今にして思えば、北朝鮮問題を論じてきた識者の半分くらいは、「アメリカはインドやパキスタンの核保有も認めたのだから、結局は北朝鮮の核保有も認める」と言っていた。
「攻撃ない派」はほとんどこの意見だった。要するに、アメリカが本心では朝鮮半島で戦争する気がない以上、どこかで核保有を認めるに違いない、というのである。
私は「そういう主張ほどアメリカを理解していないものはない」と書いてきた。
現実はというと、私もびっくりするくらいの徹底した非核化を突きつけている。
いわゆる「完全で検証可能かつ不可逆的な非核化」である。
アメリカの要求する容赦のない徹底した核査察の具体的な内容
その鍵を握るのが北朝鮮に対する「核査察」だ。それに関して、具体的で専門的な記事が幾つか出ているので、紹介させていただきたい(赤字筆者)。
米、核技術者の移住やデータ廃棄要求 北朝鮮は難色か 5/10(木)
(前略)米側は、北朝鮮が行った6回にわたる核実験や、寧辺(ヨンビョン)核関連施設に関するデータの廃棄を求めている。さらに、核開発に携わった最大で数千人ともされる技術者を海外に移住させるよう求めているという。
なんと、開発人材ごと引っこ抜く、というのである。
たしかに、それを実行しないと「不可逆」にならないかもしれない。数千人もの核関連技術者のアフターケアをやるアメリカのほうも大変である。
自民党議員の河井克行氏はこう記している。
核実験場やICBMの爆破は北の「あざといショー」だ 2018年05月13日
(前略)先月ワシントンD.C.で私に語ってくれたDNI(国家情報局)とCIA(中央情報局)で東アジア地域を担当した経験を持つ有識者の言葉が蘇ります。
米国のシンクタンクなどは、北朝鮮が保有する核はおそらく50-60発、核開発関連施設は全土に40-100ヶ所、原子力工業施設の建物は約400棟と見ています。査察が必要な核「資産」とは、核弾頭だけではありません。ウラン、プルトニウム、迷路のような地下トンネル、数多くの科学者や研究員、膨大な量の研究・実験データ。日米が求める「完全で検証可能かつ後戻りできない核の放棄(CVID)」の実現には、これらを一つずつしらみつぶしに査察しなければなりません。
このように、査察対象は膨大なようだ。
しかも、相手は英語が通じないし、文書もすべてハングルだから、意思疎通や資料の分析だけでも大量の通訳・翻訳が必要になり、その分、手間と時間もかかる。
話題の「リビア方式」については、実際に担当者だった人物が、その時の様子、および北朝鮮にも適用しなくてはならないことを、次のように訴えている。
「リビア方式」の非核化を北朝鮮は受け入れるか? 5/16(水) 6:15配信 JBpress
(前略)当時、米国はリビアの核関連施設をすべて自由な査察の対象とし、しかも数カ月という短期間に核関連の機材や技術をすべて押収して、しかも米国内の施設へと運んで破壊した。(略)リビアとの交渉にあたって首席担当官を務めたのが、当時の国務次官(軍備管理・国際安全保障担当)ロバート・ジョセフ氏である。(略)
「トランプ大統領は金正恩委員長との首脳会談でリビアの教訓を適用すべきだ」と題されたこの論文の中で、ジョセフ氏は、リビア方式の特徴と、それを教訓とした北朝鮮の非核化の方法を詳述していた。(略)
米国は、リビアの軍事用ウラン濃縮のための遠心分離機やその他の関連機材、さらには長距離ミサイルなどすべてを国外に移した。米国のテネシー州にある軍事研究施設に運び、調査の上、破壊した。(略)
リビアの核関連施設などを無条件でいつでも査察できる権限を手に入れ、あらゆる核関連の施設や技術を検証した。査察は速度が重視され、非核化作業の開始から終了まで正味4カ月だった。(略)リビアのカダフィ政権と秘密裡の非核化協議を進めた。協議では、リビア側が求める条件や段階的非核化を一切認めなかった。(略)
15年前のリビアと現在の北朝鮮とでは条件が大きく異なっている。最大の違いは、リビアと違って北朝鮮の核兵器は完成していることだ。だが、それでもリビア方式は北朝鮮を非核化する手段として効用を持つようだ。(略)
リビア方式のように、査察をする側が、いつでも、どこでも、誰でも検証の対象にできるという規定がなければ北朝鮮のいかなる非核化も意味がない。(略)「完全で、検証可能で、不可逆的な核廃棄」を実現するために個別の駆け引きをしてはならない。
“査察”という日本語に惑わされそうだが、アメリカは当時、リビアの持つ遠心分離機や長距離ミサイルまでもを押収して、自国に持ち去った。
無条件査察権限というのは、要するに接収行為のフリーパスでもあるわけだ。
対リビアでは4ヶ月くらいで終わったそうだが、北朝鮮の開発の規模や秘密性、軍事施設の多さからすると、とてもその期間ではすまないと考えられる。
ボルトン氏は一貫して上のようにすべきだと訴えている。
(朝鮮日報日本語版) ボルトン米補佐官「北朝鮮の核、全て米国に運搬して廃棄」 朝鮮日報日本語版 5/15(火) 11:32
ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障担当)は13日(現地時間)、北朝鮮の非核化について「全ての核兵器を廃棄し、テネシー州オークリッジまで運搬することを意味する」と述べた。(略)ABC、CNNテレビとのインタビューで「恒久的な非核化(PVID)とはどんなものか」との質問に対し「全ての核兵器を除去・廃棄し、米国に搬入すること」として「保障という恩恵が北朝鮮に流れ込む前に実現しなければならない」(略)
また「非核化とは単に核兵器だけを意味するわけではなく、北朝鮮か過去に何度も同意してきたウラン濃縮とプルトニウム再処理能力の放棄も意味する」として「弾道ミサイル問題も交渉の議題に入っているし、化学・生物兵器についても考えなければならない」
リビアから押収した核物質を保管するオークリッジ国立研究所は、米エネルギー省の管轄で、南部内陸のテネシー州にある。
ググってみると、もともとは第二次大戦中にマンハッタン計画の推進のために作られた軍事研究施設だそうで、核兵器に使用するウランとプルトニウムの分離精製を担った。世界初の実用原子炉を完成させ、プルトニウムの生産を可能としたという。現在では先端科学やクリーンエネルギー研究に力を入れているようだ。
ボルトン補佐官の主張は、単に核兵器の全廃だけに留まらないものだ。ウラン濃縮やプルトニウム再処理能力の根絶までも目的としている。
しかも、核兵器の製造施設だけでなく、弾道ミサイルや生物・化学兵器などの大量破壊兵器の廃棄も「非核化」の概念に含めようとしている。
ただし、最新の報道では、ボルトン氏の主張するリビア方式に対して、トランプ大統領はこだわらない柔軟性を示して、あくまで首脳会談に北朝鮮を誘っている。
しかも、トランプ政権は無限に時間を与えるつもりはない。もともと2020年までと言っていたが、最近ではさらに迅速にやりたいと言っているようだ。
「核、半年内に国外搬出を」 米国が北朝鮮に要求 5/17(木)朝日新聞デジタル
6月12日の米朝首脳会談に向けた事前交渉で、北朝鮮が保有する核弾頭や核関連物質、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の一部を、半年内に国外に搬出するよう米国が求めていたことが分かった。(略)
北朝鮮は12個以上の核爆弾、50キロ以上の兵器用プルトニウム、数百キロの高濃縮ウランなどを保有しているとされる。半年内に搬出する数量については、米朝首脳会談前の実務協議で調整を進めていくという。北朝鮮が搬出に応じれば、米国が昨年11月に再指定した「テロ支援国家」を解除するという。
ニュアンスからすると、どうも「全部とは言わないが、とりあえず半年以内にある程度の量は差し出せ」と言っているように受け取れる。
「無血開城か、戦争か、どちらかを選べ」という要求
以上、どうだろうか。
アメリカはなんという慈悲深い国であることか!
なにしろ、核・ミサイル・生物化学兵器をすべて差し出せば、おまえを悪者認定から外してやるぞ、と提案しているのだから。
しかも、核関連の技術者数千人の国外移住まで要求している。
この条件の提示には、北朝鮮も泡を食っているのでないか。なにしろ、家族もろとも移住した者の中には、機密をペラペラと喋る者がいてもフシギではない。
極秘プログラムや査察前の隠匿行為が筒抜けになる可能性も出てくる。
しかも、核物質を隠匿しても、技術者なしでは、再兵器化が困難になる。
さて、問題は以上のような“核査察”や“完全非核化”が、北朝鮮および金正恩の目にはどう映るか、どのような意味を持つか、ということ。
私は北朝鮮なんかどうなってもいいという立場だが、それでも「一独立国に対してここまでやるか!?」と思うくらいの要求というか、強要である。
これは「無条件降伏→武装解除」コースに近い。小火器類とか、長距離砲とか、オンボロ戦車とか、そういうのは残してもらえるらしいが。
北朝鮮からすると、戦わずして白旗を掲げて、国を明け渡すのと同じである。
しかも、トランプ政権は、合意しなければ軍事行動をとると言っている。
つまり、オレに殺されるか、それとも全面的に降参するか、どちらかを選べと、アメリカは提案しているのだ。こういうのは外交じゃない。
国と国とのフェア取引じゃない。ディールとは呼べない。脅して従わせる行為だ。
相手が北朝鮮でなかったら、私も同情していたところだ。
ああ、そうそう、彼らが実際に核査察を受け入れるとして、せっかくアメリカ様が「無条件査察権限」を手に入れようとしているのだ。
これは拉致問題解決の好機だ。ついでに「拉致被害者調査チーム」を混ぜるよう、政府は要求するべきだ。もっと知恵を使ってほしい。
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