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未遂に終わったある外交戦略(後半)

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(以下、本文後半)

なぜ戦後賠償を行うことが日本の「国益」なのか

では、そもそもなぜわれわれがこの期に及んで中国に対する戦争賠償を実行しなくてはならないのか?

一言でいうなら、国益に寄与する所が大だからである。それを以下に説明していく。

72年9月、時の総理大臣田中角栄と中国の国務院総理周恩来との間で、「日中共同声明」が署名された。これには、以下の歴史的ともいえる第5条が含まれていた。

「中華人民共和国は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する」

今から考えれば、戦後日本外交の最大の過ちの一つが、上記一項を両国合意事項として取り上げたことだった。なぜならば、これによって日中双方が久しく「過去の亡霊」に憑依されることになったからである。

旧日本軍の侵略によって多大な犠牲を被った中国側としては、戦争賠償を形の上では放棄したとはいえ、やはり本音では承服し難いものがあり、結局のところ日本から何らの援助・譲歩を譲り受けて当然だという意識が、対日政策に常に反映されることになってしまった。

一方の日本側としても、過去の贖罪意識に呪縛されることになり、中国側にできるだけ援助・譲歩しなければならないという義務感のようなものが、対中政策の根底に常に巣くうことになってしまった。

このようにして、日本と中国は、対等かつ正常な関係ではありえなくなってしまったのである。そして、このような日中関係をうまく利用したのが、毛沢東と周恩来亡き後に中国共産党指導部に返り咲いた鄧小平である。鄧小平の改革開放経済政策は、国内産業の重工業化とインフラ整備のために、莫大な資金と進んだ技術を必要とした。彼は、これを日本から調達したのである。

日本は、“徳を以って怨みに報いる”精神で戦争賠償を放棄して下さった“恩人”の頼みということで、中国に対して極めて好意的に資金を貸し与え、技術を供与した。こうして、現在までに日本は、寛大にも、輸出入銀行融資とODA供与を併せて約600億ドルもの大金を中国に貸し与えることになった。

しかし、一方の中国共産党は、国民に対して、78年以降の急激な自国の経済発展を「すべては党の指導による恩恵」であるとして宣伝し、日本の貢献は完全に隠しとおした。そればかりか、文化大革命によって生じた党に対する人民の怨嗟の矛先を避けるために、「日本軍国主義」なるものを公教育とメディアを使って積極的に喧伝するようになった。

一般に中国共産党は、この「戦争賠償の請求の放棄」という事実を、以下に記す三つの主な方法を通して最大限、政治的に利用している。

第一に、対日外交カードとしてである。これについては、現にわれわれは中国から「頭を抑えられて」いる状態にあり、今さら説明の要はないだろう。

第二に、内政政策においてである。「侵略しながら反省しない日本」という像は、人民の体制に対する不満・憤りを反らせるための、絶好の避雷針であり身代わりである。この「日本悪魔像」が、天安門事件以降にとくに強化されたことは、在日中国人研究者による調査でも明らかになっている。

第三に、これは意外と認識されていないが、対欧米カードとしてである。欧米各国にあるダミー団体や協力者を通して、「残虐な侵略戦争を行いながら、何ら被害者に補償をしない無責任な日本」像を声高に世論に訴えることで、「被害者としての中国」像をアピールする。また同時に、日本に対する欧米社会の憎しみや道徳的嫌悪感を駆り立てることで、相対的に中国の人権問題などに対する関心から目を反らせることができる。アメリカでチベット問題に対する批判がかつてなく激化した時期に、歴史にまったくの素人である女性が唐突に南京大虐殺をテーマとした本を発表したことなど、その典型であろう。またこれは「日米分断の計」としても有効な策である(もっとも同じ問題を、アメリカは「日中分断の計」として利用している。要するに日本は両国からしてやられている)。

以上のような政治手法によって、わが国は、日中二国間関係において外交的に手かせ足かせをはめられてしまったに留まらず、よもや国際社会における評判においても地に貶められてしまったのである。「道徳的に無責任な日本」像という固定観念は、欧米知識社会において思いのほか強く、それがメディアの主張にも常に反映され、かくて世界各国で歪んだ日本像が拡大再生産されるという悪循環を生んでいる。

はたして、このような状況をいつまでも放置していてよいのであろうか? 日本政府の「外交不在」は今に始まったことではないが、すでに国際社会から不信の目で見られ、人心掌握の時点でつまずいている日本が、今後、何らかのリーダーシップを発揮したり、諸国を唱導したりすることができるだろうか?

いや、そもそも道義的なレベルで、日本が中国ないしはその被害人民に対して永久に賠償しなくてよいなどということ許されるだろうか? あるいは、将来にわたって日本の次世代に道徳的負債を負わせ続けるということが、長期的観点からの国益にかなうことなのだろうか?

以上のような諸々の事情を熟慮した末、私は、「72年の日中共同声明で日本に対する戦争賠償の請求はすでに放棄されている」という原則論にこだわる従来の硬直的国家姿勢は、「国益を損なうものである」と判断し、よって「可及的速やかに中国に対して戦争賠償を行うことが、わが国にとって道義的にも国家戦略上も有益な決断である」と結論するに至ったのである。

これを実行することによってのみ、われわれは中国が現に行っている「三つの謀略=対日カード」を封じることができると同時に、自らと自らの未来の世代を道徳的に救うことができるのである。

胡錦濤に飲ませるべき7つの条件

むろん、これを実行にするに際して、新規の税金や国債発行をもって行うというのは、今日の財政状況に照らし合わせて、いかにも空想的との感をぬぐえない。あくまで現実性を第一とした場合、現在わが国が中国に対して貸し付けている約600億ドルに達する債権を戦争賠償の全額として充当し、棒引きするのが、唯一もっとも理にかなった手段と考えざるをえない。

たしかに、他国に供与したそのような巨額借款を棒引きするというのは、大変な政治決断である。しかし、それによって得られる戦略的利益に比較した場合、決断に迷うにしては案外安い金額かもしれない。

ちなみに、約600億ドルの対中借款とは、ODA(政府開発援助)と旧日本輸出入銀行による低利融資の総額である。これを帳消しにするということは、対外純資産を減らし、特殊法人の債務残高に若干の不良債権を積み増しすることを意味する。

それに付け加えるなら、将来にわたって共産党政権が安定し、これらの貸付金が本当に全額きっちり返済されるのかというと、疑問である。実際のところ、現在の共産党政権は極度の構造的汚職状態に陥っており、都市部と農村との貧富の差も絶望的なほどに拡大している。また、反体制的な宗教グループが人民の支持をえて蔓延し、リストラされた国営企業の労働者が巨大なデモに打って出始めている。歴史的観点から言えば、現在の共産中国が「王朝末期」にあたることは確実であろう。

つまり、「どうせ何らかの政治的争乱によってうやむやの内に踏み倒されるかもしれない金なのだから、こちらから先手を打って戦略的に放棄する方が賢いやり方ではないか」ということも言えるわけである。要するに「死に金」になる前に「生き金」として活用しようという魂胆である。

むろん「ただ単に放棄しておしまい」では、お人よしの馬鹿である。これを「カード」として、わが国を利するための条件を中国側に厳しく注文することが不可欠である。そして実際に胡錦濤は、よほど手前勝手な要求でない限り、日本側がつけた条件を飲むだろう。いや、国内の権力闘争に勝たねばならない立場上、飲まざるをえないに違いない。彼に選択の余地はない。少なくとも、上に挙げた中国側の「三つのカード」を封じることは、必要最低限である。

第一については、賠償実行と同時に即解決だろう。日中間の「貸し借り」はもうなしだから、「日本はわが国に借りがあるはずだ」などという脅しは、もはや通用しない。第二については、中国国内に日本人による「監察委員会」を設置して監視体制をつくる必要がある。後述するが、中国側が違反すれば、われわれが即座に胡錦濤の面子を潰して政治的に揺さぶりをかけることができるような手を、事前に打っておくべきだ。

第三については少々やっかいだ。われわれが当初、「中国人市民団体がアメリカやヨーロッパで行っている反日宣伝活動をやめさせよ」と要求しても、当然ながら中国側は、「それは民間人が勝手にやっていることで政府は関知しておりません」と、木で鼻をくくったような対応をしてくるだろう。しかし、その時は堂々と「では賠償を実行するという話は、ご破算にします」と言えばいい。すると彼らはあわてて「分かりました」と返事するだろう。おそらく、海外で反日宣伝を行っている中国人市民団体の中には、共産党が裏で操っているものもあるが、実際に無関係なものもあるに違いない。だが、そんなことはわれわれの知ったことではない。この際、中国政府から圧力をかけさせて潰してしまわなくてはならない。とくに西海岸あたりで年中行事のごとく反日活動している市民団体は、解散させなくてはならない。

以上、この三つの条件は最低限だ。これらを相手に飲ませて初めてわれわれは「中国の対日謀略を打ち破った」と胸を張れるのである。

むろん、上記は当たり前のことで、取るに足らない。われわれは600億ドルもの債権を放棄するのだから、もっともっと中国側に要求を飲ませなくてはならない。

第四に、棒引きの分の約600億ドルには「個人補償も含む」ということを条文の上で明確化しなければならない。この条件は絶対に譲ってはならない。

現在、中国では「民間戦後補償問題」というのが頻繁にクローズアップされ、かつ共産党自身も「72年に放棄した戦争賠償は国家のそれのみであり、民間のそれは放棄していない」という姿勢を明確化している。主に強制労働・遺棄化学兵器・慰安婦などの問題で、中国人被害者たちによる、わが国政府や企業に対する訴訟も相次いでいる。02年4月には、福岡地裁が三井鉱山に対して損害賠償の支払いを命じ、鹿島やハザマといったゼネコンも苦境に立たされている。

われわれは、このような、わが国および日本企業を対象にした、中国人個人や市民団体による無制限な訴訟を、この際、未来永劫にわたって防止する手を打っておかなくてはならない。そして、唯一この条件を飲ませることによってのみ、それが可能となるのだ。この民間戦後補償問題は、日中間に横たわる地雷原であり、われわれはこの問題を軽視してはならない。われわれには、「犯罪者の子孫」という汚名が着せられようとしている日本の次世代を救う義務がある。

この条件の成立によって、今後、彼らが何らかの形で補償を求める場合、すべて中国政府が責任をもって対処しなければならない、という形になる。つまり、中国政府自らが補償の受け付け窓口にあたり、被害額の算定から実際の補償金支給まで実務にあたるということである。これは一方で、すでに高齢化しつつある被害者により素早く補償を行うという観点からしても、遅々とした日本の行政手続きより優れた手法であると言える。この措置を講ずることによって初めて、われわれは、中国人の戦争被害者たちが日本の裁判所で訴訟を起こすたびに感じてきた、後味の悪い、後ろめたい気持ちから自らを解放し、救うことができるのである。

第五に、新規のODA供与は、今後禁止しなくてはならない。昨今の中国の経済発展および異常な軍事力増強を考えると、これは論を待たない。だいたい日本を仮想敵国として核ミサイルの標準をあわせる国家に対して経済援助するなどということは、本来の国家戦略上、ありうべからず話である。このような拙策も、元はと言えば戦争賠償の不実行から由来していることを思えば、国防的観点からもそれを可及的速やかに実行することが国益にかなうことは明白である。

それに、中国の権力者にとって日本からのODAが「つかみ金」になっているため、一部の民衆が「日本は共産党の腐敗と独裁を助長している」と見なしつつあることも、われわれが危惧しなくてはならない事態である。巨額の対中ODAのうち、どれくらいが共産党幹部の懐に消えているか、本人以外、誰にもわからない。むろん、対外援助は日本の政治家にとっても「利権」であるから、日本国の公金を合法的に横領するという点において、たいしかに日中仲睦まじい友好(共犯?)関係が成立していると見なすこともできなくもない。しかし、このような腐敗の温床を放置していれば、もし将来、民主主義を国是とする「自由中国」が誕生した場合、後でわが国が何らかの言いがかりをつけられる可能性もある。われわれとしては、過去の贖罪意識にかられ、実質戦争賠償としてODAを行っている。にも関わらず、あとでなおかつ、そのことで文句をつけられるとしたら、まさしく踏んだり蹴ったりではないか。将来、こういう馬鹿をみない意味でも、賠償実行を機に新規のODA供与は「完全に」なくしてしまうことが不可欠であろう。

第六に、メディアや公教育を通した従来の反日宣伝を一切やめさせることは当然として、さらにそこから一歩先へ踏み込んで、78年以降に日本が行い続けた対中援助の事実を、繰り返し国内に向けて報道させなくてはならない。改革開放経済政策後の中国の急激な発展に際して、日本がいかに重要な役割を果たしてきたか――この「日本の恩」を全中国人民に知らしめる必要がある。

つまり、従来の「反日報道」から一転して友好ムードの「親日報道」をさせることである。中国国内のメディアは、すべて共産党がコントロールしているから、これは、やろうと思えば可能な話であり、ゆえに是非とも条件に加えなくてはならない。

第七に、近現代史分野において日中共同による“科学的”歴史研究を行う試みを発足させなくてはならない。なぜこれが必要かと言えば、中国側による歴史の「政治利用」を封じ込めるために不可欠だからである。中国ではアカデミズムが政治に従属している状態にある。これによってまともな科学的根拠がなくても、日本を貶めるという目的のためなら、言いたい放題言うことができた。しかし、日本人学者を中国のアカデミズムに入り込ませることによって、それが監視効果となり、例えば「犠牲者3500万人」などという政治的「公式発表」なるものを中国政府もそうそう頻繁に出せなくなるだろう。これも彼らの謀略を封じるための有効な一手段である。

以上、賠償実行と引き換えに、われわれは上記「7つの条件」を胡錦濤に飲ませるべきである。そして、彼はこの条件を飲まざるをえないだろう。

そして、この際に中国をきっちり脅しておくことも必要だ。「われわれはここまで譲歩したのだ。もしこのうえ、われわれを侮辱し、国際的に面子を失わせるような言動・行動をとれば、日米同盟をかつてなく強化し、中国封じ込め戦略を全力で遂行することになるぞ」と。彼らに「日本は怒ると恐ろしいぞ、ナメるなよ」と思わせることが不可欠だ。

中国を「型にはめ」て、なおかつ欧米をも牽制

以上が私の考える対中賠償に伴う条件だが、この他にもやるべきことはある。

まず、賠償調印式に際して、日本が「過去の清算終了宣言」を行い、それを中国が認めるというパフォーマンスが必要だ。胡錦濤に、「日本は過去を清算した」とはっきり宣言させなくてはならない。これを機会に、日本が実は50年代よりアジア各国に賠償を行い、今回の中国に対するそれをもって終結したのだということを、欧米をはじめとする世界にアピールし、完全に既成事実化する必要がある。むろん、これはもう一つの反日国家に対するメッセージでもある。すなわち、中国という虎の威をかりて「過去の清算」カードを乱発する「韓国」というやっかいな国をアジアで孤立させ、黙らせる策でもあるのだ。胡錦濤および中国政府に以下のごとく声明を出させるべきである。

「日本はアジアに対する過去をすべて清算した。今後、日本に対するいかなる国のいかなる過去の清算要求も、中国は支持しない」

また、一気に600億ドルを棒引きしてしまうのではなく、できれば年間100億ドルずつ帳消しにするような形にもっていくのが望ましい。これによって、われわれは中国側を6年間にわたって拘束することが可能となる。万一中国側が、われわれが提示して双方が合意に至った上記7つの条件の内どれか一つでも反故にした場合、懲罰として翌年度からの賠償実行を不履行にすればよい。つまり、中国は再び借金を背負うことになる。これは胡錦濤の面子を潰し、彼に対する国内の批判をまねくことになるだろう。むろん、これは最終的手段を確保しておくという意味であって、あくまで相手を「威嚇」して従わせるための道具であり、実際にやるべきことではない。このような枠組みを作っておけば、ヤクザ用語で言うところの「相手を型にはめる」ことができるのである。

さらに、日本の要求が約束通りに実行されているか否かをチェックするため、日本人から成る監察委員会を中国政府内に設置するのが望ましい。当然、中国政府に、監察委員会の要求する情報の提供を拒む権利はない。これも、中国側に対する威嚇装置となる。たとえば、監察委員会が「中国政府が依然として反日宣伝を行っている」と報告すれば、われわれは相手の条約違反を咎めることができる。簡単にいえば、この監察委員会は、いつ何時でも、われわれが望むときに、中国側に揺さぶりをかけることができる装置なのだ。なにしろ中国には「反日のネタ」など、いくらでも転がっているのだから、いかようにも言いがかりをつけることができる。

いずれにしても、日本の助け舟によって、胡錦濤は中国政界における政治的立場を著しく強化することができるに違いないが、同時にそれは、彼が日本に対して強い態度で望むことができなくなることをも意味する。なにしろ、政界において面子を失いたくなければ、彼は全力で日本の付けた条件を守るしかないのだ。ただし、ここが難しいところだが、日本はあまり「しゃしゃり出すぎて」もいけない。なぜなら、胡錦濤が万一、日本の傀儡との印象を国内に与えれば、中国人の愛国心からなる反発心を呼び覚まし、返って逆効果となるだろうからだ。この点は注意する必要がある。

ところで、できることなら、戦争賠償を実行したというこの実績を、日中二国間関係のみならず、国際社会においても最大限に利用すべきである。とくに、国際社会における日本の道徳的立場を強化するという目的のために、大いに利用すべきだ。

例えば、この賠償を実行する前に、53カ国が加盟するアフリカ連合(AU)に対して、以下のように根回ししておく。いざ日本が中国に対して600億ドルの戦争賠償=借款棒引きを実行すれば、一斉に「日本が過去を清算したのに、ヨーロッパ諸国はアフリカに対して行った残虐な植民地支配と搾取に対して何一つ清算していない」という非難声明を即座に、かつ継続的に出させるよう、仕組んでおくのだ。これによって、ヨーロッパ諸国が日本より道徳的に劣る立場にあることが、世界中の人々に認識されよう。

むろん、アメリカにも容赦してはならない。同じ様に、ベトナムに事前に根回しして、「日本が過去を清算したのに、わが国を侵略し、多数の市民を虐殺したアメリカは何一つ過去を清算していない」と非難声明を出させるのだ。できれば、その直後に日中両国が「ベトナム支持」の談話でも出すのが効果的だ。

アメリカは、自らの道徳的自慰行為のため、また日中分断のために、日本の「過去の清算」を問題にし続けてきた。しかし、当のアメリカ自身は「過去の清算」などしたことはないのである。われわれは、日本人を貶め、高みから説教してきたアメリカ人たちに一矢報いなくてはならない。この際、アメリカ人には思いっきり恥をかいてもらう必要がある。

それに、これはアメリカの対東アジア謀略である「日中分断の計」を打ち破ることにも繋がる。もはや「過去の清算をしない」のが日本ではなくアメリカであることを世界が知ってしまったなら、アメリカは日本の戦争犯罪問題を扇情的に暴き立てることができなくなる。なぜなら、それをすればするほど恥をかくのは、自分だからだ。

この際、われわれは、日本をナメきっているアメリカを恫喝しておくべきだろう。そのために、「あまりわれわれを属国扱いすると、中国と手を組んで歯向かうぞ」というジェスチャーをするのがよい。たとえば、日本の閣僚級の有力政治家が「米軍が永久に日本にいるわけではない」とか、「財政が逼迫しているので“おもいやり予算”をなくしたい」などと発言するのだ。あるいはもっと露骨に「同じアジア人同士である日本と中国が手を組むべきだ」と誰かが言えばよい。こうして「日中同盟」をにおわせることで、アメリカを恫喝する。中国では、日米が共同して「中国封じ込め」を行っていると信じられているので、これは中国側に対する関係強化のメッセージともなるだろう。一方で、中国に対してはもちろん「日米同盟の強化」をチラつかせ、恫喝しておかなくてはならない。

そろそろ、米中の狭間にあるわが国が、戦略的にどれほど有利な立場にあるかということを、政治家の皆さんにも認識してもらいたいものだ。ともあれこれを機会に、ヨーロッパ諸国とアメリカが日本より道徳的責任を果たしていない国であることを世界に印象付けることが、わが国の国益となる。またこれは、今後、日本が国際社会で何らかのリーダーシップを発揮していく際の、外交環境の地ならしともなるだろう。例えば国連改革などを日本が唱導していくようなときに、役に立ってくるに違いない。

北朝鮮に拉致された日本人の救出を中国にやらせよ

02年の9月17日に行われた歴史的な日朝首脳会談以来、日本は拉致問題一色となった。周知のとおり、この問題は拉致被害者の帰国をめぐって、今やこじれにこじれている。しかし、もう少し複眼的な視点を持つ人ならば、この問題の解決に一番適任なのが中国であることが分かるはずだ。というのも、北朝鮮は「自主(チュチェ)思想」などと吹聴しているが、実際は共産中国の下僕国家だからである。

中朝関係は「同盟関係」でなく実際は「主従関係」である。これは北朝鮮という国家の原体験に由来している。1950年6月に北朝鮮は突如として「南侵」を開始したわけであるが、わずか3ヶ月でマッカーサー率いる連合軍によって鴨緑江(中国と北朝鮮の国境の川)にまで追い詰められた。この時に事実上、北朝鮮は滅亡してしまったのである。しかし、毛沢東が急きょ、「義勇軍」という名目で最精鋭の野戦軍を大量に投入し、もとの38度線まで連合軍を押し返した。こうして北朝鮮はかろうじて国家として存続することができたのである。以来、北朝鮮にとって、「中国はご主人様であり、中国の命令に逆らうことはできない」というのが国是となった。

案の定、日米に追い込まれた昨今の北朝鮮が中国に泣きついていることが、共産党機関紙の『人民日報』でも報じられている。つまり、金正日は、中国という宗主国の言うことなら何でも聞く心理状態へと、ますます傾いている。したがって、この拉致問題の解決に中国を利用しない手はない。

われわれは胡錦濤にこう言えばいいのだ。

「われわれとしては一刻も早く中国に戦争賠償を実行したいのですが、なにぶん民主国家なものですから、世論というものがあります。つまり、国民を納得させなければなりません。そのために一番手っ取り早い方法は、百名近くに及ぶ拉致被害者とその家族を中国が救い出してくれることです。これが実現すれば、わが国民は熱狂し、胡錦濤総書記は一夜にして日本国民の恩人・英雄と称えられることでしょう。そうすれば、胡錦濤総書記に戦争賠償をプレゼントすることに対して、わが国の誰一人として反対する者はいなくなるでしょう」

表現は柔らかいが、実際は「中国が北朝鮮に拉致された日本人被害者を救い出してくれない限り、この取引はボツですよ」と明言しているのと同じことだ。それに拉致問題の解決は、中国にとっても国益となるはずだ。というのも、それによって日朝国交正常化交渉が再開され、日本から北朝鮮に対して何がしの援助が行われれば、半島の安定をもたらすと同時に、「北朝鮮の挑発行動=米軍を半島に呼び込む事態」をも阻止することができるからだ。周知のとおり、すぐ目と鼻の先にある北朝鮮に米軍がやって来ることを、中国は極度に嫌っている。ゆえに、中国の手による拉致問題の解決を第八の条件とする。

ついでだから、さらに中国にわれわれの要求を飲ませよう。

現在、「北京―上海間高速鉄道計画」が推進され、ドイツ方式のリニアにするか、日本方式の新幹線にするかで、見解が二つに割れている。ドイツ側の入札にかける意気込みは大変なものだ。04年の春にも、方式が決定されるという。そこで、中国が日本方式を採用することを第九の条件とする。言うまでもないが、彼らの工費に日本のODAを拠出したりすることは、くれぐれも避けるように。

第十の条件は、「わが国政府要人による靖国神社公式参拝に今後、一切口を出すな」でいいだろう。実際、毎年文句をつけられたのでは、たまったものではない。「もし文句をつけてわれわれの面子を失わせるような真似をするなら、この話はご破算だ」と脅しつけておくべきである。

さらなる日中の未来にむけた戦略

私は以上のような内容を総括して「新華工作」と名づけた。「新華(しんか)」とは中南海の入口正門の名称である。と同時に「新しい中国」をも意味する。つまり、中国共産党の権力中枢に間接的に介入し、新中国の誕生を応援する、ということだ。

繰り返すが、この工作は日本の国益のために是非ともやるべきである。そして成功の暁には、日本にとって有利な将来が開けるだろう。

たとえば、もはや「日本を憎め」と国民に宣伝することができなくなった中国は、新たな内政政策を強いられることになる。非民主国家である現中国は、体制維持のために「外国の敵」を常に必要とする。すると必然的に、「日本軍国主義」に代わる次の人民第一の敵役として「アメリカ帝国主義」を選ばざるをえなくなるだろう。つまり今後、米中の対立が深まることはあっても浅くなることはないわけで、これは日本の戦略立場を強化できる絶好のチャンスではないか。互いを警戒する米中両国は、ともに日本を味方に引き入れようとするだろう。したがってわが国は、中国に対しては、アメリカとの同盟をアピールして牽制し、逆にアメリカに対しては、中国との接近をアピールして牽制することで、両国から何らかの見返りを引き出していけばよい。

つまり、新華工作によって、中国の対日謀略とアメリカの分割統治策を打ち破れるだけでなく、日中米三カ国において戦略的主導権をも握ることができるのだ。

また、経済上の利益も見過ごしてはならない。中国14億人民のうち大半は依然として貧しい人々であるが、明らかに3から4億人は先進国なみに豊かになりつつある。この数字は、中国内に近い将来、アメリカやEUに匹敵するマーケットが誕生することを意味している。つまり「先進国」ならぬ「先進地域」が出現するわけである。ここを日本企業のフロンティアとしなくてはならない。もし、最高指導者の胡錦濤に恩を売っておけば、参入に際してわが国は何かと有利に取り計らってもらえるだろう。なにしろあの国は「法治」ではなく「人治」の国だからだ。そしてこのことは、究極的には日米のヘゲモニー争いとも関係してくる。ブッシュ政権のアメリカは、「中国共産党の一党独裁体制を打倒し、中国に民主主義を実現しなければならない」と考え、封じ込め戦略を実施しつつあるが、表では奇麗事を言っても、本音ではやはり中国の広大な市場を獲得することが主目的である。つまり、「新華工作」は、日本版の中国市場獲得戦略でもあり、対アメリカ戦略という側面も持っている。

さらに、日中間の最大の懸案を解決し、中国との友好を深めるということは、何よりも日本の安全保障上の利益になるということを訴えたい。繰り返すが、日本は、国内の権力闘争に勝たねばならない胡錦濤閥に、勝利の「切り札」を提供することによって、彼にいかようにも要求を飲ませることができる。ゆえに、われわれが要求する「憎日宣伝の廃止」と「親日路線への転換」は実現するだろう。これは対日謀略の打破であると同時に、有効な「国防政策」でもあることは言うまでもない。こうして相手の意志に関わりなく、中国に「親日政権」を確立した後、胡錦濤との間の太いパイプを利用して、最終的に中国を民主国家へとソフトランディングさせる手助けをしていけばよい。これぞわが国にとって最高の安全保障政策ではないか。

このように、将来の経済上また安全保障上の利益という観点からも、新華工作は国益に寄与するところ大なのである。われわれは、何のためにこの新華工作をやるのかという目的・動機・理由というものを、常に忘れてはならない。

さて、最後に細かいことに触れたい。

この「新華工作」成功の鍵は、「胡錦濤に功績を立てさせ、全中国人民の前で江沢民の面子をぶっ潰す」という、ただその一点にある。したがって、この新華工作を実行する場合、事前に江沢民サイドに情報が漏れないように気をつけねばならない。もし江沢民が事前に知れば、上海閥が何らかの非常手段――たとえば一気に胡錦濤の失脚を謀る――に打って出る可能性もある。連中だって自分の政治的死刑宣告を黙って見過ごすようなことはしないだろう。ゆえに、日本国内で機密を保ちつつ、使者を派遣して胡錦濤本人に直接面会・口頭伝達し、中国国内に漏洩しないように最大限の注意を払う必要がある。口の軽い政治家は、この工作に関わってはならない。そしてこの工作中、わが国は中国および胡錦濤の面子を潰すような言動・行動をしてはならない。中国への恫喝は、彼が国内の権力基盤を固めるまで待たねばならない。

いずれにしても、この「新華工作」を実行するタイミングは、胡錦濤が国家主席の地位に就任した直後――つまり03年3月ないしは4月である。よって、もうあまり時間がない。私は、この工作が日本の国益に合致するものであることを、政治指導者たちに対して訴えるものである。与党の理解ある有力政治家が、この「新華工作」実現にむけて動いてくれることを期待している。

*新華(しんか)……中国共産党の権力中枢である中南海の入口正門の名称であると同時に、「新しい中国」を意味する。

(おわり)

2012年11月15日「アゴラ」掲載

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