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空海や玄奘が決死の覚悟で求めたものが簡単に手に入る時代にあって、かえって人はその価値や有り難味が分からなくなっている

さて、前回の続きです。

空海と真言密教
さて、前回、空海(774年~835年)を“探偵”にした風変わりな映画を紹介しましたが、そもそも空海が仏教を学びに唐に行った史実はよく知られています。 学校では、平安仏教の二大開祖として、次のように習います。 空海・・・真言宗の開...

空海は唐から膨大な経典などを日本に持ち帰りました。

唐から空海が持ち帰ったものは『請来目録』によれば、多数の経典類(新訳の経論など216部461巻)、両部大曼荼羅、祖師図、密教法具、阿闍梨付属物など膨大なものである。当然、この目録に載っていない私的なものも別に数多くあったと考えられている。

「未だ学ばざるを学び、〜聞かざるを聞く」(『請来目録』)、空海が請来したのは密教を含めた最新の文化体系であった。

興味深いのは空海がサンスクリットの仏教原典を入手していることです。



四大訳経家・・玄奘、鳩摩羅什、真諦と不空金剛

当時、中国はすでにインド文明圏と交流があったんですね。

空海さんの2世紀前には玄奘(げんじょう)がいました。

『西遊記』でおなじみの三蔵法師(のモデルとなった人)です。

(三蔵法師とは?・・・仏教の経蔵・律蔵・論蔵の三蔵に精通した僧侶(法師)のこと。また転じて訳経僧を指していうようになった。単に「三蔵」と呼ぶこともある。)

玄奘(602年 – 664年3月7日)は、唐代の中国の訳経僧。玄奘は戒名であり、俗名は陳褘(チンイ)。諡は大遍覚[1]で、尊称は法師、三蔵など。鳩摩羅什と共に二大訳聖、あるいは真諦不空金剛を含めて四大訳経家とも呼ばれる。

629年に陸路でインドに向かい、巡礼や仏教研究を行って645年に経典657部や仏像などを持って帰還。以後、翻訳作業で従来の誤りを正し、法相宗の開祖となった。

また、インドへの旅を地誌『大唐西域記』として著し、これが後に伝奇小説『西遊記』の基ともなった。(略)

不空さんは前回登場しました。空海の師の師です。

鳩摩羅什(くまらじゅう、クマーラジーヴァ)さんも有名。

インドの貴族を父に持ち、亀茲国(現ウイグル自治区)出身の西域僧で、後秦の時代に長安に来て約300巻の仏典を漢訳し、仏教普及に貢献した訳経僧、という。

以下は私も全然知らなかった。

真諦(しんだい、パラマールタ)はインド僧で、扶南国にいた所を梁の武帝に招かれ、以後経典の翻訳にたずさわる。大乗仏教の中でも瑜伽行唯識学派(ゆがぎょうゆいしきがく、大乗仏教の学派のひとつで、唯識の教学を唱導した学派)を伝えた、という。

瑜伽とはヨガのことで、同学派はヨガの実践の中に唯識の体験を得、教理にまとめたもの。とりあえず心(識)だけは仮に存在すると考え、だという。

この小難しい理屈・・・もう頭がおかしくなりますね(笑)。

ちなみに、玄奘の4世紀前には法顕(ほっけん)という僧侶がいて、インドに到達してセイロン島まで行き、仏教戒律の原典を求めました。

要するに、本場インドの仏教を漢訳し、その真髄を伝えた人ということ。

空海たちが入唐した頃には、そういった翻訳作業は一段落していたんですね。

玄奘の大冒険

さて、空海たちは決死の覚悟をして唐に渡りましたが、玄奘もまたそれに負けないくらいの覚悟で天竺を目指した人でした。

玄奘は、仏典の研究には原典に拠るべきであると考え、また、仏跡の巡礼を志し、貞観3年(629年)、隋王朝に変わって新しく成立した唐王朝に出国の許可を求めた。

しかし、当時は唐王朝が成立して間もない時期で、国内の情勢が不安定だった事情から出国の許可が下りなかったため、玄奘は国禁を犯して密かに出国、役人の監視を逃れながら河西回廊を経て高昌に至った。

出典:東京大学仏教青年会 http://todaibussei.or.jp/izanai/izanai_index.html

高昌王である麴文泰は、熱心な仏教徒であったことも手伝い、玄奘を金銭面で援助した。玄奘は西域の商人らに混じって天山南路の途中から峠を越えて天山北路へと渡るルートを辿って中央アジアの旅を続け、ヒンドゥークシュ山脈を越えてインドに至った。

ナーランダ大学では戒賢に師事して唯識を学び、また各地の仏跡を巡拝した。ヴァルダナ朝の王ハルシャ・ヴァルダナの保護を受け、ハルシャ王へも進講している。

こうして学問を修めた後、西域南道を経て帰国の途につき、出国から16年を経た貞観19年1月(645年)に、657部の経典を長安に持ち帰った。幸い、玄奘が帰国した時には唐の情勢は大きく変わっており、時の皇帝・太宗も玄奘の業績を高く評価したので、16年前の密出国の件について玄奘が罪を問われることはなかった。

(略)帰国した玄奘は、持ち帰った膨大な経典の翻訳に余生の全てを捧げた。太宗の勅命により、玄奘は貞観19年(645年)2月6日から弘福寺の翻経院で翻訳事業を開始した。この事業の拠点は後に大慈恩寺に移った。さらに、持ち帰った経典や仏像などを保存する建物の建設を次の皇帝・高宗に進言し、652年、大慈恩寺に大雁塔が建立された。

上の地図を見ても分かるように、玄奘は凄まじい距離を踏破しました。ヒマラヤ山脈を越えて、インド中を旅して回った。

そして、16年もの歳月をかけて、たくさんの経典を持ち帰ったわけです。

凄まじい情熱です。何千キロもの砂漠を越え、数千メートルの大山脈を越え、インドの東西の海岸から南方の亜熱帯地域に至るまで、ひたすら真理を探して回る・・。

これこそ真の冒険です。今の私たちはグーグルアースやストリートビューで居ながらにして地球の隅々まで見ることができますが、その代わり冒険を失ってしまった。

だから、『西遊記』になるほどだったんですね。

ちなみに、大雁塔は今でも西安市郊外にあります。ただし、唐の時代に建立されたと聞いていたので、てっきり玄奘の時代のものかと早合点していたのですが、ウィキペディアによると、今ある7層のレンガ(磚)作りの大雁塔は創建時代のものではなく、長安年間(701~705年)の武則天の時代に建て直されたものということです。その後も度々改修されていますが、それでも世界遺産になるほど十分古いものです。

空海や玄奘が求めたもの――はるか天竺で説かれた霊的知識

ところで、空海や玄奘がそれほどまでして手に入れようとしたものこそ「霊的な真理」でした。人を人たらしめるもの。生きる上でもっとも大切な知識。生涯にわたって人の指針となるもの・・・それこそが人間にとってもっとも重要な知識です。

昔の人々はそのことを直感的に分かっていました。

欧米を含めた世界の大半では、信仰というのは「人間としての根っこの部分を形成するもの」と考えられているようです。だから、その部分で価値観を共有しているか否かというのが非常に重要になる。『文明の衝突』という予言的な著作を書いたハンチントン教授は、文明を構成するもっとも根本的な要素として「宗教・信仰」を挙げています。

当時、中国や日本は仏教を国の礎に定めました。

インドもマウリア朝の全盛期であるアショーカ王の時代には仏教が国教でした。

ただ、仏教とヒンドゥ教はたいした違いはないんですね。

というより、私はヒンドゥ教の一派が仏教であり、もっといえばヒンドゥ教の概念に包含されるものというふうに勝手に考えています。

なぜなら、ブッダが生きていた時代に近いほどブッダの教え(=仏教)をよく残していると思われますが、その頃の仏教経典はヒンドゥ教によく似ている。

ブッダは延々と「どうしたら解脱できるか」ということを説いています。解脱とは、輪廻転生の宿命から脱してもはやこの世に再生しなくなる、ということです。

つまり、仏教の根本はヒンドゥ教と同じなのです。

こうした教えは、もともとはインドの平易な言葉で記されていましたが、中国に伝わり、漢字に翻訳されたことで、異常にとっつきにくいものに変質してしまいました。

難しい漢字を使えば使うほど難易度が増し、学問度が上がり、なぜか知識階級としての僧侶の地位も高まって、また庶民もなぜかありがたがる、という寸法です。

あんな漢字ばかりの文章が読めるかちゅーの。

この地上で最高水準の霊的知識が記されている4冊の本

しかし、今では万人に広く開かれています。しかも、すぐ手に届くところにある。

とりあえず、私は22冊の本を紹介しています。

人間にとって本当に重要な知識、すなわち、何を差し置いても真っ先に学ぶべきこととは、いったい何でしょうか。私は「時空を超えた普遍的真理」だと思います。それは「霊的知識」と言い換えることもできます。人間の本質、この世界の実相、創造主と人との関係

しかしながら、これではどこから手をつけたらよいのか分かりにくいと思います。

そこで、まず「古代の英知の代表」として、次の二冊を推奨します。

『ブッダのことば』

『バガヴァッド・ギーター』

要するに仏教とヒンドゥ教ですね。
次に「近現代の英知の代表」として、次の二冊を推奨します。

『すべてはブラフマンなり』

『あるヨギの自叙伝』

この四冊さえ読めば十分であると断言していいと思います。

あえて今昔のものを混ぜたのは、霊的真理は時空を超えた真理であり、永遠に古くならないということを示すためでもあります。

霊的真理は一億年前も一億年後も銀河の反対側でも真理であり続けるのです。

ブッダさんとサイババさんは同じことを言っています。サイババさんの著作は立派な聖典であると思います。実際、このレベルのものは類を見ない。

いろいろな宗教を経験するのもいいですし、私は必ずしも新興宗教やスピリチュアリズムを否定しません。部分的には素晴らしい真理が含まれていることも事実です。

しかし、その前に、真理はとっくの昔から繰り返し説かれており、それは永遠に古くならないという真実を知ることも大事かと思われます。

サイババさんとヨガナンダさんの著作は平易な言葉で記されながらも、なおかつ深遠な英知に満ちています。何度読んでも新たな発見があります。

しかも、あれこれ探し回らなくとも、すぐそこに、手の届くところにあります。

新たな社会の根本には霊的知識がなければならない

たぶん、私がアフィリエイト目当てでこういう記事を書いているのだろうと思う人もいるかもしれない。それは「ゲスの勘ぐり」と言っておきます。

そう思う人は、自分の内面を他者に投影しているだけに過ぎません。つまり、本当は自分自身がそういう人間ということを告白しているも同じです。

というもの、本が1冊売れても、アフィリエイトとして私に入ってくるのはせいぜい2~30円なんですね。で、記事で紹介しても売れるのはせいぜい数冊程度。

つまり、100円、200円の小銭と引き換えに、アホだの、キチガイだのといった偏見や評判を持たれかねないリスクを背負うわけです。

とくに、私みたいに実名だと、確実に、100%、リスクをとる格好になる。

割に合わないことだらけで、仮に商売だとしたら、宇宙一馬鹿な商売だろう。

つまり、小銭収入目当てで本を紹介しているわけではない、ということです。

実際には、メリットよりも、はるかにデメリットのほうが多いわけです。

しかし、キチガイだと思われることを覚悟の上で、やらねばならないことがある。

世の中には「志」というものがまったく理解できない者がいて、自分が常に金銭欲で動く人間であるばかりに、つい他人もそうに違いないと思いこむ者がいます。

新しい時代に移行するには、どうしても超テクノロジーと霊的知識とのバランスが取れていなければならない。また、大掛かりな洗脳から脱するためにも必要である。

おそらく、世界支配層の学者集団は、カバラ(ユダヤ教神秘思想)と哲学的錬金術を体得していて、そこから人心操作科学の体系を編み出し、悪用している。

いわゆる、イルミナティです。彼らは金融や軍事以上に、教育、メディア、娯楽、広告、流行、新宗教などを通して、価値観や理念面から私たちを支配している。

こういう話をするとキチガイだと思われることを私は自分で承知している(笑)。

カバリストたちの傑作の一つが唯物論の普及。死んだら存在は終わり。ナッシング。神様なんかいない・・というふうに神霊哲学を抹殺すると人間が動物に堕落することを彼らはよく知っている。知能が高いだけで、実際は偽善者の権化になってしまう。

今では学問の頂点の部分から唯物論的世界観に毒されています。肉体が人間の存在の本質であるとの“近代的”概念は、遺伝子編集などの技術の暴走を招くかもしれません。

なぜ洋の東西を問わず人類は信仰を社会の根幹に据えてきたのか。なぜ空海や玄奘が死ぬ思いをしてまで霊的真理を求めたのか。人類とその社会にとって何よりも大切なものだからです。超科学と霊的真理の融合した社会こそ、次の時代の標準でしょう。

その域に脱しない限り、自滅の瀬戸際まで行きそうな気がしないでもない・・。