高レベル放射性廃棄物の根本的解決法としての地球外投棄

オピニオン・提言系
ANNnews「核のごみ」海底埋設を検討へ 陸地めど立たず(16/01/26)




これから原発を維持するにしても、廃止していくにしても、どちらにせよ必要不可欠なのが高レベル放射性廃棄物の最終処分である。現在、地下300メートル以下に隔離することが法律で定められているが、場所の選定が進んでいない。たしかに、危険な物体が地下に埋まっているという事実は人々の不安を掻き立てる。受け入れ候補地が現れないため、日米でモンゴルに建設しようという話もあったが、援助と引き換えに貧しい国に厄介なゴミを押し付ける行為は道徳的にも許されないし、われわれ自身を辱める行為である。

そもそも「最終処分法が本当に地下埋設でよいのか」という疑問がある。仮に国内で処分場が決まったとしても、無害化する技術が確立されるまで、何千もしくは何万年にもわたって子孫にツケを回すことになる。現実に日本はこれから廃炉ラッシュを迎えていく。ごく小規模な東海原発の廃炉解体費でも927億円だった。その後には、処分場の管理運営が続く。おそらく、経験の蓄積や技術の改良によって、廃炉解体費のほうはかなり圧縮可能だろう。

だが、処分場が永続する限り、管理コストもまた永続する。すると、それを永遠の税負担とするか、あくまで稼動中の原発から経費として引っ張ってくるかという問題が生じる。どちらにせよ国民負担なわけだが、後者の選択ならば、原発を続けるほかなく、それがまた処分場を増やし続けることになる。

まるで終わりのないゲームである。

このように、発電に伴って必然的に生ずるゴミをうまく処理できないという現実は、倫理的・コスト的な問題となってわれわれに跳ね返ってくる。地球環境に悪影響を及ぼさない形でこの矛盾を解決できない限り、今の原発はシステムとして欠陥があると評されても仕方がない。今とは根本的に異なった最終処分法を確立する必要がある。

本質的な解決法は二つしかないと思う。一つは今言ったように無害化。「加速器駆動未臨界炉」で核変換するといった方法がある。だが、今のところ実用化の目処が立っていない。もう一つは「地球外投棄」だ。これは「宇宙処分法」ともいい、もともと検討対象の一つだった。だが、ロケットを打ち上げる方法では、1kgを持ち上げるのに数千万円かかり、失敗時のリスクも高い。それゆえ、宇宙処分法は経済性やリスクの観点から見送られていた。

だが、近年になって、NASAをはじめとして「宇宙エレベータ」の建設が真剣に検討されるようになり、後者の方法は必ずしも画餅ではなくなった。

宇宙エレベータの詳細については、ウィキペディアの解説である「軌道エレベータ」や、一般社団法人「宇宙エレベータ協会」を覗いてもらったほうが早い。最近では大林組が2050年度の建設構想を発表している。昔からゼネコンは自社広告の一環としてこの種の壮大な計画をぶち上げ、あとは知らんふりをしてきたが、『季刊大林』では実に細かいところまで丁寧に検討され、とても感心した。

要は、静止軌道上のステーションと地上とをケーブル(実際はリボンのようなもの)で結び、それをレール代わりにしてクライマー(昇降機)を行き来させる交通機関である。従来はケーブルの自重、またそれと地球の自転による遠心力との間に生まれる猛烈な引っ張り強度に耐えられる素材がなかった。それゆえ空想の域を出なかった。ところが、「カーボンナノチューブ」の発見・製造法の確立により、一挙に可能性が高まった。仮にこれが実現すると、宇宙へのアクセスが格段に容易になる(この場合の「容易」の定義は、「現在の航空産業のように人・モノが安全かつ廉価に宇宙へと輸送できること」だ)。

この方法ならば、1kgを持ち上げるのに必要な費用が数千円にまで激減するかもしれない。当然、放射性廃棄物の宇宙処分法も実現する。むろん、万一の際、容器が大気圏で燃え尽きないようにする、海に浮かぶといった、安全対策は別途必要だろう。廃棄物を月面に埋め立てても問題はないかもしれないが、隕石の衝突などで万一飛散してしまったら厄介だ。太陽を「巨大な焼却炉」として利用するのがより優れた、後腐れのない解決法だろう。

つまり、宇宙ステーションまでブツを持ち上げたあと、無人ロケットに積み替えて、太陽に突っ込ませるのだ(このアイデアは昔から言われていることで、別に私の独創ではない)。今の原発システムは「総コスト不明」だが、この太陽焼却処分をもって終わりとすれば、経費上の終着点も見え、廃棄物関連の倫理問題も引き起こさない。

もし私が首相だったら、将来の「地球外投棄」を明言し、かつ可能になり次第実行することを法律に明記することで、放射性廃棄物とその蓄積に対する人々の不安の解消に努める。また、地層処分はあくまで「一時的な地中保管=仮置き」に過ぎないと国民に断った上で、「将来的に宇宙へのアクセスが容易になれば、宇宙の彼方なり太陽なりに投棄します」というふうに公約し、堂々、宇宙エレベータ計画に着手する。そうすれば、地下処分場の建設を受け入れてくれる自治体も現れるかもしれない。

結局、今の最終処分法が破綻している以上、この「宇宙処分法」を確立する以外に、解決の道はないのではないか。これは決して政治的なエクスキューズではなく、人類の技術進歩の速度から考えて将来的に十分に可能なストーリーである。しかも、世界に先駆けて日本が確立すべきだ。なぜなら、単に高レベル放射性廃棄物問題を解決するだけでなく、莫大な先行者利益があるからだ。おそらく、これによって複数の関連産業が勃興し、リターンは何十倍にもなるだろう。わざわい転じて福となすというが、厄介な放射性廃棄物の問題を奇貨として、結果的に何十倍もの巨大なビジネスがスピンオフするわけだ。

大林組の計画は2050年を想定しているが、20年前倒しすればいい。しかも、国策として勧めるべきだ。そうすれば、欧米との彼我の差を一気に逆転でき、われわれの世代で宇宙への大量進出の切符を手にできるかもしれない。宇宙には無限の資源とエネルギー、そして開拓すべきフロンティアがある。

むろん、実現への道のりは険しいに違いない。だが、「そんなことは不可能だ」と思い込み、何もしなければ、ただの夢で終わることも事実だ。我ながらクサイ台詞だが、大事なことは夢に向かって前進することだ。

だいたい、もはや常識的な方法では、今日の日本の閉塞状態を打破することはできない。将来の年金の金勘定ばかりしていて(むろん、大事な問題だが)、国家国民として何か新しいことにチャレンジしないと、日本人はこのまま腐ってしまうのではないか。「東京オリンピックよ、もう一度」などといった、過去の栄光にすがる後ろ向きの夢よりも、この宇宙エレベータ建設のほうがよほど国民を鼓舞すると思うのは私だけだろうか。

2012年03月13日「アゴラ」掲載

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