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アメリカ内戦→メキシコが人口2億人の大国へ

トランプ当選後に全米各地で相次いでいる暴動をニュースで見ていて、突然、思い出したことがある。それは私が1997年と2003年に書いた小説だ。

アメリカ南部が分離し、メキシコに吸収される小説

最初のものは『さようならアメリカ』という作品。

2050年に、ある日本人の青年が、ちょっとした気まぐれでアメリカを訪れるという話だ。ただし、その頃のアメリカは分裂し、第三世界に落ちぶれていた。その青年は、現地でアメリカ人と出会ううち、彼らの“劣等感”を発見し、内戦・分裂に至った真相を知っていく・・・そんな内容だ。400字詰めで250枚の作品だ。

この『さようならアメリカ』は「第41回群像新人文学賞」で第一次選考を通過するに留まるという、残念な結果に終わった。ちなみに結果発表は翌98年。

次に2003年の『未来史記』(みらいしき)という作品。

マンガやアニメで「未来日記」というのがあるが、むろん関係ない。“史記”は司馬遷の『史記』から取った。この作品は「第2回幻冬舎アウトロー大賞」で最終候補まで行ったらしい。その回では最終候補の公式発表はなかったが、「らしい」と分かったのは、同社の編集者から「『受賞するか、しないか』というところまでいきましたが、残念ながら受賞に至りませんでした」というメールをいただいたからである。その人は小林よしのり氏の『戦争論』の担当編集をしたS氏だった。この文学賞は、150前後の作品の中から10前後の候補作を選び、最終選考会で受賞作を選ぶものだが、その回では私の『未来史記』がかなり奮闘したようだ。だが、結局「受賞作なし」で終わった。

『未来史記』は400字詰めで1300枚もの長編なので、なかなか持って行き場がなく、結局、今に至るまで埋もれたままになってしまった。私としては、小説家としてデビューしたら、『さようならアメリカ』と『未来史記』はどこかの雑誌で発表できるだろうと思い込んでいたので、機会を逸してしまったのだ。

ちなみに、私の文学賞新人賞への挑戦は、「最終選考に残ったのが2回、二次選考突破が2回」という結果に終わった。一応はサラリーマンをやりながら、それ以外の時間を執筆に注いでいた。私はこれで30代を潰してしまったようなものだ。

さて、そんな経緯はさておき、問題は内容である。

『さようならアメリカ』と『未来史記』の両方とも、将来、アメリカが破綻し、分裂する様を描いている。しかも、南部はメキシコに吸収(本当は“再合併”と表現すべきだが)される筋書きになっている。後者は長編なので、より詳しく描いた。

『さようならアメリカ』はアメリカに限った物語だが、『未来史記』のほうは世界全体が変わっていく様を描いた。しかも、次のような着想から描いた作品だ。

「もしも、遠い未来の歴史家が、私たちの現代から近未来にかけての時代を記述したとしたら? しかも、その歴史家から見て“失われた古代文明”だとしたら?」

以下に実例を掲載するが、あえて言葉遣いも史書っぽく「史記風」にした。今にして思えば、こんな奇妙な「政治SF」みたいな作品を寄こされた幻冬舎の文芸編集部の方たちも、さぞかし迷惑だっただろう。ただ、以下に掲載するフィクションは、これからのアメリカの変遷を予測する上で、何かしらのヒントになるのではないかと思う。

(以下、『未来史記』より引用。いきなり途中から始まるので注意!)

太平洋諸島の独立

九鬼春平は重臣一同に対して言った。

「実はわれわれ日本人には、ハワイに関して特別の責任があるのだ。一八八一年のことだ。ハワイ国王カラカウアは、大美国の侵略的野心から自国を防衛する意図で日本に来航した。当時、大美国人がハワイの政治や経済を侵食し、内側から乗っ取りを企てていたためだ。だから彼は、日本の力を借りて王国を防衛しようと、日本の皇族に対し、次期王位継承者である王女との政略結婚を申し出た。しかし、日本側はそれを断った。それからしばらくすると、ハワイ王国に対する侵略が加速した。危機感を募らせたリリウオカラニ女王は、島民の全成人に選挙権を与えるべく、憲法の改正を図った。しかし、一八九三年、大美国は軍艦を派遣して女王を脅し、無理やり退位させた。そして翌年『共和国』としたが、実権を握った大美国人らによって、結局は本国に併合され、最終的には五〇番目の州に貶められたのだ…」

「確か十九世紀初め頃に、カメハメハ大王が全島を統一して、ハワイ王朝を開いたのでしたね」岩崎礼子が言った。

「その王国を武力で倒し、領土を奪ったわけですから、結局は侵略以外の何ものでもありませんな」稲垣龍三が皮肉な口調で言った。「リメンバー・パールハーバーなどと言う前に、彼らは自分たちの侵略行為を思い出すべきではないでしょうか」

「まったくだ」九鬼春平は頷いた。「実際、侵略から百年が経った年に、大美国上院自身がハワイ王国転覆の違法性を認めている。それに加え、あまり知られていないことだが、ハワイの警察当局は長年、現地の独立運動を弾圧してきた」

「それはまるで大美国が非難してきた他国の所業そのものではありませんか」重臣一同は驚き、かつ呆れた。

「その通りだ」九鬼春平は言った。「そういうわけで、彼らが他国に対して浴びせ続けてきた非難が、今度はそっくりそのまま彼ら自身に返ってくるというわけだ」

それからしばらくして、ハワイの先住民系独立運動家たちが警察官たちに酷い暴行を加えられている映像が世界中のメディアに流れ始めた。

実はこれを演出したのは日本の間諜であった。まさに彼らが、暴力で警官を挑発するように独立運動家たちを指導し、警棒での制圧を誘って、その様子を隠し撮りしたのである。むろん放映されたのは後者のシーンだけであった。そして世界中がこの映像を見て、大美国の人権侵害の様子に憤ると同時に、ハワイに独立問題というものが存在することをはじめて知った。

大美国は日本の謀略によって、またしても苦境に立たされた。

東亜の諜報組織の資金援助をえていた独立運動は、これを機に燃え盛った。実際、ほとんどの島民にとって、今や大美国領土に留まっているメリットがなくなっていた。というのも、東亜連合とそれに追従する各国が、大美国に対する経済制裁の一環として、ハワイに対する観光も自粛していたからである。つまり本国の道連れのような形で、ハワイ経済も破綻の憂き目にあっていたのだ。

「もしハワイが独立したら」この時期、ある記者が東亜連合議長に質問した。「経済制裁は解除されるのでしょうか?」

「当然だ」九鬼春平は答えた。「ハワイには再び東亜からの観光客が押し寄せることになるだろう。しかもそれだけではなく、事実上、国交断絶状態にある東亜と大美国との間に立って仲介業務を行うことで、新たな利潤を上げることもできるのではないかな」

この発言がハワイ全土を刺激した。先住民系とアジア系市民が先導する独立運動が激化し、ついに州議会で、本国からの分離独立を行うか否かを決める住民投票が行われることになった。当時のハワイ州民一三〇万の人口構成は、先住民系が十%、アジア系が四二%、白人系が二四%、ヒスパニック系が八%、残りをその他の人種・民族が占めていた。

機を同じくして、国際裁判所も大美国のハワイ併合を「違法」と断定した。

投票の結果、独立賛成派が七割を超した。驚くべきことに、かなりの割合の白人系住民たちも本国からの分離独立に賛成した。経済の問題は生活に直結しているので、背に腹は代えられないという事情だった。

この結果を受けて、ハワイ州政府と議会はついに連邦からの離脱・独立を決意した。

連合国々に属する二百カ国あまりも、ハワイの独立を即座に承認した。こうして二〇一六年末、ハワイは共和国となった。全世界の趨勢に反して唯一大美国だけがこれを承認しなかったが、「かつてハワイ人の民族自決権を踏みにじったうえ、今またそれを認めようとしない」として、その狭量がかえって国際社会の糾弾の的になった。

「むろん、これだけでは済まないぞ」九鬼春平は重臣たちに予告した。

ハワイに続けとばかり、太平洋の島々は、大美国との自由連合協定――軍権の委任と引き換えに経済援助を貰う条約――を一斉に破棄する行動に打って出た。むろん、背景には、東亜連合の事前の根回し――政治的経済的援助の約束――があった。グアム・サイパン島などのマリアナ諸島も、大美国の属領の地位から独立した。そして、ウェーク島はマーシャル諸島の一島に、パルミラ島・ジャーヴィス島・ハウランド島・ベーカー島はキリバス共和国の一島に、ミッドウェー島・ジョンストン島はハワイ共和国の一島に編入された。国際社会の潮流と有形無形の圧力により、大美国に続いて仏国・英国・乳国なども、太平洋の一部島々に対する所有権の放棄を余儀なくされた。

こうして全太平洋地域から、大美国と欧州の西洋勢力が一掃された。

かつて、九鬼春平が日本国総統に就任した二〇一〇年には、大美国軍は総兵力一四〇万人――陸五〇万・海三七万・空三六万・海兵隊一七万――を誇っていた。そして、大西洋軍・欧州軍・中央軍・南方軍・北方軍・太平洋軍・宇宙軍の七つに編成された軍が、世界帝国の覇権を支えていた。しかし、九鬼春平によって経済覇権が終焉させられた頃から、大美国は次第にこの軍備を維持できなくなっていった。大美国は、東亜からの基地撤退に続き、中東や欧州、中南米からの撤退をも余儀なくされた。

こうして、ハワイが独立を達成してしばらくした頃には、世界百カ国以上に置かれた七百カ所以上の大美国の軍事拠点は、ほとんどすべて撤収させられた。とくに太平洋における拠点をすべて失ったことで、大美国は広大な領海を失った。また、軍のリストラに伴い、海軍軍艦三五〇隻もその半数が外国に売却されることが決まった。こうして、太平洋における大美国の軍事覇権領域は、一気に大陸西海岸まで後退した。

「かつて大美国軍は、十九世紀末には田舎軍隊でしかなかった」九鬼春平は岩崎礼子に言った。「それがわずか百年後には、史上最強の軍隊と化して、全地球を支配下においた。遠い未来の歴史家は、確かにこれを奇跡と称するであろう」

「しかし、今やそれが臨界点を越して、今度は逆に猛烈に縮小に転じているのですね、あの世界帝国は…」

「この流れはまだまだ始まりにすぎないぞ」九鬼春平はそう予言した。

前史二〇一七年一月、共和党新政権誕生

スティーブン・マクレガー総統が次期選挙に出馬しないことを早くから表明していたため、大美国の総統選挙は共和・民主両党の新人争いとなった。その結果、弁護士から上院議員へと転身したウィリアム・バーンズが第四六代の大美国総統に選ばれたが、世界は以前ほどこの選挙に関心を示さなかった。

ウィリアム・バーンズ総統は「新孤立主義」を標榜し、キリスト教右派から強く支持されて登場した人物である。彼は外交政策に関しては、あまり多くを語らなかった。

その選挙結果を受けて、九鬼春平は総統官邸で側近とともに協議を行っていた。彼は大美国の新総統と抜擢された重臣たちの身辺調査書を見ながら、ふと感想をもらした。

「なるほど、あの国は徐々に『内向き』の国家になりつつあるようだな。もはやわれわれに対抗する気力もないらしいが…」

「どうやらそんな感じですな」外交大臣の稲垣龍三が訊いた。「ところで、閣下は結局のところ、あの国をどうなさるおつもりで?」

「卿は」総統はその質問に答えずに、逆に問うた。「大美国が建国からわずか二百年あまりで史上最強の国力をもつ世界帝国と化した理由を何だと心得るか?」

「私はその質問の答えとして、大美国の偉大な政治家や企業家たちのことを思い浮かべます。彼らの勇気と冒険主義、果敢な挑戦精神……そういった前進を恐れない開拓精神の伝統こそがあの国の躍進の原動力であったと思います。それは今なお世界中の手本でしょう。また、個人の自由と民主主義という価値観を堅持したことも、あの国に天命が下った理由ではないでしょうか。これらの結果としての、世界帝国の成立だと思いますが」

「卿の言はまったくの事実だ」九鬼春平は言った。「ただし片面のな。物事には光と影がある。それは光の面だ。そして影の面は別の答えを示している。彼らは他者のものをひたすら略奪し続けることで大きく、そして豊かになっていったのだ」

「たしかに初期の頃は小さな国でしたな」

「だから私は、この国が盗み続けてきたものを、すべてとは言わんが、かなりの部分、取り上げるつもりだ。そうすると、この国は元のように小さく萎んでいくだろう」

「なるほど、それが私の問いへの答えですか…」稲垣龍三は頷いた。「しかし、あまり彼らを苛めすぎて、民族主義が台頭したらやっかいではありませんか。かつて彼らが異教徒の属国群を巧妙に分割統治したように、われわれも彼らの民族主義の台頭を防ぐ、あるいは少なくともその矛先を反らせるため、それに類似した処置をとる必要があるのではありませんか?」

「うむ」と九鬼春平は頷いた。「いったん没落が始まった世界帝国は、坂道を転がり落ちるがごとく、その衰亡は止まらないものだ。国家が破産状態にある大美国では今、インフレが極度に悪化しつつある。これは今後、確実に政情不安を呼び起こしていくだろう。しかも大美国社会では、低所得者層が特定の人種や民族に偏っている。今までは理想と物質的豊かさが存在していたために、そういった人々も星条旗の下に一つに寄り添っていたが、その旗が色あせたとき、彼らはいったいどこに向かうだろうか?」

「なるほど!」得心した外交大臣は思わず掌を打った。「そう言われてみれば、あの国における、昨今のヒスパニック系やアフリカ系住民の行動がよく理解できます。大美国のように巨大で、かつ様々な人種や民族がモザイクのように集まってできた複雑な国は、おそらく分解や分裂という方向で崩壊へと向かっていくのですね。つまり、こちらが意図せずとも、勝手に分割統治の状態に陥っていく…」

「大事なことは、大美国がどうということではなく、われわれ自身が常に天意を推し量り、万国の人心を得るための努力をすることだ。天帝はそれができる存在を勝者となし、できない存在を敗者となす。もし仮にわが国が勝者と化し、大美国が敗者と化したとしても、それは単にその法則が適用された結果に過ぎないのだ」

劣化ウラン弾を告発する九鬼春平

さて、大美国の新総統が誕生したのと同じ月だった。九鬼春平日本国総統は、大美国の新たな政権に対して、さっそく難問を突きつけた。

九鬼春平は連合国々総会で演説した。二百カ国あまりがそれを傾聴した。

「湾岸戦争当時、大美国がイラクに対して劣化ウラン弾を使用したことは、『人道に対する罪』に値する。われわれは『劣化』ウランという名称に惑わされてはならない。なぜなら実際は、これは原子炉にある核燃料とほとんど同じ物質だからである。両者の違いは、核反応の鍵となるウラン二三五のわずかな分量の相違にすぎない。つまり、劣化ウラン弾を使用することは、原子炉を爆発させるに等しい行為なのだ。今や大美国が戦争で使用した劣化ウラン弾は、イラクにおいてほとんどが粉塵と化し、大気を舞い、地下水に浸透している。これらが呼吸や飲食を通して体内に入ると、アルファ線を発して細胞の遺伝子を破壊し、ガンに変えてしまう。これらの物質が化学変化によって無害化するのは、地球の寿命が尽きる頃である。

かつて、八六年に爆発事故を起こしたチェルノブイリ四号炉原発には、一八〇トンの核燃料が存在していたが、爆発と火災で外に漏れたのは、その内のわずか数%にすぎない。にもかかわらず、われわれは今、ベラルーシの人々が深刻な放射能被害に苦しんでいる実態を知っている。大美国はイラクに対して、劣化ウラン弾を三二〇トンも使用した。これはチェルノブイリ原発六〇基分の爆発に匹敵するものだ。イラクは以来、地上最悪の放射能汚染地帯と化した。イラクの大地は、地球が終わるその日まで永久に汚染され続ける。その恐るべき影響を、われわれはイラクの至るところで目にすることができる。すでに、イラクの数十万の子供たちが生まれてまもなく死亡し、同じく数十万の子供・青少年たちが病気や障害で苦しんでいる。戦争が終結した後も、人民にこのような苦しみを永久に与える所業は、もはや単なる戦争犯罪の域を越えている。まさに悪魔の所業である。

よってわが東亜連合は、イラクをはじめアラブ連盟と共同で、新たな法案を総会に提出することにした。その概要は以下のごとくである。一つ、大美国は以上のような事実および自らの非を全面的に認めて謝罪しなければならない。一つ、大美国はイラク国土の浄化費用を全額負担しなければならない。一つ、ジョージ・ブッシュ、コリン・パウエル、ノーマン・シュワルツコフの三人を『戦争犯罪人』として、バグダッドの特設法廷に引き渡さなければならない。以上のような法案の成立について、提案者である東亜連合およびアラブ連盟一同は、万国の支持と協力を期待するものである!」

日本国総統の演説に対し、連合国々総会は万雷の拍手に包まれた。

大美国と英国をはじめ、二、三の追従国がすでに連合国々を脱退していたため、法案は満場一致で議決された。今回の東亜連合・アラブ連盟の共同提案には、「バルカン・シンドローム」で同様の被害が問題になっていた欧州各国も支持を表明した。

これに対して、大美国は何の反応も示さなかった。彼らは沈黙で答えた。

「今度は聞こえぬふり、死んだふりか」九鬼春平は軽蔑を込めて言った。「無駄だ。いくら無視したところで、負債は積み重なる一方であり、国際社会全体による懲罰も激化する一方だぞ。私が世界を率いる間は、この地上に悪が逃げ隠れできる場所などないのだ」

メキシコの復讐

さて、時はややさかのぼる。九鬼春平が総統に就任して間もなくの前史二〇一〇年九月、メキシコ合衆国の総統サルバドル・ブランコ総統が来日した。表向きは経済協力についての話し合いだったが、本当は違った。九鬼春平は「債務削減に応じる代わりに、貴国は、わが東亜がこれから行う戦略と共同戦線を張ってもらいたい」と申し出た。この時の会談は、ブランコ総統をして後に、「私の政治家人生の中でもっとも衝撃を受けた瞬間であった」と回顧録に記させた。

ブランコ総統は、九鬼春平のリーダーシップで急速に強大化する東亜連合の威勢に乗じる決意を固め、この謀を「大メキシコ構想」と命名し、国家の命運を託すことにした。そして二〇一五年、東亜連合が二〇億の域内市場から大美国を完全に締め出すことを議決すると、総統は一九九二年に締結した「北アメリカ自由貿易協定」から離脱することで、大美国との決別を意思表示した。

前史二〇一六年、東亜とメキシコが共同して行うこの謀略は、ブランコ総統の子飼いの後継者で、同じ与党国民自由党の新総統ホセ・エリソンドに引き継がれた。メスティーソのエリソンド総統は、常日頃から大美国の傲慢さをひどく嫌っていると同時に、天性の扇動家としての資質を持っていた。

同年末頃、ハワイ独立と軌を一にして、エリソンド総統は連合国々総会の演壇に立ち、万国に対して大美国が過去に行った卑怯な侵略を告発した。彼は悲痛な調子で、大美国のメキシコに対する行為がいかに不当であるかを訴えた。

「もともとテキサス以西はメキシコ領土であり、それを大美国も一八一九年の条約で公認していた。しかし、すべての過ちは一八二〇年代から三〇年代にかけて、大美国が黒人奴隷を所有する農民たちのテキサス移住を政策的に奨励したことから始まった。当初、わがメキシコ政府も、農業の振興などを理由に、彼らに土地の利用を許した。しかし、合法・不法の大美国移民が急増するにつれ、わが政府は彼らの危険性を察知し、移民を禁ずる処置をとった。

両者の対立点のひとつは、メキシコではすでに奴隷の所有が禁じられていたにもかかわらず、大美国農民がそれを使役したがったことだった。また、大美国総統がテキサスの買収を繰り返し打診し、領土的野心を示したことも、われわれを警戒させた理由のひとつであった。こうして、両者のいざこざが限界に達した一八三六年、テキサスの大美国移民たちは、大手をふるって奴隷が使役できる本国に現地を併合させる目的で、ついにメキシコ守備隊を武力で追い払い、勝手に『独立』を宣言したのである!

ここのところは、俳優ジョン・ウェインが一九六〇年に主演・監督した『アラモ』という歴史捏造映画に詳しい。一八三六年三月、テキサスのいかがわしい独立をめぐって、大美国の一八五人の軍人や義勇兵らは、アラモ砦に立てこもり、その十数倍のわが軍と戦った末、全滅した。この出来事は、『強大な敵に対して少数の大美国人たちが自由と独立のために勇敢に戦った歴史的事例だ』という風に、極度に歪曲・美化されて、今日に至っている。大美国軍は『リメンバー・ザ・アラモ』を合言葉に、砦陥落から四五日後にはわが軍を破り、わが国の総統サンタ・アナを捕らえて、テキサスを『独立』させる条約を強制することに成功した。むろん『独立』後すぐに、将来、大美国本国に併合することが検討され始めた。こうして、本国の領土的野心と一体化する形で、奴隷使役農業を行う移民たちの経済的利益も守られたのである。

さて、西部に領土を拡大することが自分たちの天命であるという誤った考えに支配された当時の大美国人たちは、力の行使によって野心が実現したことに味をしめた。一八四四年の選挙ではあからさまに領土拡張を訴えるジェームズ・ポルクが総統に選ばれた。ポルクは四五年、テキサスを合併すると、軍隊をわが国境沿いに配置して、カリフォルニア買収を申し入れた。われわれはそのような威嚇に屈せず、返って反発を強めてテキサスが自領であることを主張した。するとポルクは、テキサス方式で領土を拡張することを目論んだ。すなわち、現地の大美国人に反乱を起こさせ、カリフォルニアを独立させて、後に合併するという汚いやり方である。

もっとも、手っ取り早く事を運びたかったポルクは、この謀略の実行中に軍隊を派遣してわが軍を挑発した。そして小競り合いの発生を開戦の口実とし、四六年四月、わが国への侵略を開始したのである。残念ながら平和を愛するわれわれは、常に侵略を繰り返してきた野蛮な国家の軍勢にかなわなかった。翌年までに、ニューメキシコからカリフォルニアに至る広大なわが領土が奪われた。そして彼らはメキシコシティを占領し、四八年二月、グアダルーペ・イダルゴ条約をわれわれに強制したのである。この条約によって、わがメキシコはテキサスに関する請求権を『合法的』に放棄させられ、今日のカリフォルニア・ネバダ・ユタ・アリゾナ・コロラドとニューメキシコの一部を大美国に割譲することを余儀なくされた。さらに、続く五三年のガズデン条約によって、わが国と大美国との国境がより南に押し下げられた。

こうしてわが国は、国土の半分を大美国に奪われたのである。十九世紀は帝国主義の全盛時代であるが、それでもある国が別の独立国の国土の半分をまんまと奪い取ったという強欲な例は、極めて稀であると言わざるをえない。しかも、従来の国際機関は常に西洋の大国が支配していたため、わが国はこのような仕打ちの不当性をどこにも訴えることができず、泣き寝入りを余儀なくされてきた。とくに連合国々は大美国が作ったも同然の組織だったので、ことあの国の悪事を問題にするに際しては、常に公正を欠いた。しかし、国際社会にようやく真の正義が取り戻されたことで、わが国もこうして大美国を告発する貴重な機会をえることができた。

わがメキシコ政府は、ここにグアダルーペ・イダルゴおよびガズデンの両条約が、大美国が武力による威嚇を背景にしてわが国に強要した不当なものであり、よって法的に無効であることを、国際社会に対して強く訴えるものである」

ホセ・エリソンド総統の訴えに、総会は万雷の拍手で応じた。

こうして、国際司法関係の各機関によって、改めて一八三六年の「テキサス独立」と一八四六年から四八年の「大美国―メキシコ戦争」が詳細に調査されることになった。その結果、「当時の大美国にはメキシコ領土に対する邪悪な侵略的欲望があったこと」や「その欲望を実現するために大美国が極めて悪質な挑発をメキシコに対して行ったこと」などが、歴史家チームによって証明された。チームが証拠として挙げているのが、当時の大美国の指導者・軍人たちの手紙や日記だったので、これには大美国側も反論のしようがなかった。結果、国際機関は、「この両条約は、大美国がメキシコの主権と生存権を軍事力で脅かした状況で調印されたものであり、決して後者の自発的意志に基づくものではなく、よって法的にも歴史的にも正当性を欠き、無効である」という審判を下した。

この審判を掲げて、メキシコは、「大美国はカリフォルニア・ネバダ・ユタ・アリゾナ・ニューメキシコ・テキサスの六州を直ちにメキシコに返還すべし」という法案を総会に提出した。総会はわずかな反対・棄権を除いて、圧倒的多数で可決された。こうしてメキシコの主張は、国際社会から正当なものと認められることになった。

すでに連合国々を脱退していた大美国だが、このような動きに対して猛然と反発した。彼らは「わが国の領土は正当な手続きによって確立されたものである」との声明を出して、このような国際機関による審判や国際法を一蹴した。

この両者のやり取りを受けて、陰の火付け役であった九鬼春平は重臣一同に言った。

「これはメキシコの主張に合法性と正当性を与えるための、いわば単なる儀式・形式にすぎない。しかし、自らの行為の不当性を詐欺的な法的手続きによって糊塗する常習犯だった欧州や大美国に与えるインパクトは限りなく大きい。『君の行為は違法だ』と指弾されることほど、彼らが恐れるものはないのだ」

「この度の法案が連合国々総会で議決され、国際的にも法的拘束力を持つようになった事実は大きいですね」科学技術大臣の岩崎礼子が言った。

「むろん、大美国が国家主権を盾に拒否し続けることは承知の上だ。しかし、これでどちらが大義名分を有するか、歴史にどちらが正義と記されるようになるかは明らかであり、よって彼らはすでに政治次元の戦いで敗北しているのだ」

「それにしても、われわれは今まで大美国人とメキシコ人の対立の深刻さについて、本当に無知でしたなあ」外交大臣の稲垣龍三が慨嘆した。「隣国同士というのは仲が悪い例が多いものですが、メキシコ・大美国間の歴史的因縁は他の多くの事例を凌駕しております。しかも、その非・原因が一方的に大美国側にあろうとは…。いやはや、これは世界のほとんどの人々にとって意外な事実ではないでしょうか」

「われわれは無意識のうちに情報の発信主体に立ってものを見る悪い癖を身につけてしまっている」総統は言った。「しかも大美国は、長らく世界における情報発信の中心地でもあったから、彼らの威信を傷つけ、国家の正当性を揺るがすような情報は、なかなか表に出なかったのだ。だから、われわれはメキシコに関しても大美国人の偏見を無批判に踏襲する過ちを犯してきたのだ」

「そういえば、われわれは一般的にメキシコ自体についてよく知りませんね」岩崎礼子が言った。「知っている事柄でも、ソンブレラにタコスといったように、変に断片的で色眼鏡がかかっています」

「それこそ『情報の発信主体』が持つ無知と偏見に、無意識に影響されている証拠だ。そもそも『メキシコとは何か』という問いに根本的に答えるには、一六世紀にメソアメリカ文明を襲った悲劇を出発点にしなければならない。当時、約二千万人いたと考えられるメキシコ先住民族は、侵略してきたスペイン人による殺戮と疫病によって、わずか五%にまで数を減らされたのだ。残った彼らは、キリスト教による『教化』によって、次第に固有の言語・文化・記憶を失わされた。しかし、元来、ゲルマン・アングロサクソン系は植民に際して混血を嫌い、現地との分離社会を形成したがるのに対して、ラテン系はそうではない。南欧州人の流入と同化によって、現地ではそれなりに独自の融合民族そして融合文化が生まれ、発展していった。今日のメキシコ人の約六割は、白人と先住民の混血であるメスティーソだ。二五%の先住民系と一五%の欧州系は人口構成の上で主体ではない。つまり、アステカ帝国とスペインの両方にルーツを持つ人々が主な国――それがメキシコという存在なのだ。ゆえに、北のアングロ・アメリカとは根本的に異質の存在であるということを理解しなくてはならない」

「なるほど、閣下のご説明でメキシコという国の本質が分かりました」稲垣龍三が得心したように頷いた。「それにしても、大美国を牽制するために、歴史的に怨恨をもつそのメキシコを利用しようという閣下の謀は、まこと戦略的に見事なものです」

「それは違うぞ、外交大臣」九鬼総統は言った。「先にくるのはあくまで大義であり、当のメキシコ自身の正当なる要求だ。戦略云々は二次レベルの話にすぎん。それを掲げたからこそ、国際社会から賛同をえたのだ。いずれにしても、今や情報の発信主体はわれわれだ。だからこれからは、われわれが見るように世界も見、われわれが考えるように世界も考えるのだ」

西部の反乱

リカルド・オルティスはカリフォルニアの大富豪である。彼は貧しい移民から出立して、若くして電脳関連のビジネスを興し、一九九八年にその株式を上場することによって巨万の富を得た。

ここのところは「リカルド・オルティス列伝」に詳しい。

さて、メキシコ先住民系である彼は、ある野心を秘めてビジネスの第一線から手を引き、密かな政治活動を始めた。彼はその巨大な富の力で、深く、そして静かに州議会へ浸透していった。彼の真の狙いは、かつて大美国がメキシコに対して行ったことを、そっくりそのままやり返すことだった。すなわち、「西部の独立」と続く「メキシコ本国への併合」である。一見すると常識外れの目論見だが、彼はそう思わなかった。なぜなら彼が誰よりも信頼し尊敬する「ある古い友人」が協力を申し出てくれたからである。

「あの男が保証してくれるなら、この計画は絶対にうまくいく」彼はそう固く信じていた。

前史二〇一〇年七月、日本国で新総統が誕生したのと同じ月に、オルティスはついに満を持してヒスパニック系市民による団体を結成した。その名も「ネオ・レコンキスタ」。これは市民団体の名称であると同時に、運動自体の名称でもあった。その目的は、奪われたメキシコの正統なる領土を回復することである。しかも、暴力に拠らず、かつてカナダのケベック州が挑戦したのと同じ「住民投票」という民主的手段に訴えることを想定していた。

当初、ネオ・レコンキスタは、大美国によって奪われた六州――カリフォルニア・ネバダ・ユタ・アリゾナ・ニューメキシコ・テキサス――の回復を目指していたが、オルティスはユタ州が全国でももっともアングロサクソンの比率が高い土地柄であることから、そのリストから除外した。こうして彼の目標は五州に絞られた。彼には自信があった。その理由は人口動向である。

彼がビジネス界を引退した当時の二〇〇〇年の統計によると、ヒスパニック系住民が占める割合は、カリフォルニアが三二%、ネバダが二〇%、アリゾナが二五%、ニューメキシコが四二%、テキサスが三二%であった。一方、アフリカ系が順に七%・七%・三%・二%・一二%であり、アジア・先住民系が順に一三%・六%・七%・十一%・三%であった。

つまり、二〇〇〇年の時点で、カラードの比率は、カリフォルニアが五二%、ネバダが三三%、アリゾナが三五%、ニューメキシコが五五%、テキサスが四七%であり、二つの州ですでに過半数を超していたのである。むろんこれにテキサスの一州が追加されるのは時間の問題であった。しかも残るネバダとアリゾナは、総人口そのものがそれぞれ二〇〇万人と五一三万人という具合に少なかったので、ヒスパニック系住民のわずかな増加で比率が急上昇することが予想された。

当時のヒスパニック系住民の人口増加率は驚異的だった。二〇〇〇年のヒスパニック人口は三二四四万人であったが、二〇一〇年には四三七〇万人に増加していた。たった十年で約三五%も増加したのである。しかも移民の流入と多産で、その増加カーブは二〇一〇年からさらに傾斜を急にしていた。そしてその大半は、フロリダ半島を別にすれば、メキシコに近い州に集中していたのである。

さて、オルティスがネオ・レコンキスタを始めた二〇一〇年当初、彼の運動はヒスパニック系市民以外の人々からほとんど支持を得なかった。アジア系やアフリカ系、また先住民系の人々は、大半が冷ややかであった。しかし、その後、九鬼春平の活躍によって、世界の覇権が大美国から東亜連合に凄まじい勢いで移りつつのを目の当たりにして、まずアジア系・先住民系の人々の意識が変わり始めた。彼らは、「これはひょっとして近い将来に大美国が没落し、逆に東亜が隆盛となるのではないか」という思いを抱くようになった。と同時に、ネオ・レコンキスタがヒスパニック系住民の間で、まるで疫病――同時代の白人系市民の評――のように広まっていった。

それにつれ、リカルド・オルティスは次第に大美国社会の注目を集めるようになった。彼は毎日のように、どこかの会場に出没してはヒスパニック系住民に対して情熱的な演説を行い、テレビやラジオに出演して、自らの主張を訴えた。

さて、歴史は急速に動きつつあった。

前史二〇一三年一月、スティーブン・マクレガー新総統の政権が始まると、九鬼春平日本国総統が東亜連合の力を背景に攻勢に出始めた。そしてその年の後半、ドルが暴落状態となり、ついに懸念されていた大美国の国家破産が現実のものとなった。大美国の経済は一時恐慌に突入し、大量失業とインフレのダブルパンチが貧困層の生活を直撃した。それにつれ、都市部では犯罪が急増し、デモや騒乱が日常茶飯事と化し、人種・民族間の対立も激化した。この頃から、急激に膨張したリカルド・オルティス率いるネオ・レコンキスタは、白人系住民から敵視されるようになり、彼の周辺は自衛のための武装を余儀なくされた。

一四年初頭、スティーブン・マクレガー総統は「新世界経済秩序」を強行した。こうして大美国は、新ドルを発行すると同時に、対外債務を事実上、踏み倒した。これによって国内経済は一時的に安定を取り戻した。しかし、これが東亜連合に懲罰の大義を与えることになり、返って命取りになった。

一五年になると、形勢がはっきりと逆転した。この年、猛烈な金の流出によって大美国は金本位制の停止に追い込まれ、新ドル紙幣の威信はあっけなく崩壊した。それは同時に、「新世界経済秩序」の崩壊をも意味していた。しかも、大美国は懲罰として二〇億の東亜市場から完全に締め出されてしまった。また、メキシコが北アメリカ自由貿易協定を離脱し、はっきりと東亜側に与した。

以来、大美国の経済は、恒常的な半恐慌状態に陥った。

一六年には、さらなる激震が大美国を待ち受けていた。九鬼春平の音頭によってハノイ戦犯法廷が開催された。大美国は史上初めて「裁かれる側」に立たされ、国家の威信は地に落ちた。しかも、自国の責任から逃げたため、東亜連合が呼びかける大美国に対する経済制裁に、世界中が応じるようになった。また、同年の「ハワイ独立」は、建国以来、初の領土縮小であったためか、大美国全土に計り知れない衝撃を与えた。そして、この出来事は同時に、ヒスパニック系やアフリカ系の市民に対して、未来の選択についてのインスピレーションを与えた。さらに、同年末頃に行われたメキシコ総統ホセ・エリソンドの連合国々での演説は、大美国に対する事実上の戦闘なき宣戦布告であり、大美国内の全ヒスパニック系住民に対して、どちらを選択するかという踏絵を強いるものであった。

一七年、ウィリアム・バーンズの共和党新政権が成立すると、情勢は一気に加速化した。しばらくして、国際的な司法機関は、大美国によるテキサスからカリフォルニアに至る地域の併合を「違法」と断定した。

「もし同地域がハワイのように独立すれば」九鬼春平の談話がこの頃、発表された。「東亜連合を始めとする全世界が歓迎するであろう」

この時期、九鬼春平こそが事実上の世界の帝王であるということで、衆目は一致していた。彼の言葉にネオ・レコンキスタは勇気付けられた。

「独立のメリットは計り知れない」リカルド・オルティスはヒスパニック系市民に留まらず、五州の全人民に対して語りかけた。「われわれは連邦政府の負債と切り離されることで、財政のリセットを実現することができる。そして何よりも世界中が大美国に対して実施している経済制裁から脱却することができる。そうすれば、経済は昨今のマイナス成長から抜け出し、失業と貧困を解消することができるだろう。また、東亜を始め世界と通商を再開できるということは、輸出を糧としてきた企業や農家にとって蘇生の機会となるはずだ。ヒスパニック以外の市民の中には、将来のメキシコとの合併を懸念する人もいるようだが、とりあえずは独立を達成し、しばらく様子を見てから、再度、住民投票にかけることになるだろう。つまり、民主主義のルールに乗っ取らないメキシコとの合併は、決して行われることはないのだ。市民が望むなら、われわれは永久に独立国家でいることも可能だ。このように未来の選択肢を増やし、世界の孤児から脱却することに、いったい何を迷うことがあろうか」

新国家誕生

この頃、前史二〇一〇年にリカルド・オルティスが始めたネオ・レコンキスタは、メンバーが一千万人をこす超巨大市民団体に成長していた。

「恩知らずな連中め」大美国のバーンズ新総統は就任早々、白亜宮で罵り声を上げた。「ヒスパニックどもは今まで散々わが国の恩徳に浴しながら、英語を学ばず、文化になじまず、星条旗に敬意を表そうともしなかった。そして今度は独立するなどと抜かしておる。いったいどのようにして誅してくれようか」

重臣の一人が、「ヒスパニックと黒人は仲が悪いため、対立を使嗾し、独立に対する賛成票を割るように仕向けてはどうか?」と提案した。

しかし、連邦捜査局長官は首を横に振った。

「今や西部だけでなく、南部でも黒人たちによる同種の動きが激化しております。つまり、同時独立運動の様相を呈しているのです。ヒスパニックと黒人よりも、今ではむしろ白人と黒人の伝統的対立の方が深刻です。西南部五州の黒人たちにしてみれば、ヒスパニックの独立投票に協力した後で、気に入らなければ、またそこから出て行けば済むだけの話です。経済状況が苦しいだけに、黒人たちも選択肢の拡大に躊躇することはないでしょう」

「ならばどうすればよいのか?」バーンズ総統は苛立った様子で訊いた。

「われわれが把握しているところによりますと、この運動にはメキシコ政府の秘密資金が大量に投入されております。また、明らかにメキシコの間諜も多数入り込んで、白人とヒスパニック系住民との対立を使嗾し、暴動を扇動しております。こうしてヒスパニック系住民がわが国から離反するように仕向けているのです。まずはこの動きを沈静化させることが先決かと思いますが」

「メキシコの間諜をひとり残らず狩り、警察力を強化して暴動を鎮圧せよ!」バーンズ総統は単刀直入に命じた。

皮肉なことだが、ネオ・レコンキスタに対する体制側の過剰反応が、より事態を悪化させた。警察がヒスパニック系市民の些細な行動にまで目を光らせるようになり、夜中に五人以上の人間が集まっているとか、身分証を所持していないなどの些細な理由で、逮捕・拘禁する事例が相次いだ。また、ヒスパニック系市民に対する職場での不当な解雇や、人種偏見に基づく暴力事件・嫌がらせなども急増し、人種間の乖離も益々ひどくなっていった。そしてついに、決定的な事件が起こった。ニューメキシコ州南部にあるラスクルセスという街で、ヒスパニック系住民が大半を占めるアパートが何者かの手によって放火され、幼い子供も含めた十一人が焼死した。この事件をきっかけにして、瞬く間に一般の白人・非白人を巻き込んだ空前の大暴動が発生し、五州の多くの街が一時的に無法状態と化した。

緊迫した物騒ぎな雰囲気を嫌って、この五州から白人系住民の脱出が相次ぐようになった。そして逆に、周辺にあるオレゴン・アイダホ・ユタ・コロラド・オクラホマ州から、また、フロリダやニューヨーク州などから、ヒスパニック系住民がさらに流入するようになった。これにより五州におけるヒスパニック人口の比率はさらに上昇した。

リカルド・オルティスは長年、運動を展開する中で、体制側による弾圧・嫌がらせの様子を数多く撮影してきた。彼は全世界のマスコミに対してその映像を公開した。反響は凄まじかった。大美国政府が行う人権侵害に対して、世界中から轟々たる非難が沸き起こった。

「どいうわけだ? わが国は正義の国ではなかったのか? まるでわれわれが世界の悪者になってしまったようではないか」バーンズ総統はそう慨嘆した。

前史二〇一七年八月、ネバダ・アリゾナ・ニューメキシコ・テキサスの四州では、ヒスパニック系住民の人口がすでに過半数を上回っていた。カリフォルニア州ではわずかに半分に届かなかったが、アジア系住民の票を少し得るだけで過半数を上回る状況であった。

リカルド・オルティス率いるネオ・レコンキスタが、ついに審判を仰ぐ時がきた。州議会は、大美国からの分離独立を行うか否かを決する州民投票を実施することを議決した。票と献金に依存しないと存在しえない政界は、すでにオルティスの支配下に入って久しかった。いや、政界だけでなく、経済界も独立を強力に後押ししていた。とくにカリフォルニアやテキサスに本拠地を置く国際的な資本家集団にとって、世界との通商再開は死活問題であった。輸出を行って利潤を得ている企業、また東亜からのハイテク部品輸入に依存して工業製品を組み立てていた企業などは、一五年半ばから始まった経済制裁以来、倒産の瀬戸際に追い込まれていた。

つまり、現地の大半の市民も、政界・経済界も、東亜を始めとする諸外国も、すべて五州の大美国からの分離独立に賛成しているという状態だった。

州民投票の結果は、あっけなかった。五州すべてで七割以上の賛成票が投じられた。これは「国家に対するヒスパニック系住民の忠誠心の希薄さ」だけで説明しきれる現象ではなかった。明らかに大勢の白人系市民が経済上の死活問題からやむをえず賛成票を投じたに違いなかった。

ウィリアム・バーンズ総統は投票が実施される前から、「州民投票は無効であり、連邦政府はたとえ独立賛成派が過半数を超してもそれを認めない」という声明を出していたが、専制国家でもない限り、住民を無理やり従わせることは不可能だった。それに世界各国からさっそくこの声明に対して、「そもそも五州は今や国際法的にも国内法的にも大美国領土ではないと審判されているし、第一、人民の自由意志を無視するとは何事か」という非難も相次ぎ、大美国としてもこれ以上ならず者国家扱いされたくなければ黙るよりほかに仕方がなかった。

こうして大美国は、国土の二〇%にあたる二〇〇万平方キロの面積と国民総生産の二〇%、そして全人口の二七%にあたる八七〇〇万人を一挙に失った。二〇一七年の統計によると、大美国の総人口三億二千万人のうちヒスパニック系人口は約六千万人であったが、この新国家に参加したのはその内の四六〇〇万人であった。

前史二〇一七年九月、暫定国家「ニューメキシコ連邦共和国」が誕生した。東亜連合を始めとして世界中が即座にこの新国家を承認し、その誕生を祝した。ただし新国家といっても、従来の行政機構をそのまま踏襲しており、必要な作業といえば簡単な名義変更を行うくらいであった。首班政府は五人の州知事による合議制であり、リカルド・オルティスは彼らの要請によって外交大臣兼任の政府顧問に就任した。首班政府は、独自通貨の発行を見合わせ、とりあえず数年ごとにメキシコとの併合の是非を問う国民投票を実施する予定で合意した。

オルティスと本国のエリソンド総統が夢見る両国の合併は、意外と早く到来しそうであった。彼がネオ・レコンキスタを始めた当初、「メキシコとの経済格差が埋まらない限り、本国に復帰するなどという選択はありえない」と語るヒスパニック系市民が少なくなかったが、今やそのようなことを口にする者は誰もいなかった。それほどまでに大美国の経済状態が悪化していたのである。また、国境での制限を大幅に緩和したことにより、今後、メキシコ本国からさらに移民――もはやそう呼ぶには違和感があるがとりあえず――が流入することも予想されていた。従って、ニューメキシコ連邦共和国とメキシコ合衆国が内部から融合していくのは、まさに時間の問題であった。そしてその時、人口約二億人・面積が約四〇〇万平方キロの大国の出現を、人類は目撃することになるだろう。

これこそ、前サルバドル・ブランコ総統が命名し、現ホセ・エリソンド総統が継承した「大メキシコ構想」そのものだった。

大美国白亜宮では、げんなりしたバーンズ総統を囲んで、今後の対策が話し合われていた。

「総統閣下、大変なことが分かりました!」中央知性局長官がその場に駆け込みざま叫んだ。「実はリカルド・オルティスの企業は、今から二〇年ほど前に『ジェネシス』という名前の日本のベンチャー企業と提携関係にありました。そしてこの企業を設立したのが、まさに…!」

ウィリアム・バーンズ総統は長官の報告にわが耳を疑った。

「なんと、またしても、あの男の策略だったのか!」

ホセ・エリソンド総統とリカルド・オルティス外交大臣が揃って来日した。前者は東亜連合が約束した債務半減処置に対して礼を言うためであり、後者は表向き外交辞令だったが、本音では古い友人に再会するためであった。

九鬼春平とリカルド・オルティスは互いに歩み寄ると、いきなり抱き合った。

「リカルド!」

「春平!」

かつてビジネスパートナーだった二人は、互いを懐かしんで、長らく語り合った。すべては、かつてリカルド・オルティスが、彼のカリフォルニアの自宅を訪ねてきた友人に語った言葉から始まっていた。

「いいか、春平。テキサスからここカリフォルニアに至る土地は、すべてメキシコのものだったんだぞ。それを大美国が想像を絶するくらい汚いやり方で奪ったんだ。いったいなぜ大美国に限ってだけ侵略した土地を占領し続けることが許されるんだい? しかも連中ときたら、われわれを二級市民扱いして、いかに露骨にメキシコとメキシコ人を馬鹿にしていることか。おれは機会さえあれば、ここを連中から取り返してやりたいんだ…」

それに対してしばらく考える風であった九鬼春平がふいに口を開いた。

「リカルド、第一次大戦への参戦を大美国に決意させた理由を知っているか?」

オルティスは一瞬、何を言い出すのかという顔をしたが、すかさず「戦争末期に独国が無制限潜水艦作戦を行ったことだろ」と答えた。

「実はもう一つあった」九鬼春平は言った。「それは独国本国が自国の駐メキシコ大使に送った一通の電報だ。その内容は、もし大美国の参戦があった場合、メキシコに対して同盟を呼びかけよと命ずるものだった。しかも同盟の見返りとして提示する条件が、戦勝の暁にメキシコがテキサス・ニューメキシコ・アリゾナの三州を併合することを独国は了承する、というものであった。実はこれがウィルソンの逆鱗に触れたのだ…」

「つまり、卿は私に、大美国のタブーに触れるようなことは止めろと忠告しているのか?」

「いや」九鬼春平はにやりと笑った。「十九世紀に侵略した土地に未だに居座りつづける国家は、この国と英国くらいのものだろう。大いにやればいい。しかし、やるなら完全に非暴力・民主的な手段でやれと言いたいんだ。リカルド、ちょっとパソコンを開け。連邦国勢調査局の資料を見たいんだ…」

(以上、『未来史記』の引用終わり)

『未来史記』は近未来を予測するか?

以上を読まれた方は「いったい何だ、この奇妙なストーリーは!?」と、びっくりされたのではないかと思う(笑)。「メキシコの復讐」などの見出しも、元からあったものである。この小説は、九鬼春平(くきしゅんぺい)という、孔明の生まれ変わりのような男が日本に現れ、天才的な戦略家ぶりを発揮して世界を作り変えようとするが、しかしその願いとは裏腹に世界は破滅へ・・・という内容であり、しかもその“歴史”を未来の歴史家が記録したという体裁になっている。その上、大長編の一部だけだから、たぶん、読者にとってワケの分からない代物に違いない(笑)。

いずれにしても、以上のフィクションで示したように、もともと、カリフォルニア・ネバダ・ユタ・アリゾナ・ニューメキシコ・テキサスの6州は、メキシコ領土だった。アメリカは、メキシコ領内に市民を入植させ、次に反乱させ、独立させ、そして戦争して併合する、という非常にあくどいやり方で、メキシコから領土を奪ったのである。小説の登場人物に言わせたように、グアダルーペ・イダルゴおよびガズデンの両条約は、アメリカが武力による威嚇を背景にしてメキシコに強要したものであり、不当で無効である。

興味深いことだが、今度はメキシコがそれをやり返す番のようだ。つまり、市民を入植させ、次に反乱させ、独立させ、そして(戦争はしないが)併合する、という深慮遠謀である。今では戦争なんかしなくても「住民投票」という民主的な手段がある。

実際には、もう少し複雑な動きだが、トランプ当選後のヒスパニック系住民の“暴発”には、実はこのような歴史的背景もあると、私は確信している。

それにしても、この『未来史記』が2003年の「幻冬舎アウトロー大賞」を受賞していたら・・・と思うと、やはり今でも残念でならない。

(次回もメキシコネタである)

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