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エジプトのモルシ政権転覆は誰得なのか?

Anti-Morsi protest march in Cairo, Egypt, June 28 2013 By Wikipedia

最大の受益者はイスラエルではないだろうか。

そもそも「中東戦争」とは、常にイスラエルとエジプトとの戦争でもあった。両者は聖書の時代から戦っていた間柄だ。だが、73年の第四次中東戦争以降、イスラエルは大きな戦争を経験せずに済んできた。その最大の要因が、サダトによる和平と、その路線を30年にわたって継承し、見返りとして欧米から援助を受けてきたムバラク政権の存在だったのだ。これによりイスラエルはシナイ半島側から攻撃される心配がなくなり、軍事戦略上の制約から大きく解放された。以来、中東ではイラン・イラク戦争、湾岸戦争、アメリカ・イラク戦争などが起こったが、イスラエルは基本的に第三者でいることができた。

過去のようなアラブ諸国による挟撃や包囲攻撃などの恐れがなくなったイスラエルは、レバノンやパレスチナ自治区での非対称戦に専念することが可能になった。ただし、ヒズボラやハマスなどの軍事組織との戦いでは、常に民間人を巻き込んできた。過去の中東戦争よりも、こちらのほうで憎悪されているのが実状だ。同じアラブ人が虐殺され続けてきたことに対するアラブ民族の積年の恨みは、日本人の想像を超えたものがある。

さて、この状況を根底から覆したのが先の「アラブの春」だった。

腐敗したムバラク政権が崩壊し、軍部による暫定統治を経て、ムスリム同胞団のムハンマド・モルシが大統領に当選したのが12年6月。ただし、辛勝であり、国内は政治的に二分していた。モルシ政権は軍部とも確執を残した状態でスタートした。

おそらく、政権が長期化すれば、いずれはムバラク時代の対イスラエル政策を180度転換したはずだ。なにしろ彼らのイスラエル観は「同胞を長年にわたって苦しめ虐殺してきた怨敵」というものだからである。イスラエルにしてみれば「かつてのエジプトとシリアによる挟撃の悪夢再び」だ。今はイランとも対峙しているので、場合によっては三方向からの包囲攻撃と、ヒズボラやハマスによるテロ攻撃まで覚悟せねばなるまい。

つまり、イスラエルの安全保障にとって、モルシ政権は深刻な脅威と化す可能性があった。それが一年で倒れてくれたのだ。イスラエルにしてみれば、たとえ表面でどんな演技をしていようとも、内心では万々歳ではないだろうか。

これでイランと正面から戦える環境が整った

それにしても、今回の行為は道理がなく、国際社会の理解も得られていない。エジプト国民にとって大きなツケになるに違いない。

せっかく「血を流さない革命(選挙)」ができる恵まれた国になったのに、未熟なのか、あるいは誰かが扇動したのか、一部の国民が暴動みたいな真似をして、力による体制転覆を実現してしまった。反対派の運動に応える形で軍部がモルシを解任したというが、これは民主的に選ばれた政権に対するクーデターであり、反動革命に他ならない。

そもそも何のための「選挙」なのか。モルシが嫌だというなら、次の選挙で落選させればよいのである。平和的に政権交代を実現するための手段として、選挙があるのだ。だいたい、モルシ氏は政治家であって魔法使いではない。騒動の背景には庶民の困窮があるというが、たった一年で経済を好転させることなど、誰であれできるはずがなのだ。

mohamed_morsi-05-2013

ウィキペディア「ムハンマド・ムルシー」から:アラブの春における民主化後では最初となるエジプト大統領に選出されるが、政教分離などの世俗的な価値観が浸透していないエジプトでイスラム主義に基づいた統治を進め、モハメド・エルバラダイら国内の世俗派から強い反発を受けた。政権後半にはイスラム主義に基づいた新憲法制定を目指した事で大規模な反政府運動が発生し、最終的に政権担当能力を疑問視したアブドルファッターフ・アッ=シーシー国防大臣らによるクーデターにより解任され、身柄を拘束された(2013年エジプトクーデター)。2015年6月、正式に死刑判決が下るも、2016年11月破棄院(最高裁に相当)が脱獄幇助と警察署襲撃事件に対する死刑判決を覆し再審を命じている。

こういう正当性のない行為によって、前回の革命の成果が台無しになった。以後、エジプトはこの悪しき前例にたたられ、社会が一種の精神分裂症を発症するだろう。よって、しばらく政治的な混乱状態が続くことは確実だ。

だが、一方で、イスラエルから見れば非常に都合のよい状況が生じたともいえる。よく考えてほしい。現在、シリアは激しい内戦中だ。そこにエジプトの混乱が加わった。これで当面は両国から挟撃される心配がなくなった。また、イラクはアメリカの占領統治を受けたことで、今は国内が分裂し、対外戦争能力を欠いている。

つまり、偶然か否か、宿願である対イラン戦争にほぼ専念できる状況が生じたのだ。

イスラエルの行動原理は一貫している。「たとえどれだけ国際社会から非難されようが、安全保障上の脅威は実力行使をもって制裁または排除する」というものだ。日本の卑屈な平和主義とは、ちょうど真逆の姿勢である。

イランの核・ミサイル開発は、イスラエルにとって国家と民族の存亡にかかわる懸案だ。今回だけ例外になると信じる根拠がない以上、外交交渉での妥結が望めなければ、いずれはイランの核関連施設に対して攻撃を敢行するに違いない。

ただ、その際、イスラエルにとって最大の心配事は周辺アラブ諸国の反応である。ペルシア人との戦争であり、宗派も異なるとはいえ、「同じイスラム教徒」が異教徒から攻撃を受けた場合、助太刀するのが一応の義務だ。しかも、アラブ人にはイスラエルに対する激しい恨みがある。イスラム国家への先制攻撃は、復讐戦の格好の大義名分を与える可能性がある。アラブ諸国の指導者にしてみても、大義があるのに参戦しないと、国内から殺人的な非難を浴び、裏切り者扱いされ、暗殺される恐れすらある。

つまり、これまでイスラエルにしてみれば、イランとの開戦に踏み切ると、民族や宗派の垣根を越えて、周辺アラブ諸国が同じイスラム教徒として続々と参戦してくる可能性があった。だから、イランを叩きたくとも、簡単には叩けなかったのである。

ところが、今やかくのごとき状況が生じたことで、南北から挟撃される心配がなくなり、戦力の分散を防ぐことができる。このタイミングを逃したら、二度とこのような好条件には恵まれないかもしれない(あるいは、うがった見方をすれば、彼ら自身の謀略能力によって、このような条件を整えたのかもしれない)。

いずれにしても、イスラエルにとってイランと戦う「機」が訪れたのである。

2013年07月05日「アゴラ」掲載

(再掲時付記:いずれ両国の戦争になると思いますが、オバマはイスラエルのネタニヤフ政権を嫌ってましたから、たぶん、オバマ政権下では早いと判断しているんでしょうね。逆にいえば、来年2017年に新政権が発足するまでは我慢する、と・・・)

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