さて、私は前回「北朝鮮は最初から完全非核化する気はない」と書いたが、これまで一貫して説明してきたように、そもそも莫大な見返りもなしに「できない」のだ。
この辺のところをきっちり解説している識者を見たことがないが、これは北朝鮮の現体制にとって政治的に不可能なことであると私は繰り返している。
私は北朝鮮が大嫌いだし、どんな目に合っても同情に値しないと考える。
しかし、道理の問題は個人の感想や主観とは次元を異にする。
核査察とは「あの鬼畜米帝が自由にわが国の軍事施設に立ち入る」こと
次の記事で詳しく触れようと思うが、核査察とは、何百人という査察官が、あらゆる軍事基地や研究施設に自由に立ち入り、現場と面談し、資料や機材を押収したり、施設を丸ごと破壊したりする行為をいう。北朝鮮の場合はリビアや南アフリカとは比べ物にならないくらいの開発規模なので、核査察もそれだけ史上類のない規模になる。
現地の朝鮮人の目には、これがどんなふうに映るだろうか。
突然、大量の白人がやって来て、半年かそこら、祖国の最高機密に次々と立ち入っていく。ガード役にフル武装した米軍兵士もいる。その連中が好き勝手に命令してくる。
現場の軍人やその他の関係者にしてみれば、占領軍同然に映ることだろう。
思い出してほしい。
北朝鮮の人民・軍人は長年、米帝こそが朝鮮民族にとって最悪の敵だと教えられてきた。子供の頃から「アメリカ人=鬼畜・悪魔」と洗脳されてきたのである。
その米帝が自由に軍事機密に立ち入るのだ! 建国以来の異変に違いない。
しかも、アメリカは今回の“核査察”により、核兵器だけではなく、他の大量破壊兵器である生物・化学兵器についても調査し破棄することを要求している。
北朝鮮は大量破壊兵器に重点投資してきたので、残るは旧式の兵器ばかりだ。
問題は朝鮮人一般がこれをどう受け止めるか、ということである。
「金正恩が戦わずして降伏したのだ」と見なすだろう。
なぜ金正恩にとって政治的に不可能なのか?
金正恩としては、仮に10兆円くらいの見返りが約束された状態で完全非核化するならば対内的にも面目が立つし、正当なディールだというふうに説明することもできる。
しかし、たかが「体制保証」とか、一定の経済支援だとか、その程度の“見返り”だと、あの米帝に降伏したのだ、屈服したのだと、人民から見なされること必至である。
実際、これは「無血開城」とか「無条件降伏」に近い内容である。
私たちは、朝鮮人また朝鮮人民軍にも、やはり民族としてのプライドやナショナリズムがあるという事実を忘れてはならない。
愛国軍人からすれば、これは「屈服した」程度ではすまない。あのボンボンが己の命惜しさに祖国を売り渡したとさえ見なし、激怒するだろう。
つまり、これまでは金王朝への忠誠と、国家や民族への忠誠が一致していたが、それが決定的に相反する状況が訪れるのである。
大規模な核査察は、それくらい朝鮮人のナショナリズムを傷つけ、刺激するほどの屈辱と映るはず。その悲憤の矛先は当然、屈服した国の指導者にも向くだろう。
これは私たち自身の身に置き換えてみれば、分かりやすい。
日本みたいにナショナリズムの薄い国であっても、中国が尖閣諸島の領海を侵犯すれば激昂する人がたくさん出る。ましてや、敵対する外国勢力が上陸してきて武装解除する真似をするとなると! むしろ、民意の反映される民主国家ほど、「奴隷になるくらいなら戦って死ぬ」というふうに主戦論一色となり、徹底抗戦が議決されるかもしれない。
金王朝は、100万人が飢え死にしても大丈夫だが、米帝に屈した、国を明け渡したというふうに人々から見なされたら、その権威・威信も終わりなのだ。
なぜなら、最高指導者が臆病者・裏切り者・売国奴と全人民から見なされるからだ。
独裁者だからといって、何でもできるわけではないのだ。
金正恩も内心で分かっている。これは政治的に不可能なのだ。
それゆえ最大限リスクをとる選択であっても、「部分非核化をもって完全非核化と欺く」戦略しかない。アメリカを騙すということであれば、対内的に説明がつくからだ。
トランプ政権いわく、完全非核化すれば体制を保証する?
いやいや、そもそも完全非核化したら体制がもたないのだ。
当然、アメリカも、最初からこれが無理難題の類いであることは承知している。
承知の上で、強いているのである。
だから、私はずっと同じ事を言っている。これはハルノートなのだと。
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