことができます。

だから、オウム真理教も、実は知らず知らずのうちに神智学の影響を受けているはずです。たとえば、神智学も採用した「プルシャ」のシンボルマークなどがそうです。

いずれにしても、神智学協会とは、東西の秘教・英知を融合して普遍的な真理を明らかにし、近代の神智学として再構築することを目指した集団であり運動です。

その神智学協会を辞めて、自ら「人智学」を設立した、ゲーテ研究家にして哲学者のルドルフ・シュタイナーというオーストリア人がいました。

彼もまたオカルト界で知らぬ者のいない人物です。そのシュタイナーは神秘修行に入るための諸条件の一つとして、自分を「全体生命の一部と感じること」を挙げています。

もしも私を教育してくれた人たちがその同じ努力を彼のために用いていたとすれば、今犯罪者にされているこの人にも別様の生き方ができたに違いない。彼に与えられなかった何かが私に授けられているということ、私の長所がまさに彼には与えられなかったこの幸運に負っているということ、この点に考えが及ぶ。その時、自分が全人類の単なる一部分ではあるが、そのような部分として、生起する一切の出来事に対する責任をも分有しているのだ、という考え方がもはやそれほど無縁とは思われなくなるであろう。

『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』(P128)

私たちの社会で起きている人的な出来事は、結局は私たちの内面の反映なんですね。私たちの総合的な意識の、ある部分が「井上嘉浩」として噴出した、ということです。

そもそも「個人」とは何か? 「個人の魂」とは何なのか?

その究極の真実は、秘密のベールに包まれています。

古くからの秘教は、人間について「一にして全、全にして一」と説明してきました。源流はヘルメス哲学、つまり古代エジプト文明にまで遡ります。

私たちには、真の意味で「他人」はいないということです。

「他人」とは、本当は「他の名前と姿を持つ自分自身」なのだと説明なさっているのがサイババさんです。この教えはまた「個人とは何か?」を暗に説明しています。

私にとって、故・井上嘉浩は、明らかな精神的近似者です。

井上の詩を読んだ時、ふと、「獄中にいる私自身」を感じた。それはまさに私自身でもあった。なぜそう思うのかと理屈で答えるのは難しいが、私はそう感じました。

私と井上の違いは、神が切ったキャベツの千切りの一片が向こうに、別の一片がこっちに来たという、ただそれだけに過ぎないのです。

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