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早くも次の元号を考えてみる(笑)

2001: A SPACE ODYSSEYより

皆のもの、こんにちわじゃ。

ま、今回はジョーク記事と考えてくだされ。

半分本気かもしれんが・・・(意味深)。

今さら私が追随するまでもないが、世間は新元号「令和」で持ちきりである。

なんでも今回は初めて中国の古典ではなく、日本の古典たる万葉集から取られたらしい。出典が初の脱中国と聞いて、日本人なら「良かった」と思うのが普通だろう。

ちなみに、私はプライベートな場では、昨年12月から新元号は「×和」(何々和)になると公言していたが、どうやら当たったようだ。

ところで、これまで出典がずっと中国の古典だったとすれば、元号はとくに日本固有のものにこだわらなくてもよいということだろう。

すると、西洋の古典やアルファベットでもよいのではないか?

なにしろ、西洋とは16世紀からの付き合い。

日本は当初、スペイン・ポルトガルと接触した。そして17世紀以降は主にオランダ。幕末から大正にかけては、主としてイギリスやドイツに学んだ。そして、20世紀、とりわけ戦後になると、アメリカの社会や文化を手本とした。

こうして並べてみると、気づく人もいるだろう。

日本は、歴史的に見ると、その時々における西洋の覇権国・先進国と、うまい具合に付き合ってきたのである。一口に「欧米」とか「西洋」と言うが、実際には、日本はその時代における最先端を行く西洋国家から文化文明を学んできたのである。

ある意味、日本の西洋化の歴史は400年もある。

150年前からはアジアよりもむしろ西洋との関係のほうが深かった。

1世紀半も経てばすっかり相手のものを吸収し、立派な自身の「伝統」である。

「洋食」「洋服」「クラシック音楽」などのように、現代日本にとって、西洋の文化文明はもはや己自身でさえある。

だとするなら、元号が西洋の出典でも何もおかしくはない

そして、西洋の古典といえば、筆頭に来るのがやはり聖書である。

そこで私は、次の元号にふさわしい言葉はないか、勝手に聖書から探してみた。

すると、次の「ヨハネの黙示録」の一文が目に留まったのである。

“I am the Alpha and the Omega,the first and the last,the beginning and the end”

(私はアルファでありオメガである。最初の者であり、最後の者である。初めであり、終わりである。)

これがぴったりではないかと思った。

つまり、改元すれば「ΑΩ3年」とか「ΑΩ9年」という使い方になる(笑)。

なぜ、これがぴったりなのか。

今から20年後くらいだろうか、ちょうど時代の大きな転換点が来るからである。

地球が365日と少しをかけて太陽の周りを一周するように、また無数の恒星が集まって星雲を形成しているように、森羅万象は必ずサイクルの形をとっている。

人間の進化もそうなっている。ただし、一周して元の位置に戻るようでいて、実際には前よりも少し進んでいる。つまり、進化はスパイラルになっている。

そして、進化の究極、今度は裏返すように反転して、元の始点へと戻る。

空間も同じ。極大は極微に繋がり、極微は極大へと至る。たとえば、素粒子を超えて無限に小さくなっていくと、今度は宇宙全体が姿を現し始める。

時間の始めと終わり、空間の大と小は、繋がっているのだ。

これ神の御業なり。

これから訪れるのは、そういう人類史的なサイクルの終点と始点である。

もっとも、天皇制というか、日本そのものがどうなっているか、という話なのだが・・。

その頃、私はチベットかモンゴルあたりに拠点を移しているだろう。そして、反重力で浮上し、大気圏外にも行ける飛行船を身近に置いておきたいと考えている。

かつて1万数千年前に「第三の世界」が滅びたように、今の「第四の世界」もやはり終焉を迎えるのだ。だが、その後には「第五の世界」が待っている。

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