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オウンゴールが続いた対中外交

いよいよ今期末で十年間におよんだ胡錦濤・温家宝体制が終焉する。おそらく、一般の日本人的には、反日に狂騒する姿ばかりが記憶に残り、散々な印象しかない。

ところが、私の見解は少々異なる。実は、胡錦濤・温家宝体制は親日政権ないしは協日政権だったというのが本当のところではないか。と言うと、「そんな馬鹿な! 嘘つけ!」という言葉が飛んできそうだ。むろん、あからさまな親日ではなかったが、少なくとも、本心では日本と仲良くしたい、又は中国を日本のような国にしたいと考えていたのではないか。そのため、可能な限り国内の反日を抑えていたのが事実ではないだろうか。

まあ、怒らずに以下に目を通していただきたい。

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上海閥と苦闘し続けた胡錦濤政権の十年

胡錦濤政権は02年の第16回共産党大会で正式に発足した。それはカリスマ鄧小平の指名だったので、江沢民もとやかく言うことはできない。ただ、席を譲るに際して、江沢民は、胡の盟友であった同じく団派(共産党青年団出身者)の李端環を追放し、腹心の曾慶紅ら5人を新常務委員として送り込んで、軍権は手放さなかった。これによって胡錦濤・温家宝は上海閥から完全に包囲された状態で政権のスタートを切ることになった。

05年3月下旬に始まった「第一次反日暴動」の唐突さについては、未だに不可解な点が多い。当時、一部の新聞などが「意固地に靖国参拝をする小泉のせいだ」などと書き立て、中国側は「市民の自発的なもの」と嘯いていた。だが、中国には反体制闘争以外に自発的な政治運動など存在しない。それは誰かが何らかの目的でやらせているものだ。中国が異様な反日空気に包まれ出したのは、胡が党中央軍事委主席に選ばれた04年の頃からだ。そして全人代で国家中央軍事委主席に選出されたのが05年の3月。タイミング的には、完全なる三権(党総書記・国家主席・中央軍事委主席)をようやく掌握した直後だった。やはり反日に名を借りて、政敵が胡錦濤を攻撃していたというのが真相ではないだろうか。

その胡錦濤政権が、名実共に真のガバナーとしての権威を確立したことを内外へ示す絶好のデモンストレーションとなったのが、06年9月の陳良宇の解任劇だ。上海市党委書記にして中央政治局委員の陳は、江沢民の部下であり、上海閥の後継者だった。汚職撲滅の大義名分を掲げ、その陳を逮捕したことで、それまで水面下で続いていた胡錦濤閥と上海閥との権力闘争に一応の決着がつき、上海閥は「お家断絶」かと思われた。だが、上海市の後継者は団派ではなく、両派の妥協の産物とも、上海閥が担ぎ上げたとも言われる人物に決まった。それが習近平である。

上海閥に対して団派が優位に立った途端、中国の対日姿勢が豹変した。同じ06年9月、安倍政権が発足する。安倍総理はすぐに中国を訪問した。中国は党の中央委員会総会初日に日本の総理を迎える形になった。これは日中関係重視の姿勢を内外に深く心象付ける形となった。国交樹立後最悪と称された小泉時代とは打って変わり、日中関係は急速に改善へと向かう。翌年には温家宝首相が来日し、日中は「戦略的互恵関係」の構築で一致をみた。

中国はこの関係を通して「平和共存・代々友好・互恵協力・共同発展の目標を実現する」と謳った。これを「16字の方針」と呼ぶそうだが、かつての胡耀邦の「四原則」の再来を思わせる。事実、中国側としては「親日派胡耀邦の再来」を印象付け、「また当時のような日中蜜月時代を築きましょう」という意味を込めたのだろう。だが、この胡錦濤政権の並々ならぬ意気込みは、政財界のレベルはともかく、国民レベルでは完全に空振りに終わった。大半の日本人はもはや中国を信用しておらず、「ついこの前まで過激な反日だったのに、いきなり日本に擦り寄ってきた」と気味悪がった。「日中友好熱烈歓迎」は昔日の話で、来日した温家宝首相にも非常に冷ややかな反応だった。だが、温氏は本気だったと私は見ている。

07年の第17回共産党大会で胡錦濤政権は二期目に入った。依然として微妙なバランスであった。江沢民の腹心である呉邦国・賈慶林・李長春の3名が政治局常務委員に留まり、新メンバーとして上海市党委書記の習近平も加わった。一方、胡錦濤側も自らの後継者として共青団出身の若手ホープである李克強をメンバーに引き入れた。次期政権では二人の権力闘争が予想されよう。これらの新陣容は妥協の産物であり、上海閥の影響が今なお完全に払拭されていないことを証明するものだった。

その後に、毒入り餃子事件、北京オリンピック、上海万博などがあり、日中関係がギクシャクする場面もあった。しかし、胡錦濤政権は、日本留学組を党内で出世させ、それまで共産党の功績にしてきた公共事業などが日本の援助であった事実なども人民に知らせるようにした。これは「日本悪魔化政策」を推進した江沢民時代には考えられなかった行為である。中国は依然としてチベットやウイグルに圧政を敷き、国内の言論の自由を統制している。ただ、毛沢東以来の歴代政権の中では、少なくとも対外的にはもっとも非暴力的な政権だった。むろん、アフリカに対する経済植民地主義的な手法や独裁・人権弾圧の手助けなどが批判されており、事実、正当化できないが、一方で現地の建設発展の支援になっているケースもあり、もう少し総体的で公平な評価が必要だと思う。

中国共産党は今、漸進的な民主化を目指す集団と、あくまで独裁や特権を維持したい集団とに、大きなレベルで分裂している。これは互いに相容れない思想的・路線的な対立であり、改革派と既得権益層の争いという側面もある。独裁政治と政治弾圧を続けてきた胡錦濤・温家宝が前者の側であるという見方に対して、大半の人は反発や抵抗を覚えるかもしれない。だが、私の理解では、彼らは歴史の大きな流れが民主化であることを自覚し、可能な限り中国をソフトランディングさせようと苦闘してきた。その手法があまりに中国的であり、またファジーで長い時間をかけるものなので、西欧的な価値観では理解されないだけである。それはあくまで中国の歴史や文化に根ざした“民主化”なのだ。

わざわざ反日を助けて協日を挫いた石原・野田氏

以上のように、当初は政敵に囲まれた状態で発足した胡錦濤閥だったが、十年かけてその形勢不利をなんとか逆転させた。そして政権も終幕が近づいた今、その政治改革派のミームをなんとか次代に受け渡そうとしている。彼ら自身も中国の行く末を楽観していない。温家宝が重慶市の薄熙来問題で、人治政治を激しく非難し、このままでは文革の再来になるとまで警鐘を鳴らしたのも、危機感の表れだろう。

だが、共産中国がどうなろうと、後世中国での胡錦濤・温家宝に対する歴史的評価は、清の康熙帝に並び称されるような「名君」であると、私は想像している。散々顔に泥を塗られた日本人的にはとうてい容認できないし、国際社会も人権を尊重しない暴君としか見てないが、あくまで私の知る中国人の歴史観ではそうなる。

一方、この二人に対して、上海閥、軍部、毛沢東主義者などの反改革派・保守反動派は、習近平の下に集結しているようだ。この9月はまだ両派が中央から地方にまたがる新執行部体制の椅子とりゲームをしている最中だ。まさにこの時期に振って沸いたのが、尖閣諸島の問題だった。胡錦濤にしてみれば、逆境の中、十年にわたって少しずつ巻き返しを図ってきた、その大詰めのところである。対して、じわじわと追い込まれつつあった上海閥≒習近平にしてみれば、形勢逆転のカードと映ったに違いない。

9月9日のAPECで野田氏と立ち話をした際、胡錦濤が「国有化したら大変なことになる」と言ったのは、そういう意味だったのだろうと思う。周知の通り、中国の権力闘争は「負けたら社会的に抹殺される」というほど凄まじい。両派とも明確に親日・反日を掲げているわけではないので、「どちらが天下を取ろうと一緒」と見る人もいるだろう。

たしかに、清濁あわせ持ち、二柄を用いるのが中国流なので、親日の中にも反日があり、反日の中にも親日がある。だが、傾向として、やはり胡耀邦のミームを受け継ぐ胡錦濤ら団派は親日的(協日的)であり、江沢民のミームを受け継ぐ上海閥は反日排日的である。どちらかを選べと言われたら、日本人なら前者を選ぶのは当然である。

つまり、このタイミングでの尖閣諸島国有化は、わざわざ反日勢力に政治的得点をくれてやったに等しい。胡錦濤派の十年来の努力を無にし、保守派の巻き返しに手を貸したのだ。おそらく、習近平にしてみれば起死回生のチャンスだったのだろう。「日本を利用して政敵を攻撃する」のは保守派の常套手段である。“愛国青年”がどれだけ暴れまわり、街を破壊しようが、「日本にしてやられた弱腰の胡錦濤」「中国人民の面子を潰し、恥をかかせた胡錦濤」の責任に着せられる。習近平らは、わざわざデモ隊に毛沢東の肖像画を掲げさせて面当てし、「井戸を掘った」松下幸之助の工場を襲撃して赤っ恥をかかせた。

日本からすれば、完全にオウンゴールである。正直、様々な疑問が浮かぶ。次期政権に向けた権力闘争がまだ予断を許さない状況下で、なぜ石原・野田氏は今回のような軽挙に及んだのか。中国の非近代的な政治文化や権力情勢を知らなかったのか。閣僚で諫言できる人物がいなかったのか。思慮を欠いたのか、それとも何らかの「確信犯」なのか。いずれにしても、政治的には日本側の自傷行為であり、利敵行為に近い。

今は石原・野田氏批判を控えるべき

しかし、事ここに至っては、日本人同士で内部闘争をしている時ではない。国内で言い争っている姿を見せ付けることが、分裂しているとの印象を与え、「日本に対して攻勢に転じるチャンスだ」というふうに、相手に錯覚させてしまうのだ。中国の増長を招かないためにも、野田総理をみんなで支持して一枚岩を演じ、逆に強硬姿勢をアピールしつつ妥協点を探るしかない。二人の失政を追及するのは事態が収拾してからにすべきである。

実際、対日諜報活動の拠点である中国大使館から、「石原のせいにしろ」という指示が出ている。そういう世論を作り上げれば、日本人が「石原が悪い→自分たち日本人が悪い→悪化した日中関係を立て直す責任はわれわれにある」と“自虐思考”に陥ることを見越してのことだ。今、国内で石原が悪いと言っている人たちは、手先系か、その言論に影響を受けた人たちが少なくない。私も石原氏は問題が多いと思っているが、今は同胞批判に慎重であるべきだ。

ちなみに、05年の第一次反日暴動の際は、「小泉のせいにしろ」という指示が発せられた。事実、国内では「意固地に靖国参拝をしてアジアの人たちの心を傷つけた小泉氏が悪い」論が溢れた。他方、欧米に対しては、靖国が「邪悪な軍国主義信仰の拠点」であるという印象を広め、欧米メディアが日本を叩いて中国に味方するように仕向けた。今回も似た手法が使われ、国際世論は日本の尖閣諸島領有を戦前の蛮行と結びつけつつある。外務省がカウンター・プロパガンダの役割をほとんど果たしていないので、国際交流基金などの外局をそれ専業に改組し、内外の民間力も結集して当たる必要がある。

ところで、一般には、日本側の対中協力者が金銭や女で篭絡されていると想像する向きもあるが、実際には自主的なエージェントが大半だ。興味深いのは、日中友好の「使命感」や「善意」が利用されていることである。中国大使館員や彼らと繋がりのある中国人有力者が、様々な機会を設けて、日本の政官財およびメディア・文化界の人物と接触し、会食して腹を割って話す。友人知人になったところで、いざ日中の揉め事が起こると、下手に出て「先生、日中友好のためにお願いしますよ」というふうに依頼するのである。だから、ほとんどのエージェントは、自分がエージェントとして利用されている事実に気づいていないケースが多い。日本はこうやって中国の対日謀略の術中に嵌ってきたのである。

中国に誤ったメッセージを送ってしまった野中広務氏

野中広務氏もそんな一人なのかは、私にも分からない。彼は先日、国営のCCTV(中国中央電子台)の画面に現れ、中国に対してこんなふうに懺悔をしたのだ。

「こんな不幸な事件が起きたのは、まったく日本人として恥ずかしい。中国の皆さんに大変申し訳ない。心からお詫びを申し上げる次第です」

またしてもオウンゴールである。なにしろ、「日本の“元老”が、尖閣諸島の国有化が不法であり、関係亀裂の責任が日本側にあることを認めて謝罪した」のだ。内外に対する格好の宣伝材料ではないか。反日首魁側にしてみれば、日本人が次から次へと自爆してくれるので、笑いが止まらないだろう。一般の中国人も額面どおりに受け取る。「ほら見ろ。日本の長老政治家が過ちを認めて謝罪しているじゃないか」と。かくして、領土問題でさらなる強硬姿勢に転じるだろう。その際、この「野中VTR」は以後、中国の正当性の根拠として繰り返し政治宣伝に使われるに違いない。

問題をややこしくするのが、この種の「日中友好の信念に燃える人」だ。おそらく、野中氏的には、「自分はどれだけ国内で罵倒されてもいいから、日中友好のために一身を投げ打つのだ」という信念でもって老体に鞭打ったつもりなのだろう。だが、彼は殉教者としての自己犠牲に陶酔している己の心理に気づいていない。

野中氏は、言ってみれば、感情や情緒の政治家だ。それは本当に助けを必要としている弱者に対しては、極めて有効に違いない。ところが、他人の善意を利用してやろうという底意の持ち主には、まったく逆効果になる。詐欺師に金をくれてやる人間を、ただの馬鹿という。中国共産党はジャン・ヴァルジャンではないのだ。この種の知性なき、しかも自己陶酔的な善意が、どれだけはた迷惑か、アジア全体に悪影響を及ぼすのか、野中氏には想像できないのだ。たとえば、同時進行の南沙諸島の問題はどうなるのか。強盗にお墨付きを与えたことで、中国はさらに周辺諸国に対して横暴に振舞うだろう。

一国の政府が使嗾した今回の反日暴動を内心で恥じている中国人も少なくない。疑問をもって調べていくうちに、尖閣諸島が日本のものであるという真実に気づく人もいる。「正義と真実を同胞に伝えよう」と考える人もいる。野中氏はそういう人たちの立つ瀬をも無くしたのだ。彼の行為は、結果的に悪を利し、同胞を危険にさらし、アジア地域での紛争を激化させるものだ。「良かれと思ってやった」で済まされるのは一民間人であって、政治家ならば結果に対して責任をとらねばならない。

ちなみに、加藤紘一氏や河野洋平氏も招かれて訪中した。日本の政治家としてまずしなければならないことは、われわれの受けた被害に対する厳重な抗議であり、補償を要求することである。「奴隷の日中友好」は不要だ。だが、その責務を果たしたという情報が少しも伝わってこない。これは確実に中国側の増長と軽侮を招くだろう。野中・加藤・河野氏の三名は、政治家として日本人の生命や財産を預かり、国益を代表しているという意識がないのなら、即座に辞任してこれまでの給与を弁済すべきである。ましてや加害者側の政治宣伝に手を貸すようでは、何らかの社会的制裁も必要ではないだろうか。

いずれにしても、まさに胡錦濤政権の大詰めという段階で、愚かにも日本側が二度もオウンゴールをやってしまった。これは次期保守反動政権の強化に手を貸したも同じだ。おそらく、状況はいったん落ち着くと思う。しかし、中国の内部矛盾が激化するや、習政権自ら必ず日本を外敵に仕立て上げ、人民の怨嗟の矛先を反らせるという、安直な、だが効果的な政治手法を使ってくるだろう。その時、失点のツケが高かったことが分かるのだ。

(以下蛇足)

今回の「第二次反日暴動」は、泣き寝入りせずに、せめて外交カードとして回収すべきだ。以下のようなロジックが使える。

「2005年の第一次反日暴動の際、われわれは多大な被害を受けたが、日中友好の大局に立って許した。その代わり、二度とないよう厳重に申し入れた。しかし、中国側は反省せずに、またも同じ過ちを繰り返した。これは文明国にあるまじき所業だ。われわれは二度も許すわけにはいかない。今回は中国側にも国際社会のルールに則ってもらう」

こうして、粘り強く謝罪と賠償を要求する。中国側は当然「過去の清算」云々と逆ギレするだろうが、「それはまた別の問題だ」の一点張りで一顧だにする必要はない。「すべての責任は中国側にある。われわれと関係を改善したいのであれば、中国はまず自らの行為について謝罪せよ」と、相手が根をあげるくらい執拗に謝罪と賠償を要求し続ける。今後同様の侮日外交の再発を防止し、中国進出企業の安全を確保するためにも必要な措置ではないだろうか。

2012年09月29日「アゴラ」掲載

(付記:この記事は、今読み返せば、ずいぶんと中国に対して甘い部分もあり、また、自分でも賛成できない部分がありますが、「この種の知性なき、しかも自己陶酔的な善意が、どれだけはた迷惑か、アジア全体に悪影響を及ぼすのか、野中氏には想像できないのだ。たとえば、同時進行の南沙諸島の問題はどうなるのか。強盗にお墨付きを与えたことで、中国はさらに周辺諸国に対して横暴に振舞うだろう。」という点は、本当に的中しました。どうやら、日本の民主党政権と野中氏たちは、チェンバレンの対独宥和政策と同じ轍を踏んだようです)

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