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世の中には「第四の権力」があり、その「飼い犬」がいるというお話

さて、室井佑月氏の「週刊朝日」の記事に対して、前半と後半に分けて突っ込んだ。幼稚であるだけでなく、公共的にもよくない内容があったからだ。

ところで、正確に言うなら、実はもう一箇所、引っかかった。ただ、それは室井氏自身の発言ではなく、しかも一般論になるので、あえて分離した。

記事内で前川元事務次官をヨイショする室井氏は彼のこんな発言を引用している。

「権力が私物化されて、第4の権力といわれるメディアまで私物化されたら、日本の民主主義は死んでしまう。その入り口に我々は立っているのではという危機意識を持ちました」

その入り口に立っているか否かはともかく、自身がまさにこの「第四の権力」に属しているということを、室井氏は自分で引用していて気づかなかったのだろうか。

大資本の新聞やらテレビやらで好き勝手なことを言える本人は、十分、その権力側の人間である。対して、私は何の後ろ盾もない一市民に過ぎない。

だから、室井氏のような権力側の人間に対しては、遠慮する必要はない。

健全な市民社会を維持するためには、国家権力だけでなく、この「第四の権力」の暴走もまた監視しなければならないと、私はそう考える。まさか自分たちが市民から監視される側だとは、彼ら的には心外だろうが、その姿勢が私と室井氏・朝日側との違いだ。

実は、それにはある重大な理由があるのだが、すぐ次の記事に書く。

いずれにしても、私がここで室井氏や朝日を批判しているのも、そういう市民としての義務を果たしている、ということですな。



莫大な利権が転がり込む「第四の権力の飼い犬」

さて、これは一般論だが、私に言わせれば、「国家権力の飼い犬」もいれば、この「第四の権力の飼い犬」も決して少なくない。そして権力といえば、必ず利権が伴う。

以下の松尾貴史氏のツイート画像は「ネットで拾った」系のネタだが、出所自体ははっきりしたものだ。ご覧のように、彼は見事なほど豹変している。

なぜここまで異常なほど態度を変えることができるのか、不思議に思う人もいよう。

おそらく、これはテレビ番組様又はディレクターやプロデューサー様の意向を忖度しているのだと思う。おもねっている、という言い方のほうが正しいかもしれない。

テレビに出て、飼い主の意向に沿ったくだらない戯言を適当に言えば、その一回でサラリーマンの月給くらいの金がポンと貰え、いろんなメディアから仕事が回ってきて、有名人扱いしてもらえるという、奇妙な、そして美しいとは言えない利権がある。

「あんな適当なコメントをするだけで30万も40万円ももらえるの?」と驚く人もいようが、これが現実だ。われわれ庶民には、とうてい信じられない世界だ。

その利権の存在を嗅ぎ付けた人間は、とことん「あっち側」の人間になるのである。そういう連中は「営業」で反体制を演じているだけだが、テレビに出ている有名人だからということで、本当に貧乏な庶民側の左派・リベラル派には騙されている人も多い。

逆にいえば、飼い主の意向に反することをいえば、彼らはすぐに干される。だから、それを恐れて、恥も外聞も捨てて豹変することができるのだ。

そういう利権にぶら下がっていると、人間はとことん醜く、卑しくなっていく。

誰とは名指ししないが、どうもある女性は、自分もまたその「第四の権力」から利権で飼われている人間に過ぎないという自覚がないようだ。

その利権を失うのが嫌で、飼い主の考えを、まさに“忖度”して動いている者には、ある特徴がある。それは自分から率先して何か新しい、独創的な主張をしない、ということ。

なぜなら、常に「空気」を読んでから、その集団の威を借りて発言するからだ。たとえば、「第四の権力」が何かを批判し始めてから、それに便乗するというように。

それでいて世間に対しては、「自分は正しいことのために強大な権力と戦っている」というポーズをとる。いや、実際に自分は勇気と良心のある人間だと、自己陶酔までしているフシがあるから厄介だ。同じ仲間たちも、メディアを通して互いを持ち上げる。それがある種、独特の「村の空気」を醸成し、世間に対する同調圧力と化していく。

で、ついに、そういう利権に必死でぶら下がっている人間が、ありがたいことに「この国の倫理」まで問題にしてくれるようになった、というわけだ。

さて、本当は、その「第四の権力」の背後には、一国の国家権力をはるかにしのぐ強大な勢力が控えているわけだが、そのことはまた次回に触れよう。

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